1-1 マウズの町の冒険者たち
マウズは新興の迷宮都市として、その名を大陸中に広めつつある若い町である。迷宮を中心に広がるその町並みは国王を始め上層部の肝入りで整備されたものだ。
それまで観光資源らしきものが一つもなかったグレイ王国の一大娯楽観光都市――となる予定――がマウズなのであった。
そんなマウズにある冒険者協会の支部に、ある日一組の冒険者たちが訪れた。
『新緑の風』、手紙やら何やらで季節を表す一言のような名前であるが、全員二等級冒険者に分類されるほどの実力がある男三人、女二人の五人組パーティーである。
「……冒険者協会らしからぬ小綺麗さだな」
「町の中もどこか作り物じみていた。俺は好かんな」
「何を言っているのよ、綺麗なのはいいことじゃない」
「まあ、この町自体が造られてから十年も経っていないですから。それと、国が主導で町造りをしたという経緯があるので、どこか浮ついたように思えるんじゃないでしょうかね」
「うむ」
パーティーを結成してから実に十五年、多少の入れ替わりはあったが現在のメンバーは全員ベテランと呼べる域に達していた。
そんな大陸中を歩き回ってきた彼らですら、いや、大陸中を歩き回ってきたからこそ、この町はどこか異質に感じてしまうようだ。
事実、彼らの言葉を聞いていたほとんどの者が同様の感覚を抱いたことがあるのだろう、苦笑しながらも微かに頷いていた。
だが、中には沸点の低い者や暴れる口実を探して回っているようなはた迷惑な者もいたりするもので、
「おい、こら!人様の町に来ておいて随分と生意気な口を叩くじゃねえか!」
「おうおう!気に食わないんならとっとと出て行きやがれ!」
大声を上げて意気揚々と絡んでいくのだった。
そして建物は小綺麗であっても、こうした荒っぽい出来事は日常茶飯事であるらしく、冒険者協会の職員たちは鬱陶しそうにしながらも誰一人として止めに入ろうとする者はいなかった。
もっとも、冒険者協会へと依頼されてくるものの八割方が荒っぽい力仕事であり、つまり冒険者たちの仕事の大半もそうしたものとなるため、冒険者同士の多少の諍いには関与しない方針であることもそうした状況に拍車をかけていたのではあるが。
「貶すつもりはなかったんだが、気分を悪くしてしまったのなら謝ろう」
『新緑の風』を代表して先頭に立っていた大剣を担いだ男性が謝罪する。住んでいる場所を悪く言われたら誰だって気分が悪くなるだろうと思っての事だ。
しかし、文句をつけてきた男たちは下手に出たその態度を見て、驕ってしまった。
「そのつもりがなくても、こっちには十分そう聞こえたんだよ!」
「おうおう!許して欲しいなら、それなりの誠意ってものを見せてもらおうか!」
さすがに謝罪をした相手に難癖を付けて金品を要求するというのはやり過ぎだ。男たちの言葉に『新緑の風』全員が不快の色を滲ませていて、次に男たちが不条理なことを言った瞬間、怒りとなり噴出してしまうだろう。
そしていくら冒険者同士の諍いに口を挟まないとは言っても、ものには限度というものがある。荒っぽい人間が多いとはいえ、いや、だからこそ管轄する側としてはアウトローでは困るのだ。決定的な事態に陥る前に介入すべきと職員の一人が動き出そうとした時、それは起きた。
「いで!?」
「いだ!?」
パコパコーンと続けざまに甲高い音が響いたかと思うと、文句をつけていた男たちが頭を抱えて蹲っていた。
「二人ともうるさい。そんなに元気なら迷宮に行け!……うあー、怒鳴ったらまた頭が痛くなってきた。帰って寝よう……」
いつの間にか二人の後ろに立っていた男は一方的にそう言うと、例の音の発生源だと思われるフライパンをその場に投げ捨てて冒険者協会から出て行ったのだった。
その後、唖然とする『新緑の風』を呼び寄せた受付嬢によって、彼らの所在地登録は無事に完了することになる。
そして、その頃になってようやく我を取り戻した五人は、これからしばらくの間世話になるであろう職員たちに丁寧な挨拶をしてから、仕事場となる迷宮の情報収集をするために街へと繰り出して行った。
一方、『新緑の風』に文句をつけた男たちは、屈強な男性職員によって奥へと連れて行かれて説教を受けることになるのだが、自業自得なので誰からも同情されることはなかったのだった。
翌日、朝日が顔を出してからまだそれほど経っていない時間に『新緑の風』の五人は再び冒険者協会を訪れていた。
「おはよう」
「あ、おはようございます。気分はいかがですか?」
「悪くないわ。むしろ好調と言えそうよ」
ちょうど所在地登録を行ってくれた受付嬢の手が空いたのが見えたので、顔見せついでにそちらへ向かうと、受付嬢の方も彼らに気付いて笑顔を返してくれた。
昨日の丁寧な挨拶が功を奏しているのか、彼女や周囲にいる職員たちの視線は好意的だ。こうした地味な処世術が上手いということも『新緑の風』が二等級冒険者となれたことに大いに貢献していた。
「ところで今日はどのような御用でしょうか?」
彼らの目的が迷宮であることを聞いていた受付嬢は小首を傾げながら尋ねる。
勘違いされ易いことであるが、実は迷宮内でこなす依頼というものはほとんどないのである。それこそ
事実、受付脇の掲示板に本日付けで張り出されている依頼書は全て、町の中か町の外でこなすためのものばかりであった。
その一方で素材の買取りは迷宮に潜る冒険者たちの持ち込みで連日大いに賑わっているのだが、マウズに着いたばかりの『新緑の風』には関係のない話といえた。
「昨日軽く下見をした結果、予定していた場所まで数日はかかりそうなのでな。ポーターを雇いたい」
「その予定していた場所というのは何階層に当たりますか?」
「三十二階層だ」
そう告げた瞬間、周囲のざわめきが途絶えた。それもそのはず、三十二階層というのは現在判明している中では最下層に近い場所だったからだ。
いくら二等級とはいえ、マウズに着いて早々のパーティーがそんな奥深くを目指すことなど前代未聞だった。
「ええと……、すぐにそんな奥を目指すというのは危険ではないでしょうか?しばらくは浅い階層で肩慣らしをされた方が良いのではありませんか?」
いくら実力があっても、ふとした拍子に命を落としてしまうのが迷宮の恐ろしいところだ。今までもそのような事例を数多く知っているため、受付嬢は丁寧な対応をした彼らを無為に死なせたりはしたくないと思ってしまったのだった。
ちなみに冒険者協会の規約にある『過剰な干渉』に抵触する恐れがあるため、職員が冒険者にアドバイスをすることは極めて稀だったりする。
「ちょっとリーダー、言葉が足りないわよ。安心して、最終目的地が三十二階層だということであって、今からすぐに向かう訳ではないから。雇うポーターの人を含めて徐々に慣らしていくつもりよ」
「そういう事ですか」
女性の説明にホッと胸をなでおろす受付嬢。しかし、次の瞬間には再び難しい顔になる。
「どうしたの?」
「現状、私たちが把握しているフリーのポーターの中に三十二階層まで到達している者はいないのです」
ポーターとはその名の通り荷物運びを中心とする者のことである。ゆえに体力はあっても戦闘能力は低く、自衛するので精一杯だという者も多い。
そのためポーター自身がお荷物になるということも珍しくなく、こうした経緯から余程の日数がかかる場合か、それなりの成果が見込まれる場合を除いてポーターを雇うことはないのであった。
加えて信頼関係の問題もある。命綱とも言える食料を預けたり、収入源となる成果を預けたりすることになるのだから見ず知らずの相手に頼むのは躊躇われてしまうのも当然のことだと言えるだろう。
それならばいっそのことパーティーにポーターを組み込んでしまえばどうかという考えもあるだろうが、これにもやはり問題がある。
単純に、増えたポーターの分だけ稼ぎもまた増やさないといけないからだ。しかも常にポーターが必要になる仕事に遭遇するとは限らない。結果的にこれまたポーターがお荷物となってしまいかねないのだ。
こうした世の中の風潮もあり、特定のパーティーに所属しないフリーのポーターという者たちは一定数存在しているのだが、能力が高い者となると極端に数が少なくなってしまう傾向にあった。
そしてそれは迷宮を抱えるマウズの冒険者協会であっても同じことだ。
「別に今すぐ三十二階層まで行けることを期待してはいないわ。そもそも私たちがまだ五階層にすら到達していないのだし。将来的に私たちと一緒に三十二階層まで踏み込める人であれば問題ないわ。とは言っても、可能であれば二十階層くらいまでは踏破している実績が欲しいところだけど」
「二十階層ですね。少々お待ちください。…………。ありました。二十階層まで到達しているのは七名ですね。その内三名は出払っていて、一名は休暇中、もう一名が怪我の療養中となっています……」
七名という予想していた以上の数に喜んだのも束の間、それぞれの状況を説明していく内に、受付嬢の声は徐々に小さくなっていった。
それもそのはず、二等級冒険者という実力のある彼らに所属している冒険者の層の厚さを見せる絶好の機会であったのに、その反対の方向へ進んでしまったのだから。
「あらら。実質二人になっているわね。……仕方ないか。その二人の居場所を教えてくれる?」
そんな受付嬢の忸怩たる内心を軽く抉りつつ、女性は話を続けていく。
「……どちらも今の時間であれば隣の酒場にいるはずです。名前はそれぞれブリックスとディーオですね。こちらがギルドからの紹介の証になります。交渉の成否にかかわらず後で返却をお願いします」
「了解よ。それじゃあ、酒場の方へ行ってみましょうか」
「酒場か。親睦を深めるためにも一杯――」
「飲んじゃダメよ」
わいわいと騒ぎながら出て行く『新緑の風』の五人を見送りながら、受付嬢は小さく「できればディーオの二日酔いが治っているといいのだけれど」と呟くのだった。
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