第47話 再び宮殿へ
離れで数日過ごしている間に、王子への媚薬未遂の無罪が認められた。
王子の命で宮殿中を大規模に調査させたところ、庭にスパイダーエイプルが自生しているのを発見した。
昨年は稀に見る寒波の影響で滅多に立ち寄らない渡り鳥が宮殿の湖にも立ち寄っていた。
その際に渡り鳥の足についていたスパイダーエイプルの種が宮殿に撒かれたのではないか、というのが調査結果だった。
正式に無罪が認められて、俺とラベンダーは宮殿へ戻ることが赦されたのだ。
グナシは賄賂を受け取っていた事は当然罪だが、幽閉中にオーロラを献身的に守ったともことで今回のみ大きな処罰はなかった。とはいえ他の兵士の手前、数日は新人兵士の雑務につくこととなった。
一定期間が過ぎれば、元の隊に戻れる様なので一安心だ。
俺だけじゃない。ラベンダーにとってもグナシは命の恩人なのだ。
そうそう聖女身分の回復に関しては、もう少し時間がかかるそうだ。
サワート夫妻の処罰も決まった。
それは意外なものだった。
当初死罪が当然と思われていたが、土壇場で評決が覆り、懲役10年の苦役で済んだのだった。
最初の一年程はとても厳しいと言われている処罰房での生活であるが、模範囚であれば通常の房に移り、奉仕活動を行う。
魔法を違法に使い、あら稼ぎと言う重罪を覆したのは、多くの市民の嘆願だった。
サワート夫妻の薬で命を助けられた多くの人が城におしかけ、夫妻の減刑を嘆願したのだった。
まあ、それだけであれば罪は罪と王子が切り捨てることもできた。が、薬により子供を授かった夫婦がいた。二人は侯爵の息子夫婦だったのだ。待望の後継を喜んだ侯爵の嘆願は王子も見ないフリは難しかった。
こうしてサワート夫妻の命はつながったのだ。
仏様はあのお二人にまだ生きろと伝えられたのだ。
これから先に己の中の魔と戦えと命じているのだろうか。
宮殿に戻ることが決まり浮かれるラベンダーが鼻歌混じりで荷造りをしている。
やっと、元通りの生活ですわーと大騒ぎだった。
明日の朝には迎えがきて宮殿に戻れる。
気合を入れて荷造りをしたラベンダーは明日が楽しみと子供みたいな笑顔で早々に寝てしまった。
俺はまだ寝付けずにいた。
離れの夜といっても眠りの森の夜とは大違い。
葉が揺れる音さえ聞こえるまさしく森が眠っているような場所だった。ここは見回りの兵士の交代の音や馬車を走らせる音、至る所で灯が灯っている。
夜なのに夜でないような世界。
落ち着かない。
することもない寝付けぬ夜はいろんなことに考えを巡らしてしまう。
明日には宮殿へ戻れる。
また王子に会えるだろうか。
どこかで王子に会えるのを心待ちにしている俺がいる。
俺というか、オーロラの心だろうが。
王子は明らかにオーロラに対して特別な対応を続けている。
目を瞑ると「会いたい」という気持ちが素直に浮かび上がり、心拍数が上がり胸の奥がキュンと切なくなる。
早く会いたい。あの手に触れられたい。横で些細な話で笑い合いたい。
抑えきれない感情が溢れてしまう。
こんな感情、奈良の俺には無縁だった。
ここにきて、どんどんとオーロラの魂が強くなってくる。
王子の思いが抑えきれなくなっていた。
つまり―――俺の魂はそろそろ消えるのだろうか。
ドンドンと離れの扉を叩かれ、迎えがきたことを告げる。
「オーロラ様!!早く早く」
ラベンダーに急かされ、玄関へと向かう。
急いだって、宮殿は逃げないぞ。
「お待たせしましたー」
元気いっぱい、ラベンダーが勢いよく扉を開ける。
その勢いのままに駆け出そうとした足がぴたりと止まる。
そりゃそうだ。
だってそこにいたのは、リース王子その人だったのだ。
王子直々のお迎え。
どうして王子がここに??
呆気に取られて挨拶さえ忘れていた。
「準備はできたのか?」
陽光の光に照らされて、黄金の様にキラキラと輝いている。
「荷物はそれだけか?」
と王子は俺の手から鞄を持とうとする。
「だ、大丈夫です。自分で持てますので」
恐れ多いと荷物をさっと自分の方にやるが、王子は強引に自分の方へ引き寄せた。
その時、鞄を持つ手とリース王子と手が重なる。
体が固まる。体から力が抜け、鞄が手からすり落ちそうになった。王子がその鞄をさっと受け取る。
「あ、申し訳ございませ・・・」
王子がこちらの顔を覗き込み、悪戯っぽく微笑む。
ひぇ・・・。息が止まる。
だめだ、顔が紅潮する。
「あの・・・どうして王子様がここに?」
「どうしてって、それはオーロラに会いたかったからだよ」
どうして私に会いたかったんですか、なんて野暮な質問はできなかった。
王子の直球の愛情が眩しい。
荷物を従者に渡すと、王子はさっと立派な装飾が施された場所に乗り込む。
ラベンダーはというと他の従者に連れられて後ろの馬車に乗っていた。
目が合うと意味ありげなウインクまでして。
別々ってことは、つまりその・・・この密室に王子と二人っきりってことか。
このキラキラ阿南那と?!
少し想像しただけで頭がいっぱいになる。
無理だ。耐えられん。
では俺はラベンダーの馬車に乗せてもらうことにしよう。
くるりと方向転換しようとする俺を王子が呼び止める。
「さ、オーロラ。行こう」
王子は馬車の中から少し骨ばった手を俺に差し出す。
こんな顔をして、王子に手を差し出されて断れる人間なんているのだろうか。
世界中どこ探したっていない。奈良にだって。
俺はその手をそっと握る。
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