第24話 協力/あの日の出来事

 矢島冬夜




「おはよう、裕樹」


「おはよう、やじさん。あれ? 髪切ったんだね」


「うん、そろそろ切り時だったから」


 月曜日の朝、俺は裕樹と公園で待ち合わせをしていた。裕樹とはいつも一緒に登校している訳ではない。しかし今日は西宮の悩み事について裕樹に相談したかったので、一緒に登校することにしたのだ。


「相談ってのは、西宮が白江から嫌がらせを受けてるって話であってる?」


 裕樹には事前に大まかな事情を話している。昨日知った西宮の悩み。それは、3組の白江健しらえけんによる嫌がらせが原因だった。


「うん…まぁ白江がやってるって証拠はないんだけどね。でも嫌がらせと言うより、犯人のやってることはストーカーに近いと思う」


 西宮が言うには、ここ最近は毎日後を付けられているらしい。今は後を付けられているだけで実害は無いと言うが、昨日の西宮はその犯人が白江だと確信している様子だった。

 しかしその確たる証拠は存在しないため、証拠と犯人を突き止めるためにも、俺は裕樹に手助けをして欲しいと思っている。


「…まじか。いつからなの?」


「西宮が気付いたのは、修学旅行実行委員になってからだって」


「ああ…そういえば白江って実行委員だったね。夏休みにやった実行委員の打ち上げで見かけたよ」


 白江健。この名前を聞くのは、俺はもちろん裕樹も初めてではない。夏休みにカラオケ店へ行った時に恵美がその名前を口にしていたはずだ。あの時の西宮は様子が少し変だったので、俺ですらその名前を覚えている。


「うん。多分だけど、あの時西宮が白江のこと苦手って言ってたのも…」


「犯人が白江だと確信してたから、だね?」


「うん、そうだと思う」


 やはり裕樹は理解が早くて助かる。そう思っていると、裕樹は首裏に右手を当てながら、宙を見つめてふとした疑問を呟いた。


「でも…仮に白江が犯人だったとして、何でそんなことするんだろう」


 裕樹の疑問はもっとものことだった。ただそれについては俺も気になっていたので、昨日の内に西宮に答えを聞いている。


「西宮に聞いたら恋愛絡みだって言ってたけど、詳しいことは聞かなかったよ。と言うか…聞けなかった、の方が正しいかな。西宮の反応的に、何だか話したくない様子だった」


「なるほどね。まぁ…僕も恵美にさりげなく聞いてみたけど、西宮さんは過去に恋愛絡みで色々あったって言ってたし、聞かなかったのは正解なんじゃない?」


「うん」


 裕樹と恵美は幼馴染なんだっけ、と今更ながらに驚く。裕樹とは中1からの親友だが、それを知ったのはつい最近のことだ。

 ちなみに、西宮の希望で今回の件について恵美には相談していない。恵美に被害が及ぶ可能性を考えれば、それは当然の事である。


「やじさん…今日は色々と大変になりそうだね」


 裕樹は茶色い瞳を細めて、どこか遠くを眺めていた。俺はその言葉の真意がわからず、裕樹に質問をする。


「ん? どういう意味? そりゃまぁ、西宮の件があるし大変なのはわかるけど…」


「ははっ。うん、それもそうなんだけどね…」


 裕樹が突然笑い出した為、ますますその真意がわからなくなってしまった。とりあえず裕樹が笑ったということは、特に真面目な話ではなかったらしい。


「え、何? なんの話?」


「いーや。親友が格好良くなって、僕は嬉しいよ」


「…よくわかんねぇ」


 俺はそう言ってから、終始ニヤニヤしている裕樹の横腹を小突き、学校へ歩き出すのだった。








 修学旅行2日目。

 美優は17時30分ごろに宿泊施設を抜け出し、コンビニに向かった。

 片道に約30分の時間をかけてお菓子を買いに行き、今は行きと同じ道を辿って帰っている。歩いている最中、常に夏特有の蒸し暑さが美優を襲っていた。じゃんけんに負けるなんてついてないな、とそんなことを考えながら、美優は徐々に暗くなり始めた夏空の下を歩いている。


「ねぇ、ちょっといいかな」


 突然誰かに声をかけられたので、驚いた美優は思わず足を止めてしまった。顔を上げると、目の前には3組の修学旅行実行委員である白江健が立っている。


「こんな時間に抜け出してたんだね。荷物持とうか?」


「いや、別に良いから」


 白江の言葉に下心を感じた美優は、何の躊躇いもなくそれを断って足早に歩き出す。

 美優は昔から男子の誘いを断り続けているため、これくらいの対応は造作もないことだった。美優の対応は俗に言う塩対応で、大抵の男子ならすぐに諦めてしまうほど冷たいものである。

 しかし、それでも白江は諦める様子を全く見せず、美優の横に並んでしつこく話しかけていた。


「そんなこと言わないでよ。去年は一緒のクラスだったんだし、少し話さない?」


「そんなの覚えてない。ついてこないで」


 あまりにもしつこいので、美優は先ほどよりも強めの口調でそう言い放つ。ただその対応は白江に対して逆効果だった。

 冷たい対応をされた白江は、いきなり美優の手を掴み、そのまま強引に彼女の身体を抱きしめたのだ。


「っ⁉︎…」


 あまりにも突然のことで、美優はすぐに声が出せずにいた。恐怖によって身体を思うように動かせない、そんな感覚を味わうのはこれが初めてではない。ただ、美優は無駄とは分かっていながらも、「やめ…て」と弱々しい声を発していた。


「じゃあ今覚えてよ。俺、ずっと…ずっと好きだったんだ。誰よりも君を愛してるんだよ、美優」


 耳元で名前を呼ばれた美優は、全身に鳥肌が立つのを感じている。恐怖心と危機感が入り乱れ、身体の震えは一向に止まない。


(こ…これ以上は、やばい)


 そう思った美優は、少しずつ身体が動くようになったので抵抗を始めた。しかし、白江の腕は大縄のようにびくともせず、彼女の力ではどうにもならない。力任せでは無理だと判断した美優は、機転を効かせて踵で白江の足を思い切り踏みつけた。


「痛っ! この、クソが‼︎」


 突如感じた足の痛みによって白江が怯む。すると美優は、その隙に白江を突き飛ばして、全力で走り出していた。


(っはぁはぁ…どうしよう。どこかに隠れなきゃ)


 美優は街灯の僅かな灯りを頼りに、夜の京都を駆け抜ける。恐怖のせいで身体中から汗が吹き出し、今度は蒸し暑さを忘れてしまうほどの寒気が美優を襲っていた。

 白江が追いかけてきているのか。それを確認する余裕など今の美優にはなく、ただ足を動かしているだけだった。

 必死に走りながら身を隠せる場所を探していると、美優は街灯の裏に古く寂れたガードレールを見つけた。


(あそこだ…)


 美優は走っている勢いそのままガードレールを飛び越え、急いで身を屈める。


「もう、お願い…来ないで」


 そう言った美優はそのまま息を潜め、白江が来ないことを祈っていた。

 

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