第63話 強者
ミネソタはこのワールドシリーズ、全く楽観視はしていなかった。
全体としてはミネソタが勝率で上回っているが、八月以降のメトロズの数字は、完全にそれを忘れさせるものであったのだ。
MLBの連勝記録を作り、直史は30イニング以上を無走者で、二ヶ月間の勝率は90%。
そしてポストシーズンに入ってからは、直史は先発として投げている。
またその先発として投げた二試合が、両方ともパーフェクトゲームであった。
去年もポストシーズンで対戦し、散々な目に遭った。
また今年もレギュラーシーズンで対戦し、全く手が出なかった。
そして第一戦は、予定通りに敗北した。
予定外であったのは、思ったよりも球数を投げさせることが出来なかったことだ。
佐藤直史は異常な個体である。
出力の凄まじいパワーを誇るピッチャーは、他にも存在する。
それこそ実弟である武史は、MLBの歴史でもトップ5に残るようなパワーピッチャーだ。
しかしそれは凄いのであって、異常なのではない。
とてつもないコントロール、緩急、変化球、投球術。
それらも凄いものではあるが、異常ではない。
異常なのはとにかくひたすら、打てないということである。
ボール球を投げることは少なく、今年などはフォアボールを一度も出していなかった。
そして球数が圧倒的に少ないのに、必要なところでは三振を取り、相手の打線を無失点で抑える。
これこそまさに、異常個体である。
特殊な異能があって、それをまだ人類は感知出来ない。
そう思ってしまうぐらいに、異常な存在なのだ。
ただ、かろうじてそうだと言えるのだが、直史も人間である。
なので球数が増えれば疲れるし、その結果として打たれることもある。
それが明らかになったのが、去年のワールドシリーズ最終戦であった。
メトロズに逆転サヨナラホームランを打たれた。
ただあれは化け物が人間であったことが明らかになったのではなく、化け物が他の化け物に負けただけ、という見方もあったが。
しかし今年の直史は、どうにもならなかった。
レギュラーシーズンで二度対戦し、サトーとパーフェクトマダックスを一度ずつ食らっている。
せめてア・リーグ西地区のチームは、徹底して待球策をしろ、と言いたくもなるミネソタであったが、実際に何度も対戦する西地区のチームは、知ったことではないと言っただろう。
それでもアナハイムにいてくれた時代は、まだマシだったのだと、後からならば思う。
ターナーがシーズン前に離脱していて、樋口も離脱した状態ならば、なんとか勝てると思ったのだ。
もちろん直史以外のピッチャーから。
それがメトロズに行ってしまったのだから、完全に悪夢である。
ナ・リーグ東地区のチームに比べれば、まだマシだったと言えなくもないが。
そういった事前情報があった上で、必死で作戦を考えた。
一番打者のアレンは特に、球数を稼いでくれた。
だがそれでも、余裕で完投されてしまった。
少なくともミネソタ陣営からはそう見えたのだ。
試合後のミネソタ首脳陣は、この後の予定についてかなり考えた。
第二戦は武史が先発し、おそらく第三戦はジュニアとなる。
直史以外のピッチャーを打てなければ、ミネソタの勝利はない。
はっきりと直史を打つのは、少なくとも首脳陣は諦めた。
問題は他のピッチャーを打って勝つことと、メトロズにリードされない試合展開にすることだ。
第二戦はともかく、第三戦以降なら、直史がクローザーとして投げてきても全くおかしくない。
1イニングだけではなく、2イニング3イニングと投げられたら、またひどいことになってしまう。
そんな非常識な起用を、メトロズの首脳陣がしないことを祈る限りである。
ミネソタは去年のポストシーズンで、リリーフした直史の恐ろしさを良く知っている。
あれがあったからこそ、メトロズも直史をクローザーとして使おうと、考えてしまったのかもしれない。
パーフェクトを何度も達成している人間が、プレッシャーに弱いはずもない。
直史は先発としてもリリーフとしても使える、万能のピッチャーである。
しかも去年の実績を考えるに、ワールドシリーズで三勝しても全くおかしくない。
実際に一昨年は、一人で三勝したのだ。
もし直史に三勝されてしまえば、他のピッチャーの先発する試合では、全て勝たなければいけない。
さすがの直史も、先発三回にリリーフをプラスというのは考えずらいが、去年は四度の先発をやっている。
最後の試合は敗北したものの、不可能ではないだ。
ミネソタとそうす変わらない打撃力を持っているメトロズ相手の試合であった。
そして大介ほどのバッターは、他のチームにはない。
第二戦の先発である武史も、たいがいおかしなピッチャーである。
だがミネソタからすれば、兄に比べればまだマシ、という評価になる。
レギュラーシーズン無敗の兄と違い、不調であれば負けることもある。
完投能力の高いのは恐ろしいが、ミネソタの打線なら、一点か二点は取れる。
なのでエースクラスのハーパーを出して、第二戦は勝つつもりであった。
甘かったと言うしかないだろう。
今季28勝1敗のピッチャーは、既にポストシーズンでも二勝している。
直史に比べれば、一点ぐらいは取れるかも、というのは楽観的過ぎる。
そしてメトロズの打線は、第一戦よりもよほど攻撃的であった。
初回に大介にホームランを打たれた時点で、おおよその作戦は破綻していたのだ。
なのであとは、武史を削るのと、メトロズの打線をどれぐらい封じられるかを試すこと。
結果的に明らかになったのは、やはりメトロズも一番から六番までが危険という、既に分かっていることの確認だ。
最終回を迎えた時点で、点差は4-0とメトロズのリード。
だが完全に一方的に、負けたというわけでもない。
分かったことの一つは、メトロズは四点差でも、リリーフを使ってこないということ。
確かに最終回は、一番からの好打順であるが。
直史もそうだが武史も、完投能力が極めて高い。
そしてリリーフの力は、勝ちパターンのピッチャー以外はそれほどでもない。
特にクローザーは、直史を先発として使ったため、今日は誰も他にいないということだ。
勝機は投手陣の中でも、リリーフ陣にある。
直史をリリーフとして使わないなら、その部分だけは確実に、ミネソタの方が強い。
第三戦以降は、打撃の勝負になるだろう。
もしも直史をまたしても、クローザーとして使う予定があったとする。
しかしそれは終盤まで、メトロズがリードしていないと出来ない起用だ。
それよりはむしろ、残り二回を直史と武史で投げた方が、勝率は高くなるのではないか。
常識的に考えて、先発完投してもらうというのを、MLBナンバーワン打撃を持つチームに対して行う。
それは非常識である。
だが投げるピッチャーは、それを上回る非常識さを持つ。
何が正しいのか、それはもうメトロズもミネソタも、首脳陣は分からないことであった。
遠い東洋の島国で、とても単純なことを考えている人物がいた。
直史と大介の実力を、最も早い時期に見出した、ジンである。
この時期日本の高校野球は、関東大会や近畿大会の、地方大会が行われている。
そしてその勝者が、神宮大会で今年最後のトーナメントを戦うのだ。
もっともジンのチームは甲子園の出場基準にまでは勝ち進んだものの、神宮大会はさほど重視していない。
この時期は12月に入って練習試合禁止期間に入る前の、重要な練習試合が重なる時期なのだ。
夏の大会で三年生が引退し、新チームが発足。
そして秋季大会を終えて、おおよその新チーム編成が完了した頃になる。
練習試合はそのチーム編成を、どう変えていくかを考えたもの。
今まで出番のなかった選手も、一日に何度も練習試合を行えば、ある程度のチャンスは与えられる。
基礎能力を上げる、地獄のような冬季のトレーニングは、まだ少し先のこと。
そして直史が今年で引退することを知っているジンとしては、この世界の頂上決戦を見ないはずがなかった。
直史と大介が揃ったチームに、勝てるチームがあるのだろうか。
それは今年だけではなく、数年来思っていたことである。
実際に白富東の二年の秋以降、国際大会の日本代表も含めて、直史と大介が揃ったチームは、一度も負けたことがない。
MLBは世界最高のリーグで、もちろんそのパワーとスピードのレベルはNPBを上回る。
しかしこの二年、直史と大介のいるチームはそれぞれ、異なるリーグで優勝してきた。
そして二人が揃ってしまうと、MLBの歴史を変えてしまった。
二人の個人記録だけではなく、二人が揃ったチーム記録もである。
ミネソタというチームを分析すると、強力なエースを二枚抱え、リリーフ陣も隙がなく、何より打撃が凄まじい。
リーグが違うので単純比較は難しいが、大介のいるメトロズより、平均得点が多かったのが今年のミネソタだ。
もっともその大介は、今年は故障で離脱しながらも、さらにおかしな記録を作っていたが。
あの二人が、日本で野球をすることは、今後はもうないのか。
大介に限って言うならば、再来年のWBCの予選あたり、日本に帰って来るかもしれないが。
以前にキャリアの最後は、日本で終えたいと言ったのを聞いた。
最後にはまた、甲子園で終わりたいと思っているのか。
甲子園で終わりたいと思うのは、ジンだってそうなのだ。
ただ選手で終わるか、それとも指揮官で終わるか、ということだけが違うだけで。
いつか自分の指揮するチームで、二人の子供がプレイしたりすることはあるのか。
もっとも大介のところはともかく、直史のところは娘なので、そもそも野球自体をしないであろうが。
ワールドシリーズは七試合で決着がつくが、それは最終戦までもつれた場合。
既に一試合目は、直史がほぼ完全に封じて勝利した。
他のピッチャーはある程度、ミネソタに打たれることはあるだろう。
するとメトロズとの、殴り合いの試合になる。
敬遠をせずに大介と、勝負するようなピッチャーが他にいるのか。
少なくとも直史ならば、大介と互角以上に戦えたわけだが。
このワールドシリーズが、NFLのスーパーボールのように、たった一試合で決まるものであったなら、勝っていたのはメトロズだ。
そして去年、勝っていたのはアナハイムになっていた。
チームとしての強さの競い合いだと、分かってはいるのだ。
それでもこの二人を、たった一試合の勝負だけで、負かす存在はいるのだろうか。
MLBに移籍した直史は、レギュラーシーズンでは敗北していない。
対して大介は、自分がいくら点をとっても、ピッチャーがそれ以上に打たれれば負ける。
もっとも直史は全ての試合に先発することなど不可能なので、その基準で比べることは出来ないのだが。
「最後と分かってるなら、見に行ったほうが良かったかな」
「今更何を」
嫁のツッコミを受けつつ、ジンはその試合の終焉を見る。
世界最高の舞台と言われるが、それは本当にそうなのか。
ジンの持つ疑問は、彼の人生にずっと、まとわりつくことになるのである。
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