第2話 仕様説明はよく聞こう

 レベル上げを決意した翌日、そもそも魔獣を倒せばレベルが上がることは何となく理解出来てはいるものの、良く考えれば何も武器を持っていない上に魔法の使い方もよく分からないことに気付いて早速私は行き詰まっていた。

 漫画やゲームでは火を起こしたり水を生み出したりするイメージを浮かべるだけで自然と魔法が使えるようになるものだが、残念ながら私の場合はそう簡単に話が進んではくれなかった。


(初日にクロード神父が私に魔法を使った時、詠唱みたいなのをやってたし音声認証式だったりするのかな? そこら辺、クロード神父に聞けば教えてくれるかな?)


 そんな事を考えながらベッドを下り、ようやく怠さが消えてきた体の調子を確認しながら着替えを済ませる。

 そして、ベッドの縁に腰を下ろして足をブラブラさせながら何時ものように朝食を運んできてくれるだろうクロード神父の到着を待つことにした。


(そう言えば、私が目を覚ました初日から毎朝クロード神父が様子を見に来てくれるけど案外神父の仕事って暇なのかな? それに、日中も時間がある時は極力私の話し相手になってくれるし……もしかして、クロード神父ってこの世界がゲームだった場合の攻略対象キャラだったりするのかな?)


 聞いたところクロード神父は20代前半だと言う話しだから、流石に5歳のアイリスとでは歳が離れすぎている気がしなくも無い。

 だが、私が二十歳になった頃には30代中~後半だと考えればそこまで有り得無い話しではないのかも知れない。

 正直、ワイルド系のイケメンで有りながら幼い私を怯えさせないように穏やかで丁寧な言葉遣いを徹底する辺りきっとモテるに違いない。


(でも、今のところ攻略対象キャラって言うより、チュートリアルで出て来る説明役の強キャラってイメージかな)


 クロード神父は基本世話好きな性格なのか、私が色々と疑問に感じたことを尋ねると細かく丁寧に教えてくれる。

 まあ、時々はヒートアップしてまるで授業をする先生のような感じになり、聞いてもいない専門的な(明らかに5歳児では理解出来ない、と言うか前世の記憶を持っている大人な私でもよく理解できないような)説明を始めるのはどうかと思うが。


(今のところ、この世界に転生してまともに会話出来るようになったのはクロード神父だけだから、彼が私の世話をしてくれている間に聞ける限りこの世界の情報を聞いておかないとな……)


 そんな事をボンヤリと考えていると、ドアをノックする音が数度響いたあとにガチャリと扉が開かれた。

 そして、そこから姿を現したのは何時も通りクロード神父では無く、初日にクロード神父と一緒にいたシスター服の女性、ガブリエルさんだった。


(あれ!? クロード神父じゃない!!? まさか、これから頑張ろうって決意した直後に積んだ!?)


 予想外の事態に固まる私とは対照的に、ガブリエルさんは柔和な笑みを浮かべながら「あら、おはようございます。もう起きてたんだ。アイリスちゃんは結構早起きさんなんだね」と私の目を真っ直ぐに見つめながら優しい口調で話し掛けてくる。

 その言葉にハッと我に返った私は、咄嗟に視線を下に向けながら消え入りそうな声で「お、おはよう…ございます」とどうにか挨拶を返す事に成功した。


「うーん、やっぱり昨日までのように先生じゃ無くて、いきなり私が来てビックリさせちゃったかな?」


「い、いえ。そんな…事は……」


 相変わらず視線を上げる事が出来ずにボソボソと私がそう返事を返すと、ガブリエルさんは「うぅぅ、やっぱりまだ警戒されちゃうか。はぁ、なかなか先生のように上手くは行かないなぁ」と寂しそうに呟き、直ぐ気持ちを切替えるように明るい声で「それじゃあ、今日も朝食はそっちのテーブルで大丈夫だよね?」と語り掛けて来た。


「あ、はい。……その、ありがとう、ございます」


 どうにか勇気を出して少しだけ視線を上げてそう告げると、ガブリエルさんは満面の笑みを私に向けながら「どういたしまして!」と嬉しそうに告げた。

 そして、数日前から部屋の中央に置かれている小さなテーブルに持って来た朝食を置くと、「それじゃあ何か困った事が有ったら直ぐに声をかけてね」と告げて部屋を出て行こうとする。


「あっ、……あの」


 その背に私が咄嗟に声をかけると、ガブリエルさんは直ぐに足を止めてこちらを振り返り笑顔を向けてくれた。


「どうしたのかな?」


「そ、その…神父、様は……」


 どうしてもあまり話した事が無い相手のため尻すぼみになりながらもそう尋ねると、ガブリエルさんは穏やかな笑みを浮かべながら「安心してね。今朝はちょっと急なお仕事が入って来られないだけだから、きっと後で顔を見せに来てくれるから」とこちらを安心させようとするような優しい口調で答えを返してくれた。


(急な仕事? 教会の神父で急に入る仕事って何だろ? お葬式、とか…は流石に無いか。私がここで治療を受けているって事は、医者のような仕事もしているってことだろし急患が出た、とか? でも、普段から医者として働いているんだったら今までももっとも忙しかったはずだよね?)


 色々と思考を巡らせてみるが、やはりどうやっても正解に辿り着ける気配がしない。

 だから私はもう少し情報を得るために思い切って更に言葉を絞り出す。


「もしかして、何か…良くないことでも、起こったのですか?」


 私がそう尋ねるとガブリエルさんは困ったような表情を浮かべた後、数度頭を振った後に私に近付き、目線を合わせるようにしゃがみながら優しく私の頭を撫で、穏やかな口調で語り掛ける。


「大丈夫だよ。先生はとっても強いから、アイリスちゃんは何も心配しなくて良いんだよ」


 一瞬、何で強さが関係するのか分からずにポカンとするが、『もしかすると、この世界では神父の仕事に魔獣退治が有るのでは』と言う答えに辿り着き、それと同時に『こう言うのって大抵冒険者ギルドとかが有って、そう言う組織が対処するのではないのか』と言う疑問が頭を過ぎるが、とりあえずその疑問は頭の片隅に追いやってこれ幸いにこの世界で魔獣と戦うために必要な力について探りを入れることにする。


「神父様は、そんなに強いのですか?」


 私の問い掛けにガブリエルさんは満面の笑みを浮かべながら力強く肯き、「うん、そうだよ! 先生は槍術も魔法も凄いんだから!」と目を輝かせながら語る。


「それじゃあ、ガブリエルさんも?」


 そう尋ねると、ガブリエルさんは苦笑いを浮かべながら「あはは、私はそんなにかな」と答えた後、「あっ、そうだ!」と首から下げた不思議な模様が彫られたペンダントを私にかざした。


「本当は洗礼を受けられるのは6歳からだけど、アイリスちゃんは特別だからね」


 ガブリエルさんは悪戯っぽい笑みを浮かべながらそう告げた後、表情を引き締めながら厳かな口調で祝詞のようなものを唱え始めた。


「我、シスターガブリエルの名の下、彼の者に女神の祝福を与え給え。汝、求めるのならば天の声を聞け。さすれば、万物を見定める裁定者の眼、その力の一端を得ることが出来るであろう」


 そう唱え終えた瞬間、目の前のペンダントが突然光を放つ。

 その直後、私の脳裏に直接何者かが語り掛けて来た。


『スキル【解析者アナライザー】を習得しますか?』


「えっ!? あ、はい」


 突然の問い掛けに驚き、つい反射で答えを返した直後、私の頭の中に知識が流れ込んで来る。

 それと同時に、視界の端、左上に半透明の体力と魔力のゲージが浮かんでいた。


「これでいつでもアイリスちゃんは自分のステータスを確認出来るし、解析魔法アナライズが使えるようになったから相手の強さを確認する事が出来るよ。まあ、相手のレベルが上で拒否されれば解析が失敗しちゃうんだけどね」


 ガブリエルさんにそう教えられ、とりあえず私は自分のステータスを確認すべく先程頭に入り込んできた知識を頼りにステータス画面を呼び出すことにした。


我が力をステータス画面ここに示せオープン!」


 そう告げた直後、私の目の前に半透明のボードが浮かび上がり、同時にそこに様々な数値が描き出された。


アイリス Lv.10

 体力:36  魔力:3,000

 攻撃力:22  魔法力:682

 防御力:24  俊敏力:28

(習得魔法)

 ??? 熟練度?/? 消費魔力???

 ??? 熟練度?/? 消費魔力???

 解析魔法アナライズ 熟練度1/10 消費魔力20

(保有スキル)

 解析者アナライザーLv.1/5


(魔力と魔法力だけ飛び抜けて高いって事は、私は完全な魔術師タイプって事? と言うか、習得魔法に2つ謎の項目が有るのは何でだろ? それに、スキルのレベルが5分の1って事はスキルレベルを上げられるって事かな?)


 一通り自分のステータスを確認し、とりあえず比較対象としてガブリエルさんのステータスを見てみれば自分のステータスが高いのか低いのか判断できるだろうと考え、ガブリエルさんに了解を得た上で解析魔法アナライズを発動した。


ガブリエル Lv.82

 体力:828  魔力:650

 攻撃力:582  魔法力:285

 防御力:426  俊敏力:382

(習得魔法)

 水刃ウォータースラッシュ 熟練度5/10 消費魔力30

 水弾ウォーターバレット 熟練度4/10 消費魔力42

 水壁ウォーターウォール 熟練度6/10 消費魔力65

 解析魔法アナライズ 熟練度5/10 消費魔力10

(保有スキル)

 解析者アナライザーLv.1/5

 製薬者ケミストLv.3/5


(もしかして、ガブリエルさんって見かけによらず物理タイプのアタッカー、とか? うーん、やっぱりもっと他の人にステータス見せて貰わないと分かんないかな。でも、ガブリエルさんとのステータスの違いを見る限り私が魔法タイプなのは間違いなさそうだけど……どう考えても私、魔法関係だけ異常に高すぎるよね? まさか、魔力も魔法力も高いけど習得魔法が判明して使えるようになるのが終盤ってタイプだったりするのかな?)


 色々と考察してみるが、当然ながら答えなど浮かんでくる気配は微塵も感じない。

 そのため、ガブリエルさんに聞けば何か分かるかもと口を開こうとした瞬間、遠くから大声でガブリエルさんの名前を呼ぶ女性の声(声色的にそこそこ年齢が行ってるように感じた)が聞こえ、ガブリエルさんが「ああっ! もう行かなきゃ!」と慌てたように声を上げたかと思えば私に「それじゃあね! またゆっくりとお話ししましょう!」と告げ、あっと言う間に部屋を出て行ってしまった。


(……ステータスやこの不明な魔法について聞きたかったな。まあ、後でクロード神父が来た時にも聞いてみようかな)


 そう結論付け、再度ステータス画面に意識を集中したところで私はあることに気付く。

 いや、正確には気付いてしまった、と言った方が良いのかも知れない。


(あれ? この保有スキルのとこ、覚えてる解析者アナライザーの文字が少し光ってる?)


 そう意識した瞬間、再び頭の中に謎の声が響く。


『スキル【解析者アナライザー】のレベルを上げますか?』


(え? スキルレベルってこんな簡単に上げられるの!? それとも、上げるための条件を既に満たしているから、とか?)


 この時、本当ならもっと深く私は『スキルレベルを上げる条件』について考えるか、知識がありそうなクロード神父に話しを聞くまで待つべきだったのだろう。


 だが


(普通、転生もののお約束として序盤に覚えてるこんな何の変哲も無い鑑定系のスキルが攻略の鍵になるなんてあるあるな展開だよね! だったら、上げられるだけ上げるのが正解のはず!)


 良くある展開に興奮した私に、冷静な判断力など欠片も残っていなかった。


「上げます! それも、上げられるだけ上げて下さい!」


『スキル【解析者アナライザー】のレベルを5まで上げられます。本当に実行しますか?』


「実行します!」


『魔力3,000を消費し、スキル【解析者アナライザー】はレベル5になりました』


 こうして、私は解析者アナライザーLv.5を習得した事で適正職業の判断が出来るようになったりアイテムの品質の鑑定が出来るようになるなど、様々な特権を得た代わりに今有る全魔力を永続的に失うことになるのだった。

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