第14話 育てながら勝つ

 ニューヨークのシティ・スタジアムに、ワシントンを迎えて行われる三連戦。

 前回はあちらのフランチャイズで、負け越してしまったカードである。

 だがこの三連戦、初戦の先発は武史。

 ワシントンは今季、武史と対戦するのは初めてだ。


 昨年、兄のように鮮烈なデビューを飾った武史。

 今年も既に三勝していて、ハーラーダービーのトップにいる。

 この調子ならば去年と同じように、兄弟で両リーグのサイ・ヤング賞を分け合うことになるのか。

 去年は史上初めてのことであったが、今年もまたそうなったとしたら、これも不滅の記録となるであろう。

 アメリカ人はとにかく、記録が大好きな国民性であるのだ。


 武史に求められそうな記録は、球速と奪三振。

 MLBではピッチャーは、その二つが求められるロマンだ。

 そもそもプロ野球の世界は、ピッチャーの役割が分業化されすぎた。

 間隔を空けて投げると共に、一試合あたりの球数も制限している。

 それだけ守らなければ、ピッチャーの肉体は簡単に壊れるのだ。

 出力と耐久力が、釣り合っていない。


 そんな時々しか出てこないピッチャーは、アメリカではどちらかというと人気がない。

 ショートという内野の花形ポジションが、一番人気である。

 それよりはむしろ、ピッチャーとどこかのポジションを兼ねるのが、アマチュアレベルまでなら普通なのだ。

 ただこれは日本でも、高校野球までなら甲子園に出てくるチームでも、エースで四番は珍しくない。

 上杉がそうであったし、本多などもそうであった。

 武史にしても高校時代は、四番を打っていたことがある。


 正直に言えば武史は、今年はワールドシリーズで、直史と大介の対決は成立しないだろうと思っている。

 成立したとしても去年と同じく、直史が四試合も先発するような、極端な対決になるだろう。

 ボロボロの状態で、大介と対決する。

 直史が脳を含めた肉体に、どれだけのダメージを受けていたか、武史は当然ながら知っている。

 傍から見れば二人の勝負は、世紀の一戦と言える見ごたえのあるものなのだろう。

 だが武史としては、もう二人の対決を成立させたくはない。

 別に野球に、そこまで命を賭けなくてもいいだろう。 

 たかが野球であるのだ。引退してからの生涯のほうが、はるかに長いのは当たり前なのである。


 直史と大介は、決定的に違う。

 大介は野球で食っていくため、野球のためにある程度は生きている。

 しかし直史は、野球など必要なかったのだ。

 大学において野球は、手段であった。

 唯一微妙と言われていた球速も、150km/hオーバーにまでは伸ばした。

 プロに入るならば、いくらでも指名の可能性はあったのだ。

 むしろ志望していれば、12球団の指名を独占した可能性すらある。

 大介が11球団であったのだから。


 手段であったはずの野球だが、それは同時に心残りでもあったはずだ。

 それを武史が理解したのは、真琴の病気の話がある。

 後から知った、大介の出した条件。

 普通なら大介に対して、少しは悪感情が湧いたかもしれない。

 だが実際には、それ以前に兄の表情を見ていた。

 あの、高校時代の頃。

 忘れていたものを、取り返しにいくような。

 そもそもタイミング的にも、一番あれは良かったのだ。

 法科大学院を卒業し、司法修習も終えて、完全に弁護士として働き出したタイミング。

 あのタイミングでなければ、もうプロに来るタイミングはなかったし、理由もなかったのだ。

 大介との勝負は、直史がやっていなかったピッチャーとしての極みにある。

 上杉との投げ合いもあったが、それよりもさらに運命的だったのは、ピッチャーとバッターとしての運命的な対決だ。

 

 二人の間には、運命的な何かが働いていると思う。

 しかしそれでも対決は、去年の時点でもう、終わっているのではないだろうか。

 メトロズはまだしも戦力が入れ替わってきたが、アナハイムはかなり苦しい。

 直史一人で、果たしてどれだけ勝てるのだろうか。


 武史は他者への無関心ゆえに、アナハイムの試合についても、直史の登板したもの以外は調べなかった。

 樋口が離脱している今、たいした成績を残せないという見通しは正しいはずであった。

 その予測は、間違いであったと知ることになる。




 100マイルオーバーの高めのストレート。

 上手く合わせることが出来たら、それはスタンドまで飛んでいく。

 武史のボールは、上杉に比べると軽いのだ。

 ただしスピン量は、上杉を上回る。


 今日も調子はいつも通りだな、とショートから大介は見守っていた。

 序盤にムービング系のボールを使いながら、スプリットも使っていった。

 一度は読まれてボールになってしまったが、次からはストライクからストライクへの変化にとどめる。

 高めに速いストレートと思えば、それが落ちてしかもストライク。

 スイングしても当たらないし、見逃してもストライクなら、どうしようもない。

 スプリットに絞ったとしても、100マイルほども球速があれば、とても当てられるものではない。


 序盤にはスプリットを少し使った。

 だが一試合あたりの球数は、10球までと坂本と話して決めている。

 いずれはもっと投げることになるかもしれないが、今はさほど必要ない。

 中盤からは魔球化したストレートで、奪三振を重ねていく。


 ただこの日は、少し運に偏りがあった。

 ポテンヒットとエラーが重なり、一点を失ってしまう。

 奪三振の頻度は普段と変わらないため、本当に運だと言ってもいい。

 しかし球速が、いつもほどは出ていなかったというのはあるが。


 これはメトロズが初回から、打線が爆発していたことと関係するのかもしれない。

 圧倒的に有利な状況では、気を抜いてしまうという悪癖が、武史にはある。

 それでもいろいろと頑張る要素があれば、完封ぐらいは狙ったのかもしれない。

 しかし今日はそれなりにバットには当てられて、球数が増える。

 上手くフェアグラウンドに飛んだなら、ゴロやフライになるのだろうが。


 今のメトロズは、リリーフに経験を積ませる状況にある。

 なので武史は球数が100球に届く前に、七回でマウンドを降りる。

 8-1という点差は、充分な安全圏。

 もしここで逆転されても、武史の責任ではない。

(けどアービングが入ってだいぶ安定したよな)

 武史はそう思っているが、実際のところアービングの防御率は、3点台である。

 僅差の試合で点を取られず、大差の試合で一点か二点を取られるだけなので、失敗の印象がないだけだ。

 これが安定して、せめて2点台になれば、もう少し信頼できるのだ。

 今日は他のピッチャーがリリーフとして起用されているが。


 メトロズの試合が安定してきたのは、大介が歩かされたときの対応にもよる。

 今年はステベンソンが前にいるため、ランナーとして出ても盗塁の機会が少なかった。

 だがステベンソンも長打を狙っていくことで、大介の前にランナーがいるという事態が少なくなる。

 すると歩かされてしまうと、盗塁をしかけるのだ。

 おかげでホームランと盗塁が、この試合で同じ数にまで伸びた。

 三打数一安打であったが、その一つはホームランであった。




 開幕から序盤、メトロズは完全に投手崩壊を起こしていた。

 だがそれに反して、大介の打撃成績は絶好調であった。

 開幕11試合目まではマルチヒット。

 打率は0.600、出塁率は0.740。

 50打数30安打の10ホームラン。

 あまりにも偏った数字であったが、それでもチームとしてはあまり勝てていなかった。


 投手陣が強化され、これで四試合目。

 大介の数字はやや一般的なものに落ち着いている。

 それでもまだ、打率が五割以上。

 MLBという舞台において、一時的にではあるが、こんな数字を残しているのはおかしすぎる。


 元々大介は、MPBの時代から、大舞台に強かった。

 ポストシーズンにおいては打率は五割を超えていたし、OPSも2を超えていたのだ。

 それはMLBに来てからも、傾向としては同じである。

 もっとも直史と対戦した去年のワールドシリーズは、かなり抑え込まれてしまったが。


 チームが大変なときにこそ、奮戦するのが主力の務め。

 大介はプレッシャーがあるほどに燃える男だ。

 上杉や直史、古くは真田と対戦した時も、困ったことはあっても臆したことはない。

 自分が打たなければ勝てない、という圧力がなくなった今は、逆に数字が落ちてきたのだ。

 プレッシャーに強い人間と、弱い人間がいる。

 それぞれに適した戦い方はあるのだ。

 直史や大介はプレッシャーに強い。

 大介はプレッシャーがかかるほどに強大な力を発揮するし、直史はプレッシャーを与えられても全く動じない。

 そして武史の場合は、そもそもプレッシャーを感じない。

 打たれて負けても、死ぬわけではなし。


 一方、プレッシャーに弱いわけではないが、全く感じないというわけではない選手もいる。 

 それが今日先発のジュニアであった。

 開幕二戦目に故障にて負傷者リスト入り。

 そこからおよそ二週間、爪の治癒自体はそこそこ早く終わったが、調整の時間は必要だった。

 そもそも負傷者リストは、一度移すとピッチャーの場合、15日間はロースターに戻れないのだ。

 この試合は、いよいよ復帰戦である。

 久しぶりの大舞台に、ジュニアはそれなりに緊張している。


 リリーフから始めようかという話もあったが、今はそのリリーフをたくさん試したい状況だ。

 よって先発から、短いイニングを投げるように言われている。

 三回から五回ほど投げて、どういう結果が出るのか。

 治療自体はあっさりと終わっているわけだが、問題は試合勘が鈍っていないかだ。

(ホームゲームだから、一回の表に先制して援護も出来ないしな)

 ピッチャーの立ち上がりというのは、本当に難しいものなのだ。




 一回の表、ジュニアのピッチングは悪いわけではなかった。

 だがポテンヒットとエラーによって、ノーアウト一二塁。

 そこからもワシントンは、イケイケモードである。

 ワンナウトは取ったものの、そこから長打を打たれて二点。

 しかしその二塁ランナーを、ライナー打球をキャッチしてからの送球でダブルプレイ。

 判断の難しいピッチングで、一回の表を終えた。


 キャッチャーの坂本はボールの全てが、やや浮いたものであったと感じる。

 そういうボールは長打も打たれやすいのだ。

 ただ復帰初戦、一回の表で二点を取られても、まだ交代はありえない。

 出来れば五回は投げてほしいというのが、首脳陣の正直なところであろう。


 ピッチャーが長く投げるために必要なもの。

 それはやはり打線の援護である。

 この日も先頭打者ステベンソンは、無事に出塁した。

 そして二番の大介である。

 ノーアウトランナー一塁。

 しかも二点差でリードしていた、一回の裏なのだ。

 普通ならばどんな強打者であっても、ここは勝負しておく場面である。

 だがあっさりと、本当になんの感慨もなく、大介は打ってしまった。

 ライトスタンド上段へのホームラン。

 これ以上飛距離が伸びれば、ビジョンに激突して破壊すらありうる。

 ジュニアが調子を取り戻す前に、とりあえず相手のピッチャーの心を折る。

 今季第12号となるホームランであった。


 ここからは微妙な点の取り合いとなった。

 一気にどかっと点が入るわけではないが、ジュニアのピッチングもピリッとしない。

 メトロズ打線も大介が敬遠されて、ホームラン一発で大量点、というものがない。

 もっとも満塁であっても、大介は敬遠される可能性が高い。


 ジュニアは五回までを投げて四失点。

 一方のメトロズ打線は、五点を取っていた。

 一応は勝利投手の権利を持っているが、さすがにここからリリーフが逃げ切れるとは思えない。

 故障の影響と言うよりは、単純に感覚がアジャストしていない。

 だがこの先のシーズンを戦うためには、ジュニアの力は絶対に必要になる。

 メトロズと同じぐらいの得点力を誇るミネソタ。

 ここまでの成績を見てみれば、ア・リーグのチャンピオンはミネソタが最有力だ。

 もっともアナハイムが本来の戦力に戻れば、やはりピッチャーの力でミネソタを封じることが出来るだろう。


 ジュニアの後を継投したリリーフは、やはり失点していった。

 だが逆転されたとしても、メトロズは逆転し返す。

 シーソーゲームとなったこの試合。

 終盤のリリーフの力で、勝敗は決まるだろう。


 九回の表、メトロズは一点差でリード。

 ここを守りきれば、メトロズの勝利である。

 しかしこれまでとは違い、僅差でのセーブ機会。

 アービングがマウンドに立つ。




 果たしてこれで、勝てるのかどうか。

 アービングのクローザー適性が試される。

 メトロズがレギュラーシーズンを安定して勝つには、どうしても安定したクローザーがいる。

 クローザーに必要な要素は、肩が出来るのが早いこと、体力の回復が早いこと。

 そして奪三振能力に、フォアボールを出さない能力。

 最後には度胸である。


 クローザーは基本的に、リードした場面で使われることを前提としている。

 そのリードが何点かはともかくとして、クローザーが自分の役割を果たせば、チームが負けることはない。

 決戦のエースピッチャーのような心構えを、毎試合持つことが必要だ。

 そのためにはある程度の、鈍感さがあってもいいのだ。


 最終回を一点もやらずに抑えるという勝気さ。

 そのためにはピッチャーでありながら、相手を攻撃するという意識が必要になる。

 打たせて取るというのは実は、統計的な優れたピッチングであるが、絶対的なものではない。

 ある程度のヒットは出ても、それを守備に任せるというのが、打たせて取るということなのだ。

 実際に直史も、打たせて取ることを基本としているが、実は奪三振率は先発ピッチャーとしては、かなり高い方である。

 三振が取れるというのは、確実性につながるのだ。


 ただその勝気さが、マイナスに働くこともある。

 特にアービングのような、まだ年齢も若く、そして己のストレートに自信を持っていれば、そのパターンは多い。

 先頭打者にボールを見られて、フォアボールでの出塁を許す。

 これは次のバッターは、必ず初球の甘い球を狙いにくるのだ。

 坂本はそれを百も承知で、ボール球を要求する。

 だがアービングは首を振ってしまう。

(ちゅうてもじゃあ、高めに外れるぐらいに投げい)

 高めに浮くのではなく、高めにあえて投げ込む。

 ならば相手のバッターを、どうにか抑えることは出来るだろう。


 しかし投げられたボールは、ゾーンに入った高めの棒球。

 バッターのスイングはそれほど鋭くもなかったが、バレルの角度が丁度よかった。

 飛んでいったボールは、スタンドにまで届いて、逆転のツーランホームラン。

 己の役割を果たせなかったところで、アービングは交代した。


 追加点は取られなかったものの、最終回のメトロズの攻撃は追いつけず。

 アービングはセーブ機会に失敗し、しかも敗戦投手となった。

 せっかく上手く回りだした投手陣が、ここでまた躓いてしまう。

 だがこれぐらいのことならば、普通にあることなのだ。

 どれだけ優れたクローザーであっても、ほとんどは1シーズンに一度や二度は失敗する。

 逆転されるだけではなく、同点に追いつかれてもいけないのがクローザーだ。

 つい最近では上杉がパーフェクトリリーフをしたが、それ以前には一度ぐらいしか達成されていない。

 ノンブロウンセーブというのは、それぐらいに難しい。


 首脳陣としては、これだけでアービングを見限るということはない。

 もしアービングをクローザーとして固定できたら、数年はクローザーに困らないからだ。

 もっともリリーフピッチャーは、それなりに肩肘の消耗が激しい。

 クローザーとして固定されているなら、まだしもマシなのだが。

 アービングは球速だけで、充分な才能がある。

 もっとも肩の出来る早さ以外は、完全に武史の下位互換であるのだが。




 ワシントンとのカードは一勝一敗となり、第三戦。

 先発はここまで、二先発で二勝している、運のいいウィルキンスだ。

 ただ運がいいのは確かであるが、二試合とも七回まで試合が崩れない程度の失点に抑えたのも事実。

 大介はなんとなく、大原を思い出す。

 上杉のプロ入り以降、武史がMLBにやってくるまで、セ・リーグはUS時代と呼ばれていた。

 先発ピッチャーのタイトルを、上杉と佐藤兄弟ばかりで、本当に取りまくってしまったからだ。

 そんな時代に大原は、勝率というタイトルを手に入れていた。

 イニングを長く投げて、リードされていてもライガースの強力打線が逆転するまで粘る。

 イニングイーターの大原は、そうやって勝ち星を重ねたのだ。


 ウィルキンスもここまで、七回までをどうにか投げている。

 四失点と五失点で、褒められた数字ではないが、リリーフの弱かったこれまでのメトロズでは、そこまで投げるということが貴重であったのだ。

 ただこの第三戦は、事情が違ってくる。

 メトロズのリリーフは、まだ試されている段階だが、既にある程度の成果を出している。

 しかし問題なのは、終盤に接戦になると弱いという点だ。

 若いピッチャーというのは、どうしても競った試合の終盤で、メンタルコントロールが出来ないことが多い。

 それは萎縮するという面だけではなく、逆に戦意が高すぎて、無駄に勝負をしてしまうというのもあるのだ。


 自分の力を過信するのは、若者の特権である。

 叩きのめされたり、あるいは単純に失敗したりして、経験を積んでいく。

 もちろんあっさりとカットされることもあるのが、MLBという世界である。

 だがカットしてからでも、何度となく甦るような選手も、ちゃんといるのだ。


 このウィルキンスにしても、リリーフとして便利使いされてはいるが、さほどの年俸は高くない。

 一応再来年からは年俸調停腱を得られるので、今のようなMLBの最低保障年俸に近い金額からは、ある程度高い年俸になるだろう。

 FA権を得た選手は、MLBでは一般的に成功者扱いされる。

 安くとも100万ドルの年俸には達するだろうからだ。

 ただ多くの選手は、FA権を持たない六年目までにカットされる。

 高い金額を払ってまで、確保しておきたい選手とは思われないからだ。


 今年26歳のウィルキンスは、まだメジャー二年目なのだ。

 マイナー暮らしが長かったが、やっとメジャーの舞台に立った。

 だがアメリカンドリームをつかむためには、まだ先は長い。

 年俸調停を得てもカットされないぐらいの実績を残し、そして六年目のFA権を獲得する。

 そこで契約が成立して初めて、本物のメジャーリーガーと言える。


 NPBにしても選手の平均引退年齢は29歳前後。

 ただMLBの場合は、長く続けられる選手が増えてきてはいる。

 科学的なトレーニングによる、全盛期の維持期間の長さ。

 そんなベテランを蹴落とすだけの力が、若手には必要になるのだ。


 大介もいつの間にか、もうベテランと呼ばれる年齢になっていた。

 20代の頃はひたすら、目の前の課題をクリアしていくだけであった。

 壁となるものは同時に、攻略対象でもある。

 自分の力を高めることが、チームの強化にもつながる。

 ひたすら己を磨いて、もう上には誰もいない。

 下から上がってくる挑戦者を、今度は叩きのめす側となっている。


 ウィルキンスたちのような、微妙な立場の選手のことを、大介は共感できない。

 彼の野球選手としての、雌伏の時代は中学生までであった。

 高校野球で花開いたその才能は、プロでも即一軍どころか、最初の年からずっと主力。

 苦戦する相手はもちろんいたが、絶望的な対決などはなかった。

 MLBでの契約も、あっさりと決まって一年目からワールドチャンピオン。

 どれだけの野球エリートなのかと、勘違いする者もいるだろう。

 中学生まではシニアに入ることも出来ず、部活軟式をやっていただけなのに。




 味方である限りは、大介は全力で援護する。

 そして敵であれば、容赦なく叩きのめす。

 生き残り競争の激しいこの世界であっても、大介はほとんどの場合、試練を与える側だ。

 そして乗り越えるべきは、塗り替えるべき記録となっている。

 ただしさすがに、28歳からMLBデビューした大介は、デビュー後最速記録などはともかく、最年少記録や累計記録は達成しにくい。

 三年連続三冠王などで、既にレジェンドには並んでいるとは思うが。


 この日のウィルキンスは、さすがに運の偏りの限界であったのだろう。

 五回までを投げて七失点と、最低限の数字を下回ってしまっている。

 メトロズの打線も、それを上回る得点は上げていない。

 つまり負け星がつく状況で、リリーフに交代である。


 勢いがついてきたかなと思ったところで、投打が噛み合わない。

 ただ課題となる部分と、その解決法は見えてきていた。

 もう少し勝ち星に余裕が出来たら、さらに色々と入れ替えてみてもいいだろう。

 メトロズの今後数年の課題は、ピッチャーであるのだ。


 現代のプロ野球においては、日本もアメリカも投手の安定確保は重要である。

 日本の場合は一定以上の評価を得てしまうと、MLBに挑戦する選手が多いため、より確保する重要度は変わる。

 野手ではなかなか、いまだに成功する選手は少なめであるのだが。

 MLBにしてもピッチャーは、ある程度使い捨てられることを覚悟するべきだ。

 メジャー契約の最低年俸は、NPBよりもはるかに高いのだから。

 FAで大型契約を結べば、とりあえず普通に生活して一生を食べていける金は手に入る。

 実際には金銭感覚が狂って、破産する人間が多いのだが。


 試合展開は常にワシントンがリードしていた。

 同じ地区のチームだけに、勝敗の価値はより高いのだが、勝てないものは仕方がない。

 かなりの乱打戦になり、見ている方としては面白いのだろう。

 だがピッチャーからすると、もっと締まった試合が見たいものなのである。


 メトロズは今年は、スタートダッシュもついていないし、優勝できるかも微妙な数字となっていた。

 だが打撃でしっかりと点を取っていれば、観客は満員になるのだ。

 負けるにしても、プロには負け方というものがある。

 観客を楽しませてこそ、プロの試合であると言えよう。


 まず第一に期待されるのは、大介のホームランだ。

 今季既に、五試合連続ホームランという数字を残している大介。

 勝負を避けられることがまた多くなってきたため、なかなか一試合に複数のホームランというものはない。

 だが去年に比べても、ホームランの生産ペースは早い。

 81本を打った二年前と比べても、異例の早さ。

 あの年は最初の一ヶ月で、13本を打っていた。

 だがペースで言うなら一年目は、一ヶ月で22本を打っていたのだ。


 今年は開幕が三月であったため、その分が四月と一緒にされる。

 なので月間ホームラン数を更新するなら、今年は絶好の機会であるのだ。

 試合は終盤、大介には五打席目が回ってきた。

 今日はここまでヒット一本の大介であるが、他にフォアボールの出塁がある。

 ここで一本打っておけば、本日の打率は五割だ。

(このポイントを)

 落ちる球を上手く、掬い上げるように打つ。

 だがその弾道はフライ性のものではなく、ライナー性のもの。

 バックスクリーンに突き刺さったため、幸いにも怪我人は出なかった。


 こんなホームランを打っていても、まだ一点届かない試合というのはある。

 メトロズは結局このカード、一勝二敗で負け越してしまったのだった。

(けれど少しずつ、投手陣は良くなってきているか)

 次のカードはアウェイとなる。

 現在はナ・リーグ東地区の首位を走っている、アトランタとの対戦だ。

 ポストシーズンに進むための、確実な方法は地区優勝をすること。

 アトランタ相手には安定した先発陣で臨めそうである。

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