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 二人の様子を見て取り、将門は残念そうに顎を撫でさすったが、すぐに気を取り直して、

「あなた方から見て、殺害された三人はどのような方々だったのでしょうか」

「どのようなとは?」

「人柄とか、あと対人的なものに関してです」

「つまり、対人関係で問題を起こすような性格だったかってこと?」

 怨恨の線を念頭に置いての質問だろう。将門の聞き込みは、いよいよ核心に迫ろうとしていた。

「ええ。プロデューサーのあなたなら、出演者の性格や性質も知悉しているのでは」

「まあ、ある程度は」

「飛駆君と空ちゃんの意見も是非伺ってみたいんですが」

 コーヒーカップに口をつけていた飛駆青年が動きを止め、将門を静かに見上げた。青年の動向にプロデューサーは監視者然と眼を光らせ、更にはその彼女を少女が不安げに見つめている。

「僕は、空もそうですけど」錯綜した視線がテーブル上を飛び交う中、青年は途切れがちに声を発した。「二部の人間なんで、塞の神さんたちのことはよく知らないんです」

「収録が別なんですか、一部と二部って」

「はい」

「では、全く顔を合わせないと」

「基本はそうです。たまに顔を合わせることもありますけど。十条さんとは、二回くらい。塞の神さんや筧さんとは、もう少し多いですけど、それでも数えるほどしか」

 元々が柔らかい声質で声量も乏しいため、すぐ脇にいた壱八にも語尾はほとんど聞き取れなかった。

「空ちゃんも似た感じですか」

 問われた少女も、はい、と青年同様か細い声で応じた。

 白皙の肌といい声の調子といい、若い異能者たちは身体的に似通った点が多かった。苗字こそ違えど、ともすれば両者は血縁関係にあるのかもしれない。

「あのね、お二人とももっと気楽に考えていいんですよ。もっと単純に、例えば見た目がどんな感じだったとか、他の演者やスタッフとの話しぶりはどうだったとか」

 大したことでもなさそうに将門は話を振ったが、年若い二人の反応は相変わらず思わしくない。お互いを横目で牽制しつつ、どちらも率先して口を開くことはなかった。

「見ての通り、ちょっと引っ込み思案なのね。飛駆も空も」困ったように肩を竦め、プロデューサーは言った。「楽屋にいても、他の人と打ち解けて話すとこなんて見たことないし。この子たちの証言に、私が補足程度に口を挟むのが適当と思ってたけど、これじゃあ補足も何もないわね。あの三人に関しては、私が話すことにするわ。どう、円筒さん」

「滅相もない。お任せします」

 口ではそう言ったものの、南枳実の証言にのみ信を置くのは思うところではないだろう。番組プロデューサーという立場上、都合の悪いことを故意に歪曲するのではないかと、強く懸念していたはずだ。ならばこそ、異能者二人にも名指しで尋ねたのだ。プロデューサーの証言を鵜呑みにすることはできないが、今は黙って耳を傾けるしかなかった。

 まず第一に、霊能系動画配信者の筧要について。プロデューサーの眼から見ると、そこら辺にいる傲岸な若い連中とちっとも変わりなかった。野心家でアナーキスト気取り、自尊心は人一倍強く物腰も高圧的で、己の扱いに関して番組スタッフと衝突することもしばしばだった。概して、素行も評判もあまり芳しくなかったが、特に十、二十代の女性の間では私設ファンクラブが創設されるほど人気があり、浮いた噂の幾つかも耳に入っていた。

 〈ガダラ・マダラ〉の収録一点に絞っても、他の出演者らとは一様に反りが合わなかったようで、同じ超常現象肯定論者の塞の神紀世ともさほど親しい間柄ではなかったという。

 続いてその塞の神紀世こと浦河紀世彦に関してだが、やはり良心的思考とはかけ離れた曲者だった。口の悪さは天下一品、どこにいても問題発言の連続で、制作側の意向に反する身勝手な振る舞いも甚だしかった。それから芸能界における上昇志向も筧の比ではなかった。名誉のためなら散財を惜しまず手段も選ばない、非人道を地で行くいわゆる危険人物。

「あの二人を取りまとめるのは、本当に苦労したのよ」

 敏腕プロデューサーは気弱な笑みを浮かべてそう零した。

「筧と塞の神は、南さん、あなたが番組への出演を依頼したんですか」

「ええそう。〈ガダラ・マダラ〉の企画が持ち上がった直後にね。あの頃はまだ二人ともフリーで、声もかけやすかったし」

 その両者を一廉の芸能人に育て上げ、一介の番組を視聴数トップの常連にまでのし上げた手腕は確かだろう。無名の二人にダイヤの原石の輝きを見て取った先見の明も、優れたプロデューサーの証といえようか。

 そんな意味合いの占い師の賛辞にも、別に大したことじゃない、と謙虚に応じて、

「私はより面白い番組を創り出すための〈場〉を提供しているだけ」

「なるほど〈場〉ですか」興味深げに身を乗り出す将門。「それって文字通りのフィールドというより、陶芸の窯みたいな、金属を錬成する感じですかね? 坩堝とか、あるいは炉みたいな」

「面白い喩えね。普通にフィールドのイメージで合ってるけど、でもそう言われるとそっちも近いかも。演者たちが材料、私が用意した炉にどんどん放り込んで、未曾有の傑作が仕上がるのを待つイメージね」

 将門は青年と少女のコンビを手で示し、こちらのお二人もあなたが? と尋ねた。

「まず一般公募があって、その後も何回かの選考審査を通過した子たちだけが二部に出演できる仕組みなの。だから完全なスカウトとは別。二部の企画趣旨は、一般人の中から見込みのある人材を呼び集めて、異能を開発するというものだから。一つ訊くけど、シューマン共振波については?」

「存じ上げています」予習済みらしい将門は、澱みなく答えた。「七・八三ヘルツの周波数を持つ特殊な電磁波で、地球上空の電離層で起きるプラズマ振動によって生み出されます。また、異能力者が異能を発揮する際に、脳波が七ないし九ヘルツの間であるスローアルファ波となることも判っています。このシンクロ現象を利用して、シューマン共振波から異能力者を大量生産させようという一大プロジェクトが第二部のメインテーマなのですよね」

 プロデューサーは満足げに頷いて、

「だけど、ここにいる飛駆と空は、公募でなくうちのスタッフがスカウトしたの。番組に出る前から、シューマン共振波とシンクロする素質を認められていたわけ。実際に能力を開花させたのは、こっちで用意した二部のプログラムなのだとしても、スタートラインからして他の子たちとは違う。異能力のエリートなのよ、この子たちは」

 そこで朱良が何か言いたそうに足を一歩踏み出したが、思うところあってか再び身を引いて将門に一切を任せた。

「質問に戻りますが、五日前に殺害された十条教授はどういう方だったんですか」

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