最初の面会相手は、前にも会ったスキンヘッドのチーフディレクター渕崎柾騎だった。

 円筒将門に異能力を明かした夜から、数えて三日後。面会場所は、極東テレビ局内のスタッフ専用控え室。二日前には南枳実の葬儀が行われたそうだが、一夜明け、渕崎は喪中も何も関係なく、相変わらず番組の企画制作に奔走しているという。

 制作部長を筆頭に昨日開かれたプロダクション上層部の緊急会議で、渕崎は正式にプロデューサー兼任チーフディレクターへ昇格した。完全に故人の穴埋めだ。むろん〈ガダラ・マダラ〉のプロデュースも今後は彼の指揮に委ねられる。意地悪な見方をすれば、プロデューサーの死が渕崎の昇進を早めたことになる。

 とはいえ、番組放映に関しては収録の目処すら立っていないのが偽りなき実情だった。プロデューサーの訃報は瞬く間に世間に知れ渡り、民間からも番組打ち切りを望む声が続々と挙がっていた。ネットニュースによると、某局にてラジオパーソナリティーを勤める話まで持ち上がったようだが、世情を鑑みて立ち消えたらしい。

 従って、相も変わらず多忙を極める渕崎が面会にゴーサインを出したことは、壱八にとってもありがたい以上に大いなる疑問ではあった。〈ガダラ・マダラ〉以外にも複数の番組制作を抱えていた渕崎のスケジュールは、将門曰く三ヶ月先まで一部の隙もないほどびっしり埋まっていたが、予定していた企画会議の時間を削って面会に応じる旨を、なんと彼自身が言い出したというのだ。

 テレビ局へ向かう途中、壱八は相手の心境の変化について、将門に疑問を呈した。

「不思議と言えば不思議ですけど、そうですねえ」

 肩にかけた黒のショールを後ろ髪と共に靡かせながら、天下の似非占い師は雲の少ない上空をぼんやり見上げて呟いた。

「解釈だけなら、いくらでも思いつきますよ。たまたまアポ取りのとき機嫌が良かったとか」

「機嫌良くたって、用件聞き入れたらもっと忙しくなることくらい判ってたろうに」

「働き詰めだから、誰か仕事と関係のない話し相手が欲しかったんじゃないですか。息抜きがてら」

 陰険な眼をしたあのスキンヘッド男が、そんな目的でわざわざ自分の予定をふいにしたりするだろうか。前回の面会が記憶に新しいだけに、将門の発言を鵜呑みにはできない。

「息抜き相手に、あの御仁が俺たちを選ぶだろうか」

「まずありえないでしょうね。わちきの容色が通じない唐変木ですもの」

 今日の占い師は色調、露出度とも控え目の大人しい服装だが、前回の件をまだ根に持っているのだろうか。

「あのボールドヘッドが事件の犯人なのだとしたら、大層な自信家ですよ。絶対に尻尾を掴ませないという、よほどの自信を持っているんでしょう」

「けど、プロデューサーが死んでくれたおかげで昇進できたようなものじゃないか。プロデューサーになれたのはいいが、やっぱり警察には怪しまれるだろ」

 テレビ局手前の上り階段を颯爽たる足取りで踏み締めつつ、警察は疑うのが仕事ですからね、と吐き捨てるように言う将門。

「収録もろくに進まない番組のプロデューサーになって、何の得があるんですかね」

「さあな。でも、誰が何と言おうと昇進は昇進だ。降格よりはましだろ」

「もしもボールドヘッドが犯人でないとするなら、プロデューサーへの昇格も結果論に過ぎないことになりますよ。となると、彼の豹変ぶりに対する妥当な解釈は一つしかないでしょうね」

「何だよ」

「南枳実が電話をかけてきたのと同じ心理です。恐れてるんですよ、彼もまた」

 本当にそうなのだろうか。先を越されぬよう一段跳びに階段を昇りながら、壱八は自らに問うた。

 いや、改めて考えるまでもない。会ってみれば判ることだ。今回の聞き込みは、これまでのものとは質が違うし意味も異なる。論理によって事件の縺れた糸を解きほぐすのではない。壱八は事件の見えない外殻を粉砕し、犯人の姿のみを浮き彫りにするために、超常的な手段を用いようとしている。

 他者の心理を読む能力を手に入れた壱八には、最早論理の戯れも重要なものではなくなっていた。もっと悪質で邪な戯れの道具を、既にその額に刻みつけていたからだ。

 犯人自身、もしくは犯人を知っている人物に出会ったが最後、理屈抜きで犯人の正体は否応なく露呈される。現時点では単独犯の可能性が高いが、仮に複数犯の仕業でも問題にならない。壱八の能力は絶対だ。将門が質問さえ間違えなければ、犯人が何人いようと必ず全員の名を挙げることができる。

 これは犯人捜しですらない。真の意味での犯人当てなのだ。クイズではなくゲーム。直感も知識も要らない犯人当てゲームの参加資格と、ゲーム攻略のための最強の武器とを、壱八は最終面のボスから同時に授けられたのだった。攻略方法に関しては将門が導いてくれる。こっちには勝ち目しかない。

 思わず笑みが零れた。正直なところ、全く負ける気がしなかった。

「何笑ってるんです」

 占い師に見られていた。何という目敏さ。

「いや、別に」

「そういえば、君の異能力のメカニズム、ちょっと調べさせてもらったんですけど」

 活字やグラフの整然と組まれた用紙を数枚取り出して、将門は言った。

「おいおい、いつの間に俺の頭調べたんだよ」

「一般論ですよ。君の頭に電極つけてあれこれやってる暇はありませんので」

 人間の脳は、やはり肯定よりも否定に対して強く反応するものらしい。脳波と事象関連電位に限っても、右前頭を中心とする脳波の陽性成分の増大が否定時に大きな振幅となって観察されたり、否定回答時に特徴的な事象関連電位の増大が見られたりなど。

「つまり、その脳波やら事象関連電位の増大を、俺の額がキャッチできるようになったわけか」

「仮説ですけどね。そう考えるのが最も妥当かと」

 オカルト要素の一切ない、味気ない解説ではあったが、この主知主義を至上とする姿勢こそ、将門の気質を特徴づけるものなのだろう。

 相手にとって不足はない。壱八は対戦相手たる占い師に、ひっそりと宣戦布告を発した。

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