黒の聖女と白銀の騎士

赤葉響谷

第1章 王都動乱編~前編~

プロローグ

 目覚めは唐突だった。

 最初、目が覚めた私の脳裏を過ぎったのは『今何時だろ? 結構明るいしもしかして寝過ごした? あーあ、久々にやらかしたかな』と言う感想だった。


 私、黒崎愛里くろさきあいりは地元の町役場に勤める28の公務員だ。

 元々特にやりたいことも無く、高校を卒業後は実家の農業を手伝いながらノンビリと実家暮らしを満喫していたのだが、二十歳の頃に親の勧めで受けた地元の役場に合格してからは総務課や企画政策課などで事務仕事を行ってきた。


(あーあ、今日って急ぎの業務有ったっけ? いっその事体調不良って事でサボろうかな……。でも、あの係長結構面倒臭いから電話したくないなぁ)


 そんな事をボンヤリと考えながら暫く天井を眺めていたのだが、そこでふと今見上げている天井が見慣れたアパートの石膏ボード製の天井で無く、木材である事にようやく気付いた。


(あれ? 昨日実家に戻ったっけ? ……いやいや、しばらく帰ってないけど私の部屋もこんな感じじゃ無かったはず!)


 24の時に母親と祖母、それに兄夫婦からの『そろそろ結婚しても良いんじゃない?』って雰囲気に耐えきれず、実家から職場まで徒歩20分と言う近場で有りながら少し離れた場所に部屋を借りて以降、基本的に私は盆と年始に挨拶に帰るぐらいで極力実家に寄り付かないようにしていた。

 そのため、今みたいな11月の平日に実家に戻るなど先ず有り得無い。


(え? じゃあここ何処!?)


 ここに来てようやく異常を悟った私は慌てて飛び起きようとするが、体を動かそうと力を入れた瞬間全身に激痛が走り、そのまま力が抜けてしまう。


(え? ええ!? なに!? もしかして……寝ている間に誘拐されたとか!? それともこれって夢!? それにしては結構痛いけど!)


 私はどうにか体を動かそうとするが何度も激痛を味わったところで心が折れ、とりあえず助けを呼んでみようと口を開くがか細い唸り声しか出すことが出来なかった。


(な、なんなの? 昨日なんか悪い物でも食べたっけ!? それとも何かの薬を打たれたとか!?)


 この時の私は混乱と恐怖で冷静な判断力を完全に失っていた。

 そのため、しばらくの間私はに気付くことが出来なかった。


「せ、先生! アイリスちゃんが目を覚ましました!」


 突然離れた位置から聞こえた女性の声が日本語だったことに、『あっ、とりあえず寝てる間に国外に拉致されたとかじゃ無いんだ』と若干の安堵を覚えながら、先程の言葉を思い出しながら(あれ、今私の名前若干間違えた? それに、28にもなってちゃん付けはちょっと……)などと考えていると2人分の足音がこちらに近付いて来るのに気付いた。

 そのため、私は辛うじて気配のする方向へ視線を動かし、その2人が予想外の格好をしていたせいで目を丸くしてしまう。


「おお、本当に意識を取り戻したみたいだな」


 そう言葉を発した男性は教会の神父のような格好をした若いイケメンの男性で、明るい茶色の髪をオールバックに纏めているためスーツを着ていればそちらの筋の方にでも見えそうな風貌だった。

 そして、その隣に立つ女性の服装は明らかに教会のシスターが着るような服装で有り、ベールの隙間から覗く髪の毛はほぼ白に近い水色をしていたのだ。


(え? コス、プレ? ……なんで? これ、何かのドッキリ?)


 もはや状況が理解出来ずに私が目を丸くしたまま固まっていると、神父コスの男性がベッドに横たわる私と視線を合わせるようにしゃがみ、その黒く光る綺麗な瞳を真っ直ぐ私に向けながらまるで子供に語り掛けるような優しい声色で話し掛けて来た。


「いきなりの質問で悪いが、気を失う前に何が有ったか覚えているかい?」


 その問いに、思わず私は視線を逸らしながら『あの、すみません。何が何だかサッパリ分からなくて』と返事を返そうとするが、私の唇から発せられたのは「アッ…アウ……」と言うか細く甲高い呻き声だけだった。


「ああ、すまない。無理はしなくて良いからな。上手く喋れなければ首を縦か横に振ってくれるだけでも良いんだ」


 神父コスの男性にそう語り掛けられ、私は小さく首を縦に振って肯定の意を示す。

 それを見た神父コスの男性は優しい笑みを浮かべると、「それじゃあさっきの質問の答えを聞いても良いかな」と再度質問を投げかける。

 そして、私がその質問に『覚えていない』と言う意思を示すため首を横に振ると、神父コスの男性は「そうか」と小さく呟きながら考える素振りを見せ、やがてこちらを落ち着かせるかのような優しい笑みを浮かべながら「じゃあ、俺や彼女の事は覚えてるかい?」と、自分と後ろのシスターコスの女性を指差しながら尋ねて来る。


(うーん、私って昔から人の顔と名前ってほとんど覚えられないんだよね。もしかして、この人達って何かの業務で関わった人だったりするのかな?)


 答えを返さずに記憶を探ろうと真剣な表情でそんな事を考えていたせいで、その間を神父コスの男性はどう取ったのか少し困ったような表情を浮かべながら「まあ、目が覚めたばかりで混乱してしまったのかな。それじゃあ最後に、少し不快に感じるかも知れないが、そのによる影響を確認するため、ステータスを見せてもらうよ」とよく分からないことを口走る。

 そして次の瞬間、突然神父コスの男性が立ち上がると同時に右手を私にかざし、その手先に突然光の球が浮かび上がる。


「彼の者が有する力を曝け。解析魔法アナライズ!」


 神父コスの男性がそう言葉を発した直後、私の体の中を何かが駆け回るような不快な感覚が走り抜ける。

 そして、先程浮かび上がった光の球が弾け、神父コスの男性の目の前には光で出来た文字が無数に浮かび上がった。


(なに、これ……。……反対から見ているから少しぼやけて何が書いてあるか良く分かんないけど、表示されているのって日本語だよね? 体、力…に、魔力? 他にもいくつかあって全部横に数字が書いてあるから……これって、ゲームとかでよく見るステータス画面、だよね?)


 やがて空中に浮かんでいた光の文字達は姿を消し、神父コスの男性は難しい表情を浮かべながら「やはり、か」と重苦しく呟く。

 そして次に直ぐ後ろに控えていたシスターコスの女性に「言葉で説明するより実際に見せた方が早い。すまないが手鏡を持って来てくれ」と指示を出し、シスターコスの女性が走り去ると同時に私へと視線を向けた。


「君ぐらいの歳では難しい話しかも知れないが、一応説明だけはしておこう。昨日の夕方、君は村の外れにある森の入り口でボロボロになって倒れている所を猟から戻った村人数人に見付けられて保護されたんだが……ケガの度合いや返り血で汚れていた事から何らかの中型魔獣に襲われたと言う事は解っていた。だが、先程ステータスを確認した結果、レベルが10ほどまで上がっていたことからどうやら君はその魔獣を自力で討伐して村まで逃げ帰って来ている事が改めて判明した」


 もはや、この男が何を言っているのかさっぱり理解出来なかった。

 そう言う設定のドッキリなのだろうか?

 それとも頭がおかしい人なのだろうか?

 そんな疑問が頭をグルグルと回り、混乱から立ち直れない私などお構いなしに男の話は続く。


「だが、武器も持たない君ぐらいの歳の少女が魔獣を討伐する事など普通は不可能だ。では、何故それが可能となったのか? その答えは君の今の髪色が教えてくれる」


 男がそこまで告げたところで先程鏡を取りに向かった女性が戻ってくる。

 そして、男は女性から鏡を受け取ると私の顔が映るように鏡を向けてくれた。


 そこには、光の角度で色合いが変わって見えるほど鮮やかな白銀の髪を持つ1人の少女、いや、4、5歳くらいの幼女が映っていた。


「覚えているかは分からないが、君も参加していた先週の孤児院への出張講義で話したように、髪色はその人物の魔力が基礎となる火、水、風、土、闇、光のどの系統に属すかを現している。そして、その色合いが濃ければ濃いほど魔力適性が高いと言われているんだ。だが、昨日までほぼ白に近い黒色だった君の髪色は今やこれまでの歴史上で確認されたことの無い物へ変わってしまっている。つまり、現状で君はこれまで観測されていない謎の7属性目、それも非情に強力でその魔力適性も高い状態で覚醒した唯一の存在となってしまったと言う訳だ。……正直、これから君を狙う存在が現れる危険性も有るため、君にとっては窮屈かも知れないが君の存在はある程度の年齢になるまでこの村で隠させてもらう事になる。それでもどうか安心して欲しい。必ず君が安全な生活を送れるよう、守護者第6位階のクロードの名において君を害そうとする存在から君を守り切ってみせるから」


 もはや、私の脳は男が発する言葉の意味を正常に理解する事が出来なくなってしまっていた。

 ただ、一つだけ確信できたことがある。


(ああ、私、異世界に転生しちゃったみたい。それも主役級のかなり重要な役どころで……)


 期待半分、不安半分の複雑な心境のまま、私はただ呆然と神父の言葉を聞き流しながら今後の訪れるであろう激動の人生について思いを馳せるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る