人海戦術
寝耳に水な急報を受けた
『
時間は夕方の五時半。
場所は、いつもの集会場所として使っている神社の境内だ。
桔梗は家で服をいつものライダースーツに着替え、愛車を走らせて集合場所の神社へと向かった。
十分ほどで到着。長い石段の下にある駐車場は、すでにバイクだらけとなっていた。桔梗もそこへ愛車を停める。
石段を登り、境内に達する。
すでにメンバーはほぼ全員集合している。「ほぼ」という言葉を付属する理由は、あと三人が欠けているから。
その理由は分かっている。
緊急集会が始まる前、再び連絡が入ったのだ。
——メンバーの一人、
もう一人は、最初に聞いた『
最後の一人は……今週の水曜日を境に休止している
滝村は水曜日に、正体不明の「通り魔」に暴行を受けてから、身ぐるみを剥がされてパンツ一丁にされたそうだ。現在は怪我の療養中である。
「通り魔」……現在の状況を見るに、考えられる容疑者はやはり『
まだ推測の域を出ないが、その可能性がかなり高い。
『
悪夢のような構図を脳裏に思い浮かべた桔梗は、唇の下で切歯した。
理由は分からない。
少数のくせに巨大チームのごとく扱われている『
実際『
だが、どんな理由であろうと、相手が何人来ようと関係ない。
自分達は「専守防衛」を是とする『
差し出された手と笑顔には友情と親愛をもって接するが、不当な暴力と策謀は武力と鉄拳をもって制する。
これまでもそうしてきた。そして、これからもそうあり続ける。大人になって『
桔梗が「決定的な一言」を発してくれるその時を、今か今かと静かに待っている。
その時まで、己の中にある義憤を押し殺している。
桔梗もそれに頷きを返し、ようやく発した。
「——戦争というのは、大抵の場合、「最初の一発」を相手に撃たせた方が勝つわ。歴史を振り返れば、洋の東西を問わずその例はたくさん転がっている」
まるで、大観衆の前で国是を説く政治家のように。
「ウチらのスタンスは「専守防衛」。「最初の一発」を撃った連中には容赦をしない。これはその集団の規模を問わず、人類史における
そして、メンバーが一番欲しがっている言葉を、発してやった。
「連中がウチらにぶっ放した「一発」が、どれほど愚かな「一発」なのか、連中の身にたっぷりと教えてやりなさい。————お前達、戦争よ!!」
次の瞬間、
敵を知り己を知れば百戦
少数ながら巨大チームに匹敵する実力を有する『
その強さの秘密は、個々の実力の高さや、チームの団結力の高さだけではない。
「情報」。
『
不良社会は、意外にもネットワークが広い。集めようと思えば、結構いろんな情報を拾える。
「仮想敵」のメンバーの名前や顔ぶれ、その他の特徴など、全て桔梗のスマホのメモ帳に記録されている。
今回、桔梗は敵対二チームの名簿を、『
あとは簡単だ。メンバー全員が散り散りになって周辺をバイクで探り回り、名簿に載った敵を見つけ次第「半殺し」にする。
『
圧倒的暴力と、周到な情報運用——暴走族にあるまじきその徹底ぶりが、『
桔梗もまた、他のメンバーと共に「狐狩り」に勤しんでいた。
すっかり暗くなった夜の街中で、桔梗は見つけた。
ママチャリに乗った古代ローマ兵士のポップなイラストが背中にプリントされたジャケット——『
それをバイクで追いかける。
向こうもエンジンを吹かせて必死に逃げる。
後方には久里子のバイクが追従している。数少ない女メンバーには、二人一組の行動を義務付けている。女ではどうしても筋力的に男に劣るからだ。
(——おかしい)
だが、桔梗はすぐに「違和感」に気がついた。
なぜ、連中は隊服を着ている?
身を隠したいのなら、隊服などという判りやすい格好はせず、私服を着て一般人を気取っているはずだ(そんなことをしてもこちらは顔や機種で判るのだが)。
隠れるのではなく、まるで自分が敵だとアピールしているような——
そして自分達は今、敵を追いかけるという形で、どんどん人通りの少ない場所へと移動していた。
……この方角を真っ直ぐ進むと、たしか「太田コンクリート跡地」という廃工場に達するはずだ。随分前に閉鎖されたコンクリート工場で、敷地がかなり広い。ドラマのロケにも使われることがある。
(まさか——!?)
桔梗が気づいた時には遅かった。
廃工場に続く導入路の前には、T字状に道路が広がっている。
桔梗はそのT字の下方の道から上ってきたのだが、T字路の真ん中に達した瞬間——左右の道から『
追いかけていた二グループのバイク群は、全員廃工場の導入路へと迷いなく吸い込まれていく。
さらに、T字路の後方から、敵のバイク群が横一列になって押し寄せてきた。全員、その手には鉄パイプなどの武器を持っていた。群れの密度も濃い。
それらから逃れる形で、『
桔梗は嫌な予感が現実になったことを悟る。
——誘い込まれたのだ。
数で劣る『
しかしそれ以上に、あの二グループのリーダーがこんな手の込んだ作戦を立ててきたことに対して驚愕を覚えていた。……両リーダーとも何度か会ったことがあるが、どちらもこんな緻密な策謀が行えるタマには見えなかった。
その理由を考察している時間はなさそうだ。
ここにいたら、T字路の三方、導入路の一方という合計四方から攻められ、数の暴力で握り潰されかねない。
そこで桔梗は電撃的に思い出す。
廃工場の敷地内には、資材置き場や骨材置き場などに使われていた広大な敷地があることを。そこへ逃れ、メンバー全員が自由に動けるようにするべきだろう。
それで、不利な状況は変わらないかもしれない。
だけど今じっとしているよりはマシだ。
指揮官の真価は、「状況を少しでも、しかし着実に動かす」能力で決まる。堪え性に乏しく、一発逆転のチート的戦略ばかりを欲するのが、現代人の多くが患う「悪しき甘え」だ。
「工場に入れ! 進め!」
であれば、狭い導入路周辺ではなく、広い敷地内へ入るべきだ。たとえそれが敵の算段に沿うことになったとしても、うまく動けない場所で戦えば物量で握り潰されかねない——そう即座に判断した桔梗は全員を進ませる。
導入路へと進み入った。舗装されていない剥き出しの土の道には、草が生えていない。人が頻繁に出入りしている証拠だ。
桔梗を先頭としたバイク群は導入路を抜け、広大な土地へと出た。
元々は事務所棟や資材置き場や製品置き場などであった無人の建物が周りに建ち並んでおり、骨材置き場には錆びだらけな鉄骨が数本積んであった。そこを中心に別のバイク群が集まっていた。
——『
「止まれ!」
桔梗の指示に従い、仲間全員がバイクを停める。
ひとかたまりになった『
円周を狭めるだけで、こちらは押しつぶされてしまうかもしれない。
その円周の中から、二人の男が歩み出てきた。
「——よぉ。薄汚ぇハクビシン共がよぉ」
二人とも知っている顔だ。
一人は、金色の坊主頭の大男。——『
もう一人は、ソフトモヒカンの大男。——『
今しゃべったのは、井原である。
二人ともいかにも暴力だけが取り柄ですって感じのツラ構え。おまけに胸板も厚く、四肢も丸太のように太い。
「随分と芸術的な策を思いつくものね。前会った時はこんな事考えつけるような頭があったようには見えなかったけど。……ひょっとして、誰かの入れ知恵?」
「オフレコだよ。テメェらだって手の内を明かさねぇだろぉ?」
「脱いでくれんなら教えるけどぉ?」
ゲラゲラと下卑た笑いが周囲から漏れる。
ヘルメットの中の顔を怒りで赤くした久里子が前に出ようとするのを手で制してから、桔梗は淡々と投げかけた。……桔梗とていろんな意味で内心穏やかではなかったが。
「あんた達に地獄を見せる前に、尋ねたい事があるわ。——どうして赤井と辻本を?」
その問いを投げかけられたリーダー二人は、ヘラヘラと笑っていた顔を殺気で引き締めた。その顔と同様の嫌悪感丸出しの口調で言った。
「……ヌケヌケと吐かしやがって、薄汚ぇ
「まったくだぜ。そもそも——テメェらの方から先に仕掛けてきたんじゃねぇかよ」
『
「デタラメをほざくな! 我々は専守防衛の『
『
「はっ、その「専守防衛」って言葉からして怪しかったんだよ。それは相手を油断させるための言葉だったんじゃねぇのか? 「この神奈川で天下を取る!」みてぇなことをデカデカと叫ばねぇでいれば、自分達に対してケンカを売ってくるチームがいなくなると思ってたんじゃねぇの? そうして油断したところを不意打ち……そういうこったろ? ハクビシン共」
それこそデタラメもいいところだ。
しかし桔梗がそんな反論を出す隙も許さず、『
「俺たち二チームとも、テメェんトコの奴に仲間を一人ずつ襲われてんだよ。夜、一人のところを闇討ちされたそうだ。テメェらと同じそのジャケットを着ててよ、吐かしやがったそうだよ。「この神奈川の天下は俺ら『
またも『
その様子に危ういものを感じる桔梗。……結束にかげりが生まれている。自分達の中に「裏切り者」がいるかもしれないという疑念で。
桔梗もまた、疑惑を持ってしまっていた。
そこで真っ先に思い浮かんだ顔は——滝村。
桔梗は即座に問うた。
「では滝村は? あいつを襲った「通り魔」はあんたらなの?」
「誰だそりゃ? 知らねぇよ。テメェらと同じジャケット着た奴って事以外、必要ねぇ情報だからよ」
おそらく、滝村もこいつらがやったのだろう。
しかし、桔梗はその事実を受け入れきれずにいた。引っかかりを覚えていた。
どうして滝村を叩きのめした時、服を全部脱がせたのだろう?
服……その中に、『
——もしも、そのジャケットを盗み、それを着た「通り魔」が、この二チームのメンバーを襲撃したとしたら? そうすることで、この戦争を引き起こしたのだとしたら?
その可能性は否定できない。
しかし、否定できないだけだ。事実とするには証拠が少なすぎる。
そして、それを考察するよりも、今目前で起こっていることに対応する方がはるかに重要だ。
「なんにせよ……俺らは「被害者」だ。テメェらに制裁を加える権利がある。——テメェら『
その言葉とともに、周囲からくすぶった殺気を感じた。
あと一言、決定的な一言を発するだけで、この殺気は発散されるだろう。
「——全員、ヘルメットを絶対に外すな! 頭を守れ!」
桔梗は即座に仲間に命じる。
やがて、リーダー二人はその「一言」を放った。
「「——やっちまえ!!」」
雲を衝くほどの吶喊とともに、包囲網が狭まった。
『
『
人員数が大きく離れた陣営同士のぶつかり合いが、とうとう始まってしまった。
————それを遠くから観察している者の存在に気付かぬまま。
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しばらくは別キャラsideで話が進みます。
申し訳ありませんが、ユキちゃんはしばらく出てきません……
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