第8話撫でた微温い風

「元気だしなって、透杞。可愛い顔が台無しだって」

「そんなん言われても……由奈に可愛いなんて言われても、嫌味に聞こえるんですけど」

「そぉ〜うぅ?普通に可愛いじゃん、透杞。周りからは目立ってないだけでさぁ」

「ああ〜もうー!からかわないでよ、由奈」

登校中の私と漣は、毎日賑やかな会話を交わしていた。



自身の感情を犠牲に他人を救う嘘つきな漣由奈あなたが生きる世界を、刻を、二人で生きたかった。

歩道から海と浜辺が見渡せる通学路を歩んで、自宅と高校を往復していた。

車道を挟んだ歩道には色の剥げたバス停がぽつんとあって、ノスタルジックに浸ることもあった。

海と浜辺、色の剥げたバス停という景色は見慣れた筈なのに、漣由奈の姿が溶け込むことなくゆったりと刻が進む光景は、虚しいものに見えた。

通学路でもあった住宅が密集した狭い路地裏も、彼女の姿がないとかつては歩いた通学路なのかわからなくなる。

漣が浮かべた憂いた表情に気付いてさえいれば、現在いまのような生活は訪れず、生きることに前向きになれていたかもしれない。


あの季節ときの、頬や露出した肌を撫でた微温い風は、鮮明に思い起こせる。

漣由奈かのじょが亡くなる一ヶ月前で、顔色が優れなくなった頃のことだから。


愚かな私を庇わなければ、漣由奈かのじょ生命イノチを失わずに済んだのに。


由奈ぁぁ、許してほしいなぁ……私が生命を絶とうとしたこと……


由奈アナタの微笑みで私は掬われた……掬われたよ、ただ……由奈アナタが掬われないのは悔しかったし、やるせなかったよ……


私がオバさんになっても、柔らかい笑みで私の弱音に寄り添ってくれてるだなんて思ってた。

貴女ゆなが私の掌に遺したは、消え去っていないで、私にとっての形見となっているよ。

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