5-4 策士

 衝撃的な事実を知り、エドワードは思わずごくりと唾をのんだ。


「先程、タイプライターの手紙とおっしゃっていましたが、元々は違ったのですか?」

「ああ、以前は手書きで来ていた。それが、ある時を境にタイプライターに変わった」

「差し支えなければ、タイプライターの手紙を見せていただけないでしょうか」


 ソールズベリーは机の引き出しから手紙を何通か出して持って来た。


「比較的最近にやり取りしたものだ。三か月ほど前にフランスに出国している。それまでは、バースの住所に宛てて送っていた」


 エドワードは、封筒の消印と差出人の住所を確認してから便箋を開き、字体の特徴や摩耗具合などを事細かに観察する。


「使うか?」


 ホワードは鞄から手紙を取り出した。


「前に問題になっていた予告状だ」


 エドワードも懐からミランダにもらった手紙を取り出す。三枚を見比べ、出した答えは――。


「恐らく、同一のタイプライターで打たれたものと見て間違いはないでしょう」


 ホワードも頷いた。


「で、アンタの持っていた手紙は?」

「以前、“H”と名乗る人物――スチュアート君がミランダ・ノエルさんに送った手紙です。彼女は、暖炉で燃やすよう指示がありましたが、それには従わなかった。ですが、犯人に手紙の存在が知られるのを恐れ、本当のことを言い出せなかったと言います。それを、この間の舞踏会で勇気を出して告白してくれました」

「うむ、あまり感心はせんが、事情は分かった。問題は、これらの手紙が同じタイプライターで打たれたことだ。要するに、同一人物が作成したものということだろう」


 ホワードの言葉に、ソールズベリーも同意する。


「貴公の追っている人物が、私の友人のなりすましとは夢にも思わなかった。だが、今回のことでようやく納得ができた。友人が亡くなっていたという事実を知り、胸に大きな風穴が開いた気分だが、貴公には感謝したい」

「いえ、僕は何も。今回、バースに行くことを提案してくれたのは、夏目でしたから」


 ホワードは両腕を組んだ。


「文通していたってんなら、こちら側の情報が漏れていた可能性は十分に考えられる。これからどうする? マイヤー、何か考えはあるか?」


 ホワードに話を振られ、エドワードは顎に手を添え思案する。


「ヘンリー君から舞踏会の妨害を失敗したという報告をがいつ受けるか、すでに知っている可能性が高い。そして、ヘンリー君が落としたという懐中時計。果たして、にとって予期せぬ出来事だったのでしょうか」

「どういうことだ?」


 ホワードが問う。


「動機を我々に知らせる、ある意味宣戦布告ともとれる行為だからです。そして何より、実物を見た者の目は否が応でもヘンリー君の方へ向けられる。以前、スチュアート君を利用したように、今回はヘンリー君を利用している可能性も否めない」

「俺たちの目は必然とジェンキンスの息子にいき、に捜査のメスが入ることはない。なんつう、卑怯な輩だ」

「ソールズベリー侯爵、お願いがあります。彼に――に電報を書いていただけないでしょうか」

「電報を? 構わんが……」


 ソールズベリーは首を傾げた。


「ドーバーまで来るように、と。多少の危険は伴うかもしれません。舞踏会の一件で、これに乗じて何らかの手を打ってくることが考えられます」

「分かった、やってみよう。向こうが文通という手段を利用しているのなら、逆にこちらも利用してみる価値はありそうだ」






 フランス北部の港町カレー。

 港に停泊中の船から一人の青年が降りてきた。

 馬車から降りた紳士がこれを出迎える。


「待っていたよ、ヘンリー」


 ヘンリー・ジェンキンスはびくりと肩を跳ねさせ、頭を下げた。


「お迎えいただき、ありがとうございます。エヴァンズ教授」


 二人はパリにあるエヴァンズのアパルトマンへと向かった。

 帰宅して早々、エヴァンズはワインをふるまった。


「まずは乾杯といこう。これからゆっくり話を聞かせてもらおうか」


 ヘンリーは緊張した面持ちで乾杯に応じ、報告を始めた。


「指示通り、帰り際に懐中時計を置いてきました。しかし、舞踏会では思わぬ邪魔が入り、妨害は失敗に終わりました」


 エヴァンズの目つきが鋭くなる。


「失敗した?」


 ヘンリーは体を強張こわばらせ、下を向いた。


「宝探しと題されたゲームが途中から始まりました。僕がいたレッド・ダイヤモンドを赤いガラスと偽り、集めさせていました。集めた者には、以前販売中止となった王室のワインを景品として持ち帰らせて……」

「ふん、誰の入れ知恵か、想像するにかたくない」


 静かに答えるエヴァンズ。

 怒られることを覚悟していたヘンリーは、恐る恐る顔を上げた。


「今回のことは想定内だ。では、イースト・エンドの方は?」

「こちらの狙いどおり、自警団はヤードと衝突。しかし、後で偵察に向かった時には、何も……」

「ところで、ヘンリー。懐中時計を置いてくることに何の意味があるか分かるかな?」


 ヘンリーは首を横に振った。


「旗の絵を入れた。ジャコバイトの」


 ヘンリーの顔色が顔面蒼白となる。


「ジャコバイトって……」

「私が何者か、愚かなヤードたちのために知らしめてやったのさ。もっとも、疑いの目は他でもない、時計の持ち主にいくと思うがね」

「僕の名前が入った時計ですよ! そんな、何てことを……」


 エヴァンズは、ヘンリーの反応には目もくれず、懐から一枚の紙を取り出した。


「あの男はまだ懲りていないようだ。明後日の正午にドーバーまで来いとは、誰に口をきいていると思っているのだ? 愚かとしか言いようがない」


 紙をビリビリに破り、床に捨てた。


「ドーバー……なるほど、良い考えがある」






 二日後の十二月二十五日、ソールズベリーはチャリング・クロス駅を出発し、ドーバー駅へと向かった。

 少し離れた位置からエドワード、夏目、ホワードの三人がソールズベリーの様子を見守る。


「とんだクリスマスになっちまったな。今のところ、何事もないようだが」


 ホワードの言葉に夏目も同意するが、エドワードだけは違っていた。常に緊張した表情を浮かべ、辺りを見回す。


「どうした? やけに落ち着きがないな」

「……すみません、妙な胸騒ぎが」


 ドーバー駅に到着し、約束の正午を待つが、エヴァンズの姿はなかった。


「かれこれ一時間も経つが、一向に姿を見せる気配がない。どうなってんだ?」


 苛立たし気にその辺を行ったり来たりするホワード。

 これに対し、夏目は呆れた表情を浮かべ、ホワードをたしなめる。


「あまり目立つ動きをすると、かえって警戒されかねない。少しは落ち着けないのか」


 結局二時間たっても現れず、一行はやむなくドーバーを後にすることにした。

 チャリング・クロス駅に向け、再び列車に乗る。


「そもそも、電報が届いていないのか? もしくは、はなから会う気がねぇのか」


 ホワードは腕を組み考えたが、現状これに繋がる手がかりなどあるはずもない。


「すみません、単に僕の見当違いだったのかもしれません」


 エドワードが詫びると、夏目が答える。

「仕方がありません。今回のは一種の賭けに近い。誰にも分からないことです」


 列車は問題なく走行し、緊張が解けたのかエドワードはまどろみかけていた。

 だが、チャリング・クロス駅まで約一時間を切った頃。


 ドン――。


 大きな音とともに、列車が揺れた。

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