神神化身

斜線堂有紀/IIV編集部

プロローグ


 願いを叶える為に切り捨てたものを、お前はもう覚えていない。

 それでも、今だ求めるのだ。叶えたいものの為、踏みにじったものを忘れ、置いてきたものを忘れ、忘れたことすらも忘れ、叶えようとする。

 心願叶うは一人だけ。叶う願いが願いなものか。


 「カミ」に舞を奉納する『舞奏まいかなず』の成立については諸説存在する。

 主だって認められている説は、単純だ。最初はただ、歌と踊りの快楽だけがあった。

 民衆がただ楽しむ為に舞い歌い、それが舞奏になった。


 そうしていつしか舞奏は、奇跡を起こすようになった。

 舞奏に集まる歓心かんしんかてに存在する「カミ」が、舞い手の願いを叶えるようになったのだ。


 優れた舞奏を奉じれば、日照りに苦しむ村に雨が降り、農地を求める村に一夜にして干拓地が現れた。どんな願いでも、カミは叶えた。

 現代でもなお、舞奏には願いを叶える力があると信じられている。


 叶えたい願いを持つ舞い手は、他のどんな舞い手よりも優れた舞奏をほうじればいい。そうすればカミに認められ、願いが叶う。

 果たして──叶えたい願いがあるから、優れた舞奏を奉じられるのか。

 ──優れた舞奏を奉じられるから、叶えたい願いが生まれるのか。


 カミに歌と舞を捧げる者達は、げきと呼ばれた。

 覡は共に舞う仲間を得て、舞奏まいかなずしゅうを組んだ。

 しかし、心願叶うは一人だけ。叶う願いが願いなものか。


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