第2話 日
「一人で来たのか?」
少し大きめの村に着くと警備をしている兵士が声をかけてくる。私は頷いて答えて馬車の荷物を見せた。
「ほ~、いい剣だ」
兵士のそんな声に指を三本立てる。銀貨3枚、あの兵士達の持っていたものを全部売り払うつもり。安くはないかもしれないけれど、兵士には必要なもの。必ず売れる。
「ふむ、行商というわけだな。では全部もらっておこう」
兵士のおじさんはそう言って私の頭を撫でてくる。温かさを感じると安心して眠くなってきてしまう。夜通し馬車を走らせたからとても眠いのかもしれない。自分の体なのにそんなこともわからない。
兵士のおじさんから銀貨の沢山入った革袋を手渡される。馬車もいらないと伝えると更にもう一つの革袋をくれた。
「儂の孫もなお前さんくらいの時に王都に出稼ぎに行ったもんさ。兵士になってくいっぱくれることもなくなったと喜んでいたよ。久々に帰ってくるらしいが遅いな~。嫌な貴族の下についたという話だったが、心配だ」
おじさんはそう言って俯く。
私は何も言えずにただ会釈をしてその場を離れた。
「嬢ちゃん! 娘の名はイレーネっていうんじゃ。どこかで会ったら心配してると伝えてくれよ~」
おじさんの声が背後から聞こえてくる。イレーネさん……あの人の名前なのかな。
ギュッと胸を押さえる。私はあんな優しいおじさんの娘さんを殺めてしまった? ううん、違うよ。絶対に違う。体を洗ってくれたあの人がイレーネさんとは限らない。
「いらっしゃい。嬢ちゃん一人か?」
宿屋と酒場が併設されているお店に入る。ホールをやっている店員さんが声をかけてくると頷いて答えた。
「スープが欲しい」
店員さんに枯れた声をかける。水も満足に飲めていない、やっと出せた声。店員さんは悲しい顔で頷いてくれる。
コト、私の座る席にコンソメのスープが置かれる。店員さんはにっこりと微笑んで白いパンも添えてくれた。
「美味しい」
スープにパンを浸して食べたり、スープをそのまま飲んだ。体が欲していたのがわかる。綿毛が水を吸い込むように私の体がスープを、パンを吸い込んでいく。
いつの間にか周りの人の話す声が聞こえなくなっていた。ふと周りを見回すとみんなが私を見つめている。
「いい食いっぷりだ」
「よく噛んで食べろよ」
目が合うとおじさんたちはそう言って私の頭を撫でてくる。ひとしきり撫でられるとみんな元の席に座って話の続きをし始めていた。
首をかしげていると、店員さんが水のはいったコップを置いてくれる。
「みんな娘や息子の帰りを待っているのさ。嫌かもしれないけれど、撫でられてやってくれるかい?」
優しい表情で声をかけてくる店員さん。私は無言でうなずくと彼が口の周りを拭きとってくれる。
「僕も王都に行きたかったけれど、いけなかったんだ」楽しそうに口を拭ってくれる彼、目は残念そうに俯いているように見える。
「流行り病にかかっちゃってタイミングが悪かったんだよな。それで好きな人と一緒に行けなかった。はぁ、イレーネは元気にしているかな」
この人もイレーネさんの知り合い。彼の話を聞いて何も言えなくなる。私は食事を早々に済ませると銀貨を一枚机に置いて去った。後ろから声が聞こえてくる。「お~い。つりだぞ、嬢ちゃん」駆けてくる店員さん。銅貨を手渡してくると頭を撫でてくれた。
この町の人達はみんな優しい。私のいた村とは大違いだった。他人に干渉しない村、そのせいで魔女がいるなんて言われていた。
私の母は魔女なんかじゃなかった。それなのにあんな……全部村や兵士たちがいけないんだ。
「村は滅んだ。兵士たちを全部……」
全てを壊してやる。
でも、今はもう少しこの村にいたい……温かいおじさん達と少しだけ。
その村にいたのは何日だろう。とても長く感じた。
毎日毎日村の人達のお手伝い。畑仕事や酒場の荷物運び、最初は体が弱っていたからできなかった仕事も沢山できるようになった。
好きな人もできていつの間にか私の中の火はなくなっていた。
そう、あの日までは。
「ジャンヌ。君だけでも生きて」
村が兵士に襲われた。私を屋根裏に隠した、私の大好きな人の声が聞こえてくる。
あなたもそれを言うのね。倒れて絶命していく最愛の人を見て可笑しさがこみあげてくる。屋根裏の隙間から最愛の人の最後を見届けているとやつらが入ってきた。
「これですべての住人だと思います」
兵士の報告を聞いて忘れかけていた火を思い出す。体がとても熱くなってくる。こぶしから血が滲み、いつの間にか剣を握っている。
そして、
「!」
無言で屋根裏を突き破り兵士達に剣を突き立てる。一人、二人、腕や足を両断して絶命させると新たな仇がやってきた。私の目がバチバチと燃えているのがわかる。視線に映る兵士の動きがスローに見えてくる。
「やはり! この村の女は化け物だったか!」
立派な兜をつけた男が声をあげる。その声を聞いた兵士が一瞬隙を見せた。また一人、二人と絶命させる。
そうよ、最初からこうすればよかった。私が生きる意味はこれだったんだよ。
私の口角が上がっていく。この村の温かさに惑わされていたんだ。
兵士たちを一掃すると立派な兜の男の首を掲げる。絶望に震えた顔で息絶えてる。面白い。
「ふふ、あはははは」
私をあざ笑うかのように降る雨、私の頬を濡らして塩っ辛い。
ひとしきり笑うと私は家に戻って最愛の人を抱きしめる。
彼を埋葬すると次に住人のみんなを埋葬した。
ここに初めて来たときのように私の体はやせ細る。食べるものもなく、水もなくなった。それなのに雨は降り続ける。
この村の毎日は故郷で過ごした母との毎日よりも好きだった。
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