番外編◆蓮さんの親友達②◆

◆◆◆◆◆

ケンさんには感謝をしないといけないと思う。

もしこの場にケンさんがいなかったら、私がつくりだした気まずい沈黙はまだ続いていたかもしれないし。

そんな事になったら私もどうしていいのかさえ分からなかったと思う。

だからケンさんにはすっごい感謝しないといけない。

……でも、1つだけ言わせてもらうなら……。

ちょっと笑いすぎじゃない!?

ケンさんはあれからずっと笑っている。

ケンさんのお陰でなんとか気まずい時間を終え、颯太さんにご挨拶をした。

蓮さんに促されて席に座り、とりあえず飲み物だけ先に注文をした。

その間もケンさんはお腹を抱えて笑っていた。

途中、蓮さんが呆れ果ててケンさんに注意してくれたり、颯太さんが私に気を遣ってケンさんの背中を叩いてくれたりしたけど……。ケンさんの笑いが治まる事はなかった。

……もういい加減にして欲しい……。

私はケンさんを横目に大きな溜息を零した。

その時、私の正面にいる颯太さんと目が合った。

ウンザリとしている私を見て颯太さんは苦笑した。

それから茶目っ気ったっぷりの笑顔を浮べた。

……?

なんだろう?

私が不思議に思っていると、颯太さんが口を開いた。

「ケン、葵ちゃんは元気か?」

それまで何をしても止まらなかったケンさんの大爆笑。

それが颯太さんの一言でピタリと止まった。

「……葵……」

「そう、葵ちゃん」

「お……おう元気だぞ」

そう答えたケンさんの顔が微妙に引き攣っているような……。

しかもさっきまでに比べると明らかにテンションが下がってる。

「てか、なんで葵ちゃんはここに来てないんだ?」

「……」

「ケン?どうした?」

とうとうケンさんはガックリと肩を落とし黙り込んでしまった。

「拒否られたんだよな?」

そう言ったのは蓮さんだった。

「拒否られた?」

颯太さんの視線がケンさんから蓮さんへと移る。

「どういうことだ?」

「こいつら、一昨日もここに来てたんだよ」

「一昨日?」

「あぁ、またケンが大騒ぎして葵を無理矢理付き合わせたらしいんだ」

「またかよ?」

「で、ケンに付き合って焼肉を腹いっぱい喰わされた後に葵は聞いたんだ」

「何を?」

「今日、颯太達とこの焼肉屋で会うって」

「それで?」

「そしたら葵から丁重にお断りされたらしい」

「そりゃあそうだろうな」

愉【たの】しそうに盛り上がっている蓮さんと颯太さん。

そんな2人を他所にケンさんだけがやけに静かだった。

……さっきまであんなに賑やかだったのに……。

ケンさんの周りには明らかに哀愁が漂っていた。

それはもう気の毒なくらいに……。

私は蓮さん達の会話に参加することも……かと言って、ガッツリとテンションが落ちているケンさんに気の利いた言葉を掛けてあげることも出来ずに、みんなの顔を順番に眺めるしかなかった。

それでも余りにもケンさんが可愛そうになってしまった私は、ケンさんになにか言葉を掛けたいと思った。

なんかいい言葉……。

頭を捻ってみたけど、私の頭に浮かぶ言葉って言ったら

『葵さんも大変だね』とか『そのペースで焼肉はきついよね』とか……。

より一層ケンさんが落ち込んでしまいそうな言葉ばかりだった。

……ダメだ……。

こんな言葉じゃケンさんを慰めることなんてできない。

……どうしよう……。

その時だった。

蓮さんと盛り上がっていた颯太さんがケンさんに視線を向けた。

「葵、相変わらず可愛いんだろうな」

真夏の太陽を思わせるような笑顔。

そんな颯太さんの顔をジッと見つめるケンさん。

太陽に照らされたお猿さんは、暗い表情からみるみるうちに明るい表情に変わっていった。

元々、ケンさんは表情をコロコロと変える人だと私は認識していた。

……だけど……こんなに一瞬で変えられるとは……。

恐るべし、ケンさん。

「当たり前だろ!!葵の可愛さは永遠だ」

自信満々で言い放ったケンさんに蓮さんと颯太さんは苦笑していた。「あぁ、そうだよな……てか、葵の姉ちゃん元気してっか?」

「あ?空【そら】の事か?」

「そう、空だ。俺の好みのタイプにピッタリの空ちゃん」

「空は相変わらずすっげぇ元気だけど……」

「けど?」

「お前には絶対に紹介なんてしねぇーぞ」

「なんでだよ?」

「は?お前なんかに紹介したら空の人生が滅茶苦茶になっちまう」

「……んなことねぇよ。俺が責任を持って空を幸せに……」

「いや、無理だ。お前の女癖の悪さは俺もイヤってくらいに知ってる」

「いやいや、ケン。お前には言われたくねぇーよ」

「……」

「お前だって葵と付き合う前は好き勝手やってたじゃねぇーか?」

「……!!で……でも、葵と付き合いだしてからは他の女と遊んだりしてねぇーし」

「俺もそうする」

「あ?」

「お前が空を紹介してくれるなら、俺も他の女と遊んだりしねぇーよ」

「……」

「だからケンくん、お願い」

「……」

「紹介してくれ」

両手を顔の前で合わせてお願いする颯太さん。

一方、ケンさんは腕を組んで難しい顔をしている。

「紹介して俺が空と付き合い出したら俺の事を“兄ちゃん”って呼ばせてやるから」

「……!?」

「嬉しいだろ?こんなに素敵な兄ちゃんが出来て」

「……全然……」

「ん?」

「嬉しくねぇーし!!それにやっぱりお前に空は紹介できねぇ」

「なんで?」

「お前に紹介なんかしたら葵の母ちゃんにこっぴどく叱られるような気がする……」

「んなことねぇーだろ?」

「いや、ダメだ。絶対に紹介は出来ない」

「そうか?残念だな……けど、まぁいいや」

「……?」

「今度、葵に頼んでみるか」

「……!!」

ケンさんと颯太さんのやりとりから私は目が逸らせなかった。

不敵な笑みを浮べる颯太さんと顔面蒼白になっているケンさん。

そんな2人のやり取りを見ていた蓮さんは声を押し殺して笑っていた。

ケンさんには気の毒だけど……。

颯太さんとケンさんはいいコンビだと思う。

そんな事を考えながら颯太さん達を眺めていると再び颯太さんが私に視線を向けた。

目があった瞬間、颯太さんは爽やかな笑みを浮べた。

……ケンさん曰くかなり女癖が悪いらしいけど……。

……葵さんのお姉さんに紹介できないくらいに女癖が悪いらしいけど……。

……颯太さんに紹介すると葵さんのお母さんにケンさんが叱られるくらいに女癖が悪いらしいけど……。

それでも颯太さんのその笑顔には好感が持てた。

……っていうか、葵さんにはお姉さんがいたんだ……。

……。

……。

あっ!!そう言えば……。

海斗のあの銀髪はお姉さんに染めて貰ってるってアユムが言ってた

ような気がする。

……確か美容師さんって言ってたような……。

空さん、葵さん、海斗。

葵さんは3人姉弟なのかな?

「なにを難しい顔してんだ?」

蓮さんの声に私は現実に引き戻された。

「えっ!?」

「眉間に皺が寄ってるぞ」

蓮さんが私の眉間を指で撫でた。

「……ちょっと考え事をしてたから……」

「考え事?」

「うん、葵さんって3人姉弟なの?」

「あぁ、そうだ」

「今は3人だけどもうすぐ4人になるよ」

突然、私と蓮さんの会話に乱入してきた颯太さん。

「もうすぐ4人になるんですか?」

「うん、そう」

「おい、颯太。それは一体どういう意味だ?」

「ん?ケンくん聞きたいの?」

「おう」

「俺が空と付き合うことになっていつかは結婚……みたいな?」

「そっ……颯太!!」

「なんだ?弟」

「おい!!弟って呼ぶんじゃねぇよ!!」

「照れんなよ」

「ばっ!!照れてるんじゃねぇーよ!!」

「まあまあ、折角縁があって兄弟になるんだから仲良くしよーぜ」

「……!!」

ケンさんは顔色を赤くしたり青くしたり大忙し。

一方で颯太さんは涼しげな表情。

そんな2人のやり取りを見ていて、私には1つの疑問を抱いた。

……果たして、颯太さんは本気で空さんと付き合いたいと思ってるんだろうか?

それとも、ケンさんをイジめて楽しんでるんだろうか?

颯太さんが本気で空さんを紹介して欲しいと思ってるから、ケンさんはこんなに焦ってるのかもしれないけど……。

それにしても、颯太さんってなんか軽い感じがするような……。

笑顔はあんなに爽やかなのに……。

「……おい、ケン。少し、落ち着け」

苦笑しながら口を挟んだのは、今まで私の隣の席で優雅にタバコを吸っていた蓮さんだった。

「ふぁ!?何言ってんだ?蓮。これが落ちついていられるか!?颯太が空と俺の弟の座を狙ってんだぞ!?」

……ケンさん……。

今“ふぁ!?”って返事したよね!?

そんな返事をする人なんて初めて見たんですけど……。

……てか、なんでみんなツッコまないの!?

そこはツッコむべきところじゃないの!?

「別にいいんじゃねぇ?」

「あぁ?」

「空が誰と付き合うかは、空自身が決めることだ」

「でも!!」

「お前が葵と付き合う時、反対した奴が誰かいたか?」

「……」

「もし、颯太が本気で空に惚れてて、本気で付き合いてぇって考えてるなら、俺達には反対する権利なんてねぇだろ」

「……」

「それに葵の母ちゃんだってお前と葵が付き合うってなった時驚きもしなかったじゃねぇーか。お前が大丈夫だったんだから颯太だって心配はいらねぇーよ」

「……」

「……それに……」

「……?」

「本気で守りたい女が出来たら男は変わるんだ。そうだろ?」

蓮さんの話に真剣に耳を傾けていたケンさん。

蓮さんのその質問に

「……あぁ、そうだな」

納得したように大きく頷いた。

「……やっぱり、蓮の言葉には説得力があるな」

感心したような様子の颯太さん。

そんな颯太さんに蓮さんは少し照れたように

「……うっせぇ……」

呟いた。

……?

あれ?

なんで蓮さんは急に不機嫌になっただろう?

そう思ったけど、その理由を確認する間もなくみんなの会話は別の話題へと変わってしまった。

◆◆◆◆◆

「なぁ、颯太」

「うん?」

「最近ダンスはしてんのか?」

蓮さんが颯太さんに質問した。

「もちろん……って言いたいところだけど、仕事が忙しくてなかなか時間がとれねぇーんだ」

ガックリと肩を落とした颯太さん。

「そうか……そうだよな。学生の頃みたいにはできねぇーよな」

蓮さんと颯太さんの間にはしみじみとした空気が漂っている。

「……てか、そんなに好きなら、仕事にしちまえばいいんだよ」

そんな二人が醸し出す空気を呑気な声で破ったのはケンさんだった。「ケン、それってどういう事だ?」

蓮さんと颯太さんの視線がケンさんに向けられる。

「子供に教えるって事でダンス教室でも開いてみたらどうだ?」

2人に注目されたケンさんはタバコを銜えながら答えた。

「珍しくいい案だな、ケン。颯太もガキは好きだろ?」

「あぁ、ガキは好きだ。……そうだな、仕事っていう名目だったら親父も文句は言えねぇーだろーし」

颯太さんの瞳がキラキラと輝いている。

「な?いい考えだろ?」

「あぁ、……よし、沖縄に戻ったらスタジオになりそうな物件を抑えるか」

……颯太さんってそんなにダンスが好きなんだ。

……。

……あっ!!もしかして……

ダンスが好きだから、あんなに独特なヘアースタイルなのかも!!

……でも、颯太さんはさっき“仕事が忙しい”って言ったよね?

この髪型で出来る仕事ってなんだろう?

普通に会社員とかは絶対にないだろうし……。

「どうしたの?美桜ちゃん」

突然、颯太さんが私に視線を向けた。

「えっ!?」

余りに突然でタイミング的にも私は動揺を隠せなかった。

「なんか不思議そうな顔をしてるから……」

やっぱり颯太さんの笑顔は爽やかで……。

話し方も物腰が柔らかい感じがする。

だから私は思い切って聞いてみることにした。

「……あの……」

「うん?」

「颯太さんってなんのお仕事をされてるんですか?」

「俺の仕事?」

「はい」

私が頷くと、颯太さんの視線は私の顔から蓮さんの方へと移った。

その視線の動きにつられるように、私も隣にいる蓮さんの顔を見上げた。

私に視線を向けていた蓮さんと視線が重なった。

蓮さんの表情がフンワリと和らいだ。

「颯太は俺と同業者だ」

「……同業者……」

「あぁ」

蓮さんと同業者?

……って事は蓮さんと同じお仕事ってことだよね?

蓮さんのお仕事は“極道”さんだから……。

……。

……。

……は?

じゃあ、颯太さんも……。

「極道さんなんですか!?」

私は驚きのあまり絶叫に近い声を上げてしまった。

そんな私に苦笑しつつも

「そうだよ」

平然と答える颯太さん。

そして、蓮さんやケンさんまでもが笑いを押し殺しつつ私に視線を向けていた。

◆◆◆◆◆

蓮さんと知り合い付き合い始めて、結構な年月が経過したにも関わらず、私は未だに蓮さんがどんなお仕事をしているのか理解できていない。

たまにそのお仕事を家に持ち帰ってきたりもするけど……。

それもパソコンを見つめたり、書類に目を通したり、マサトさんと電話で話すくらいで、そこからはとてもじゃないけど、蓮さんの仕事内容を把握することなんて出来ない。

だから未だに極道って呼ばれる人達がどんな事をする人なのか全く分からないんだけど……。

それでも颯太さんが蓮さんと同業者っていう事実に私は唖然としてしまった。

「……美桜」

「な……なに!?」

「ちょっと驚きすぎじゃねぇーか?」

「うん、ちょっとビックリした」

「なんで?」

「……蓮さんの周りって極道さん率が高くない?」

「そこに驚いたのかよ?」

「……」

「美桜ちゃん」

「はい?」

「はっきり言ってもいいんだよ」

颯太さんは相変わらず爽やかな笑みを浮かべている。

「えっ?何をですか?」

「蓮は極道そのものって感じだけど、俺は全然極道には見えないって」

「……はい!?」

あの……私は全然そんな事思ってないんですけど……。

颯太さんがそんな事を言うから蓮さんが私をすっごく見てるんですけど!?

早く否定しなきゃって思うのに、蓮さんに疑いの眼差しを向けられている私は両手を顔の前で左右に振りながら、そんな事思ってませんって瞳で訴える事しか出来なかった。

そんな私をしばらく睨んで……じゃなくて見つめていた蓮さんがようやく颯太さんに視線を向けた。

閻魔大王様の眼力から解放された私はホッと胸を撫で下ろした。

……もう、本当に勘弁してほしい……。

ケンさんといい颯太さんといいなんですぐに私を巻き込もうとするんだろう……。

「……おい、颯太」

「うん?」

「てめぇ、ふざけんなよ。俺なんかよりお前の方が明らかに“そっち系”じゃねぇーか」

「は?んな事ねぇーだろ?」

颯太さんはふざけたりしていた訳じゃなく……どうやら本気でそう思っていたらしい。

その証拠に、こっちがびっくりするくらい驚いてたりする。

「なに言ってんだよ、蓮。天下の神宮組の若頭よりも俺の方が“そっち系”になんて見えるはずねぇーだろ?それに俺はこんなに爽やかなのに……」

「……爽やか?」

「あぁ、俺から爽やかさを取ったら何が残ると思ってんだ?何も残らねぇだろ?」

「いや、十分残るだろ?」

「なにが?」

「“西園寺組”若頭の肩書きと冷酷さと極悪さ」

「いやいや、肩書きは仕方ねぇとしても、冷酷さや極悪さなんて生まれた時から持ち合わせてねぇーよ」

「……まぁまぁお2人さん、落ち着いて。そんなどんぐりの背ぇ比べみたいな言い合いなんてしてんじゃねぇーよ」

「うっせぇぞ、ケン」

「黙ってろよ、ケン」

「……!!」

蓮さんと颯太さん。

2人の仲裁に入ろうとしたケンさん。

……ケンさん、お気の毒です……。

また巻き込まれないように、心の中で私は呟いた。

ひたすら自分の存在を消そうとしていた私だけど……。

さっき蓮さんが言った一言がどうしても気になっていた。

……どうしようかな……。

……勇気を出して聞いてみようかな……。

でも、ケンさんみたいに2人から叱られたらイヤだし……。

だけど、すっごい気になるし……。

……。

……。

よし、勇気を出して聞いてみよう!!

そう決意した私は

「……あの……」

恐る恐る口を開いた。

その声は躊躇いがちだった所為か自分で思ってるよりも小さいものだった。

だから、私以外の人達には届いていないと思った。

……だけど……。

ピタリと言い合いを止め私に視線を向けた蓮さんと颯太さん。

そして、ケンさんまでもが悲しそうな瞳で私を見ていた。

……うっ……。

そんなに見つめられたら緊張するんですけど……。

「……あの……」

「……」

「……」

「……」

「……その……」

「……」

「……」

「……」

……ダメだ!!

緊張し過ぎてて言葉が出てこない。

なんかよく分からないけど……。

この3人に見つめられると迫力があり過ぎる……。

やっぱり聞こうなんて思わなければ良かった。

俯きそんな後悔をし始めた時

「美桜、どうした?」

蓮さんの優しい声が私の耳に届いた。

ふと顔を上げると蓮さんが声と同じように優しい視線を私に向けていた。

……そして、颯太さんやケンさんも……・。

さっきまでと全然違うみんなの視線に、私の緊張感は解けていくような気がした。

「……あの……」

「うん?どうした?」

「颯太さんも若頭なの?」

「あぁ」

「じゃあ、“家業”なの?」

「そうだ」

「颯太さんも家業を継ぐの?」

私のその質問に答えたのは蓮さんじゃなくて颯太さんだった。

「継げるかどうかはまだ分からないんだ」

「そうなんですか?」

「うん、まだ修行中だからね」

そう言って颯太さんはやっぱり爽やかな笑みを浮べた。

その笑顔を見た私は無意識のうちに言葉を紡いでいた。

「……私は、“極道”って呼ばれる人達がどんな事をしているのか未だによく分からないんですけど……」

「うん」

「颯太さんは颯太さんだと思います」

「俺は俺?」

「はい、蓮さんやケンさんがいろいろな肩書きを持っていても私にとっては蓮さんやケンさんという1人の人であるように、颯太さんは颯太さんなんだと思います」

「……」

「あれ?私は何を言いたいんだろ?」

自分で言った言葉なのに……。

自分でさえ何が言いたかったのか分からなくなってしまった。

軽くプチパニックを起こしかけた私を助けてくれたのは蓮さんだった。

私の背中に当てられた大きくて温かい手。

「要は、肩書きとか職業なんて関係ないってことだろ?」

「う……うん、そう……」

「美桜ちゃん」

「は……はい」

「1つ聞いてもいい?」

「はい」

「美桜ちゃんは俺をどんな人間だって認識してる?」

「えっと……」

颯太さんはまっすぐに私を見ていた。

「髪型がとても個性的で……」

「うん」

「笑顔が爽やかで……」

「うん」

「蓮さんの大切なお友達だと思っています」

私がそう言った瞬間、颯太さんはちょっとだけ驚いたような表情を浮べたけど、すぐにその表情を嬉しそうに崩した。

「美桜ちゃん、ありがとう」

「えっ!?」

なんで私お礼なんて言われてんの!?

颯太さんの意味不明なお礼の理由が分からない私は焦って蓮さんに視線を向けた。

……だけど……。

なぜか蓮さんは穏やかな笑みを浮べてて……。

そして、ケンさんもどことなく嬉しそうにタバコを銜えていた。

な……なに!?

みんなどうしたの!?

挙動不審気味にみんなの顔を見回していた私に颯太さんは声を掛けた。

「美桜ちゃん」

「は……はい」

「もう敬語は使わなくていいよ」

「えっ?」

「蓮は俺の大切な親友【ダチ】だ。美桜ちゃんは蓮の大切な恋人だから俺にとってみれば美桜ちゃんも大切な親友だ」

「……」

「親友なんだから敬語なんて必要ねぇーだろ?」

「……はい」

颯太さんの言葉を私は単純に嬉しいと思った。

なんだか蓮さんの大切なお友達に認めてもらえたような気がして……。

心がフンワリと温かくなったような感覚に包まれた。

そんな私の頭を蓮さんはポンポンと優しく撫でた。

そして、私の耳元で囁いた。

「な?ありのままのお前でいいって言ったろ?」

蓮さんの言葉に私は小さく頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る