第37話 奇跡
朝、井戸で水を組んでいるといつもはノロノロと歩いてくるグナシが、一大事とばかりに走って向かってくる。
「聞いてくれ、聖女さん」
一体何事だ。
まさか、幽閉ではなく何か処罰が加わるのだろうか。
心臓がキュッと痛む。
だがグナシの話は全く予想外の内容だったのだ。
「アルベルトが・・・」
「アルベルト?あの子がどうしたの?」
まさか・・・。
ついにお迎えが来てしまったのか。
グナシの切羽詰まったような表情に覚悟を決める。
「アルベルトが完治したんだよ」
思わぬ言葉に、一瞬頭が真っ白になる。
「え?完治???」
「そう、完治したんだよ。元気になって、元どおりなったって」
完治したと?
この前の話ではここ数日が峠と言われてなかったか。それが急に完治しただって?
「それだけじゃねーんだよ。驚かないで聞いてくれ」
もう十分驚いている。
これ以上の事ってなんだ?少々のことでは驚かんぞ。
「あんたが作ってくれた仏像から薬が出たっていうんだ。その薬を服用したら病が治ったっていうんだよ」
?!
めっちゃ驚きました。
なになに?その話詳しく聞かせてください!!
「サワートさんの話では夜枕元にあの彫刻の姿をした人が立っていたというんだ」
枕元に立ったその者は『薬壺に薬が入っている。それを息子に飲ませなさい。全ての苦しみを取り除いてくれるでしょう』そう言ったのだと。次の日朝起きると仏像が手に持っていた小箱に小さな薬が入っていた。
「なあ聖女さん、仏像に何か入れたりしてないよな?」
まさか。
俺はただ仏像を彫っただけだ。それに薬壺の蓋は開くように彫ってはいない。
「だよな・・・。俺も持ったけど小箱は口を閉ざしてたし」
そこに赤い小さな玉が一つ入っていた。サワートさんはこれが薬かと疑わしかったようだが、今にも命の炎が尽きようとしている息子を見て、一か八かその夢のお告げにかけて見たのだった。
奇跡を期待したサワートさんだったが、愛する息子アルベルトの様子は変わらずだった。もしかしてポーションだったのではと思っていたが、それは夢であったようだった。
奇跡が起こったのは翌日だった。
なんとアルベルトが元気に起きていたのだった。
「パパ、お腹減った」
驚いた両親は急いでパンやミルクを与える。
水を飲むのもやっとだったアルベルトが、病にかかる前のように元気にご飯を食べている。
これは現実か、幻か。
サワート夫妻は互いの頬をつねったが、頬は鈍い痛みを二人に与えた。
夢ではなかった。
その翌日もアルベルトは元気な子供に戻っていた。まるで病気だったのが幻のように。
「そんな奇跡が起こるんですね」
隣で聞いていたラベンダーがしみじみと言った。
俺もグナシも黙って頷く。
こんな話にわかには信じ難い。
サワートさんが見た夢ではないのか。
「でも・・・聖女さんは本当に何もしてないんだよな?こっそりポーション買って仕込んでたり?」
「そんな金はないし、そもそもポーションを手に入れたのなら、なぜそんな手の込んだ真似をするの?そのままサワートさんに渡せばいいじゃない」
「そりゃそうだな」
だが、なぜそのようなことが起きたのだろうか。
「その彫刻というのは一体なんだったの?」
いつの間にか現れたハラヘリーナさんが頬に手を当て、小首をかしげる。どこぞのおばさまだ?
「薬師如来という仏です。病気の治癒などにご利益のある仏様。おそらく小箱というのは薬壺でしょう」
「薬壺とは?」
「薬壺とは仏様が右手に持っている小さな箱です。そこには万病を治す薬が入っていると言われていますが・・・」
「そこに聖女さんがその薬を入れていたということ」
「そんな。大体万病を治す薬などどこから手に入れるんですか。私はたた祈り彫っただけですよ。仏の慈悲の御心でアルベルトを救ってほしいと」
それだけだった。
ただ彫った。
アルベルトとその家族が救われるようにと。
体が突き動かされるままに。
仏師として導かれるかのように。俺をいつも着き動かしていた思い。人を救いたいという思い。
ただ彫っただけなのだ。
「僕その仏様っていうの存じてないけど、でもこれだけはわかる。仏様という方は全てのものを等しく慈しんで守ってくれるって」
ハラヘリーナさんの言葉に俺はええと答えた。
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