第4話
ここはエルダット国。豊かな大地と広大な国土を有する大国である。
国を治める歴代の王たちはその偉大なる指導力で国と民を導き、他国の侵略から国を守っていた。
そして国を守っているのは王だけではなかった。
エルダット国には聖女がいた。
気が遠くなるような遙か昔、大きな戦があった。
戦が始まって十数年が過ぎた頃。
敵国の魔道士がエルダットの大地に恐ろしい呪いをかけた。
呪いによって豊かだった大地は痩せこけ、草は枯れ、川は干からび、無慈悲な風が人々を襲った。
絶望の中、飢え涙を流す人々の前に天から聖女が現れたのだ。
聖女は静かに祈りを捧げると、枯れたはずの泉に水が湧き出て金色に輝く蕾が現れた。
そして蕾が花開くと、空気は浄化され国中に緑が蘇り、花は咲き、鳥が歌う元の世界へと戻ったのだった。
聖女が咲かせたのは蓮の花だった。
息を吹き返したエルダット国は隣国との戦に勝ち、長く平穏な天下泰平の世へと移っていった。
それからこの国には聖女が現れるようになった。
古今東西を司る4人の聖女、ーーーーそう俺である。
いや、正確には俺ではなくこの体の持ち主、オーロラだ。
オーロラはこの世界の聖女の一人であった。
残念ながらあれは夢や幻ではなかった。
藤色の髪をした少女はオーロラの侍女のラベンダー。
若く愛らしい女性で、全てを俺に教えてくれたのだ。
齢16と言っていた。オーロラが17歳ということなので年下だが、歳の割にはしっかりとした受け答えをしている。病み上がりの俺を献身的に支えてくれるだけでなく、宮殿でのことは何でも知っていた。
俺が目覚めると喜びの涙を流し部屋を出て行った後、医師が現れ診察をしてくれた。
「聖女様ご気分は?」
初老の白い髭を生やした医師が尋ねる。
この者も随分と彫り深い顔立ちをしているな。鼻なんて天狗の様に高い。
「せいじょ??そんなことは存じませんが、それよりもあなたは医師でしょうか」
「え・・・はい。私が聖女様を診察させて頂きます」
「そうか、お医者様。これはどういうことだろうか。俺は確かに死んだのです。ですが目が覚めると女の身体になっているのです」
「・・・聖女様は死んでおりませんよ。確かに打ちどころは悪かったですが、お身体は回復されております。そして聖女様は女性ですので女の身体で問題ございません」
このやり取り、前にもしたような気がする。
「違う。俺は男だ!!奈良で仏師をしていたのだ。女ではない!!」
「ナラ?ブッシ???はて・・・聞いたことのない言葉ですが」
「何?仏師を知らぬか。仏師とは仏像職人のことだ」
ぶ、ぶつぞう???と医師はさらに困惑した表情を浮かべてた。
この医師は仏様も知らないのか。
藤色の娘もぽかんとした顔をしてこちらを見ていた。
どうやらこの娘も御仏を知らぬようだ。
「やはりここは遠い異国のようだ」それも仏様を知らぬ遠い国。
なんか柔らかい物が手に当たる。
藤色の娘が胸元で力強く俺の手を握っていて、華奢な外見に見合わず豊満な胸が俺の手にぼいんばいーんと当たっていた。
うわああああっ。
思わず娘の手を振り払ってしまった。
「あの・・・聖女様、ご気分でもまだ悪いのでしょうか」
「さっきから皆せいじょせいじょと申しているが、一体なんだ?誰のことでございましょう?」
一瞬の沈黙ののち、「聖女様とはあなた様のことですよ」と穏やかな声で切返す。
この医師、本当に医師なのか。
全く話が通じないではないか。
なぜかみな俺を聖女オーロラだと思い込んでいるようであった。
「俺は聖女ではない。男だ!!!」
医師は言葉を失い、少々お待ちをと言うとラベンダーを呼んでコソコソと何やら話始めた。
「聖女様はお身体はポーションで回復されてますが、ご覧の通りどうやら階段から落ちたショックでまだ精神や記憶に混乱されているようです。しばらくはゆっくりと療養が必要です。おっと、この事は聖女様にはくれぐれも内密に。余計な心労は回復の障害です」
ばっちり聞こえてますとも。
医者は俺に背を向けてコソコソ話しているつもりみたいだが、ばっちり聞こえてしまった。
ただそのおかげでラベンダーは納得してくれたようで、子供のようにあれこれと聞く俺にも嫌な顔せず丁寧に説明してくれた。
オーロラ自身だけでなく、この国エルダット。
祈りを捧げると、泉に金の蓮の花が咲き大地を浄化する聖女の役割について。
またこの一連の出来事について。
オーロラは足を踏み外して宮殿の階段から転げ落ち、頭を強打しそして三日間も眠っていたこと。
医者の指示で魔道士が体の治癒に効果のあるポーションを作り、オーロラに服用させたのだった。
まどーし?ポーション?
理解できない言葉が連なっていたが、どうやら魔道士とは俺が理解するに陰陽師のような存在で先の未来を見たり、妖術や病を治す薬を煎じてるようだった。
俺はその者が煎じたぽーしょんなる薬で生還し、今さっき目覚めたのだった。
そして何度尋ねても、俺は生きていて、女であって、オーロラという聖女であった。
つまり俺はこの身体で女として生きて行かないといけないのだった。
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