第12話 失点

 無茶苦茶な記録を残している選手が、メトロズにはもう一人いる。

 いわずと知れた武史である。

 ここまで二試合、両方とも被安打一の完封勝利。

 奪三振は既に36個である。

 兄の直史が別方向に、そして同じチームの大介が別部門で無茶苦茶であるので、やや地味にはなっている。

 だが考えてみれば、直史に唯一土をつけたピッチャーなのである。


 その武史の今季三試合目が、マイアミとの第二戦。

 ピッチャーが抑えられずに貯金が増えないメトロズとしては、実のところ安心して見ていられる唯一のピッチャーだ。

 もっともこの日の武史は、かなり大きな迷いの中にいる。

 メトロズの勝ちパターンが、いまいち作れていないのが理由である。


 殴り合って終盤まで殴りきった方が勝ち。

 見ている方は爽快だが、頭の悪い試合を続けている。

 ジュニアの短期離脱という、不慮の事故は確かにある。

 しかしそのジュニアにしても、一試合を完投するようなことは滅多にない。

 ただでさえリリーフが薄いのに、それがかなりの回転で使われている。

 少しは休ませなければ、その力も発揮しきれないであろう。


 とは言え、武史に出来ることは一つしかない。

 完投してリリーフ陣を休ませることだ。

 今のMLBでは、完投できるピッチャーなどほとんどいない。

 ほぼ毎試合完投完封している直史がおかしいのであって。

 時代ごとにピッチャーのスタイルは変わっていると言えるが、それでも直史の傑出度は、どの時代の基準でも圧倒的過ぎる。 

 二試合連続でパーフェクトをするようなピッチャーは、今後現れないであろう。 

 そして新たに「サトー」という基準を生み出してしまった。

 まさにサイ・ヤングに匹敵するような偉業ではないのか。


 そんな兄に対抗意識を燃やすでもなく、本日も武史は平常運転。

 初回に二点を先制してもらって、あとは順調に投げていけばそれで終わる。

「あ」

 武史はコントロールがかなりいいピッチャーだが、たまには失投もある。

 そしてそれが、ホームランバッターに対してのものである時も。

 今日はそれが、悪く重なってしまった。

 ツーアウトから三番打者へのスプリットが、棒球になってしまった。

 それでも98マイル出ていたのだが、速い棒球には反発力がある。

 打たれたボールはレフトスタンドに着弾。

 腰に手を当てて、ベースを一周するバッターを見つめる武史であった。

 バッターは小さく、しかし強くガッツポーズをしていた。




 ピッチャーにはどうしても失投がある。

 ただ武史の場合は、取り返しのない失投というのは、ほとんどない。

 少なくとも本人は、後悔しているような失投はない。

 ある意味においては、過去に囚われないピッチング。

 能天気さが、前に進むことだけを考えさせる。


 そもそも今年のメトロズは、負けた試合でも六点を取っている強力打線。

 そして武史の失投の数は、一般的な先発ピッチャーとしては、かなり少ないのだ。

 坂本のリードは、基本的に球数を少ないものにするように考えられている。

 ここまで完投を続けてきて、全く肉体に異常が出る様子はない。

 ある意味ストレートのスピード以上に、耐久力が異常である。


 坂本は武史のスプリットについては、球数制限をしている。

 本来ならば高速チェンジアップで、充分なはずだからだ。

 ツーシームもカットボールも、ムービング系として使える武史。

 これに100マイルオーバーのスプリットがあれば、確かにどんなバッターでも打ち取れる。

 だが安定感の問題もあるし、肘への負担の問題もある。

 どうせ普通に完封できるのだから、無理にスプリットを多用する必要はない。

 ただ武史の耐久力の限界がどこにあるのかは、かなり確かめてみたいことではある。


 ホームランを打たれた後、そのバッターにまた打席が回ってくる。

 こういう時に坂本が感心するのが、武史がもうそのバッターに、関心を持っていないことである。

 普通に考えればホームランを打たれたバッターを、意識しないピッチャーなどいない。

 その点については直史でさえ、坂本のホームランをずっと意識していた。

 だが武史の場合は、これだけのストレートを持っているのに、打たれたことに関する屈辱がない。

 そもそも打たれたことを憶えていないのかもしれない、とさえ思える。

 さすがにそれはないにしても、キャッチャーのリード通りに投げて打たれたらキャッチャーの責任であるし、失投を打たれるのはある程度仕方がない。

 そういうアバウトなメンタルこそ、怪物である身内たちにない要素であるのだろう。才能と言ってもいい。


 1イニングに一つ以上の三振を奪う決定力。

 それも単なるスピード頼みではなく、ナックルカーブや高速チェンジアップと組み合わせている。

 アウトローにぴたりと決まるコマンドなど、見逃しても普通に三振。 

 そして手元で小さく曲がるボールも投げられる。


 スプリットを一試合に五球ほども混ぜるだけで、一気に打ちにくくなっている。

 そもそも去年の成績も、レギュラーシーズンで18回も完封しているのだが。

 リリーフの弱体化している今年、メトロズは完封よりも、球数を抑えた完投をしてほしい。

 そんなオーダーに対して、坂本はしっかりと考えて、武史はリードに従う。

 故障だけは絶対にまずい。

 それでもスプリットを印象付けるのには成功した。




 試合はあまりにも順調に進んでいた。

 四回ぐらいから武史のストレートは、空振りが取れるストレートに変化する。

 だが基本的に坂本は、ツーシームを多用させた。

 武史のツーシームは、100マイル以上が簡単に出る。

 だいたい平均が103マイルぐらいだろうか。

 もっともピッチャーの中には、フォーシームストレートより速い、ツーシームを投げる者もいる。

 ストレートがわずかにシュート回転するものだと思えば、これは不思議ではない。


 メトロズの得点は、上位打線で一巡平均二点ぐらいは取れる体感である。

 実際にはもっと低いはずなのだが、打線がつながると一気に大量点が取れる。

 初回の一点以外は、武史は単打を許すのみ。

 100マイルオーバーのツーシームをメインで投げていけば、ジャストミート出来るバッターもいないだろうというものだ。

 ただスピードのあるボールだけに、バットでの反発力も高い。

 三塁線を抜けたり、一二塁間を抜けたりと、どうしようもないものはある。

 内野が全員大介なわけではないのだ。


 七回が終わって、9-1とメトロズのリード。

 武史の球数もまだ80球未満で、本人としては汗もかいていない。

 精密機械と言われるのは兄の直史であるが、武史もまた機械的なところがある。

 汗もかかないのは、これもまた機械。

 タケミネーターとでも呼んでいいのだろうか。

 こんな会話はネットでたやすく口にされていたことであるが、後にかなりこの呼び名は広まってしまう。

 アメリカ人のターミネーター好きを侮ってはいけない。


 メトロズの首脳陣は、このあたりで継投について考え始める。

 武史の故障率は、下げられるものならどこまでも下げておきたい。

 一点を取られているので、完投にこだわることもないだろう。

 ならばリリーフ陣に、最後のチャンスを与えるべきだろう。

 このマイアミ線が終われば、メトロズは契約日数のことを考えながら、マイナーからピッチャーを上げてくることが出来る。

 今のがたがたのリリーフ陣に比べれば、はるかにまともなはずである。


 結局八回の裏から、メトロズは他のピッチャーを使うこととした。

 これは八回の表に、さらに点が入ったからでもある。

 武史は結局、七回を投げて78球被安打三、一失点、12奪三振。

 地味にと言うべきかどうかは微妙だが、フォアボールも出していない。

 多くのアウトを三振で奪っていることもあって、野手のエラーもない。

 失点したのはホームランだけという、一発病の片鱗は見せているが。


 武史のボールは回転がバックスピンで速いので、ホップするように見せて空振りも奪えるが、ジャストミートするとかなり飛んでいく。

 綺麗なバックスピンをかけることへの、どうしようもない弊害と言えよう。

 オーバースローから投げる浮くようなストレート。

 アイドリングさえ終われば、圧倒的な奪三振能力を発揮する。

 もっとも今日の場合は、アウトローのストレートを使って散々に打ち取ったのだが。

 スコアは最終的に、11-3とやはりリリーフが打たれた。

 ただメトロズの得点能力は、やはりマイアミを破壊するほどに高い。

 第三戦、メトロズの先発はウィルキンス。

 ここでもまた、リリーフ陣の覚醒が期待される。




 無事に三勝目を上げた武史であるが、少し思考実験してみる。

 完全にリリーフ陣が崩壊しているメトロズと、打線の軸がいないアナハイム。

 これを直史と大介を、トレードしたらどうなるか。

 もちろん実際には、こんなものは成立しない。

 お互いが戦力の中核であるスタープレイヤーであるという事実もあるが、他にも幾つもの理由がある。

「ただまあ、チームの総合力だけを言うと、そいがいいかもしれんの」

 坂本などはそう評したりもしたが。


 純粋に、戦力だけを考えてみる。

 大介の打撃は完全にターナーを上回っており、完全に打線の穴は埋まる。

 もっともアナハイムは絶対的なエースがいなくなるので、直史がほぼ確実に稼いでくれる30個の貯金を、大介で取り戻すことが出来るか。

 スプリングトレーニング前ならばともかく、シーズンが始まってからでは、戦力としてチームに馴染むのも難しいだろう。

 そしてメトロズが直史を獲得した場合、どうなるか。

 クローザーとして使うのもいいだろうが、単純に完投して完封できるピッチャーがさらに一枚増える。

 大介がいなくなった打線をどう埋めるかだが、シュミットを二番、グラントか坂本を三番というように、かなりの得点力は維持できるだろう。

 あとは直史のおかげで、負担が少なくなるリリーフ陣が、若手も含めてどれだけ踏ん張るかだ。


 単純に運用だけを考えるなら、確実性はメトロズの方が高まるだろう。

 両チーム共に成績は上がるだろうが、メトロズの方がその上がり幅は大きい。

 そしてポストシーズンまで勝ち進めば、スーパーエースが二人もいるチームが弱いはずがない。

 ミネソタやアナハイムと対戦しても、おそらくメトロズの点数の方が上回る。

 大介を中軸に入れたアナハイムの打線など、かなりの脅威にはなると思うが。


 だが現実には絶対にこれはありえない。

 理由としては主に二つ挙げられる。

 一つは契約年数の問題だ。

 大介は今年を含め、あと三年の契約がある。

 アナハイムはこのまま、三年間大介を中軸に使えるわけだ。

 対する直史の契約は、今年で終わる。

 新しい契約を結ぶために、果たしてどれぐらいの条件を出せばいいのか。

 保持していられる期間の違いが、二人の価値の大きな違いの一つだ。


 そしてもう一つは年俸である。

 早々に新しい契約をした大介は、年俸が3000万ドルに、インセンティブがまず1000万ドル以上はついてくる。

 これに対して直史は、1000万ドルにインセンティブ。

 能力はともかく契約金が、全く違うのである。

 メトロズもアナハイムも、特にメトロズはぜいたく税を払ってチームを編成している。

 そしてこの年俸総額が数えられるのは、九月になってからだ。

 直史を入れるメトロズは、年俸総額が下がってありがたいだろう。

 だがアナハイムの方は、金額に比して釣り合わないトレードと計算するはずだ。


 実力だけを考えれば、おかしな話であると思う。

 だが直史の年俸が、契約更改をしなかったため、能力に比して低すぎるのだ。

 だからその分を、アナハイムのフロントは考えた。

 ターナーとの契約もともかく、他の打線補強を出来なかった。

 全てが直史との契約から始まっていると言ってもいい。


 そんなことを、大介にも話した武史である。

 大介としてはそういうことをあれこれ考えるのは、GMで役割であり、ファンの楽しい妄想だと言いたい。

「そもそも俺もナオも、トレード拒否権があるんだが?」

「あ」

 それ一つで、この二人のトレードが成立しないことは明らかなのである。

 もちろんトレード拒否権は、権利であって義務ではない。

 だが大介は基本的に、トレードなどで勝手に自分が動かされるのは嫌いなのだ。

 そのあたりは大介も、保守的な人間と言えようか。

 ライガースは本拠地が甲子園という、絶対的な大介にとってのアドバンテージを持っていた。

 本来左バッターの大介にとっては、ホームランが出にくいというマイナス面があったはずなのだが。

 もしパのチームなどからドラフトで指名されていれば、FA資格を取ったときに、セの在京球団かライガースへの移籍を考えたかもしれない。

 全ては夢想であり、妄想である。

 だからこそ楽しいのであるが。


 ただこの武史の考えの中で、大介は一つ気づいた。

 自分がメトロズを移籍することはありえない。そもそも今年ポストシーズンに出られなくても、メトロズは自分を放出したいなどとは考えないであろう。

 だが、直史はどうであろうか。

 今年が直史の、MLBの最終年。

 もしポストシーズンに進めず、大介との対戦の確率が低下したなら、相手チーム次第では、トレードに応じるのではないか。

 アナハイムとしても今年で終わりの直史を放出して、総年俸を抑えたり、相手からプロスペクトを獲得することが出来る。

 いくらなんでも直史を出すはずがない、と思うのは日本人的な感覚である。

 アナハイムのコールであれば、ポストシーズン進出がほぼ無理となれば、ミネソタやボストンに、直史を渡すのはためらわないだろう。

 もちろん直史の承諾はいるが。


 ア・リーグで一番ワールドシリーズ進出の可能性が高いのは、現状ではミネソタだろう。

 続いてボストン、あとはラッキーズにヒューストンあたりか。

 ただミネソタとは、去年はワールドシリーズ進出を賭けて争った間柄。

 しかしミネソタは、若手が多くてトレード要員も多いという、完全に条件としてはいいものなのだ。

 大介との対決だけを考えるなら、トレードという選択肢はあるだろう。

 そしてある程度強いチームに直史が加入したら、そのチームは一気に優勝候補に躍り出る。

 そうなると逆に、メトロズがワールドシリーズにまで進めるのか、という問題が出てくる。

 ポストシーズンは武史が故障さえしなければ、おそらく勝っていけると思うのだが。


 大介にはトレードという選択肢はなく、直史にはある。

 もちろん直史は能力の高いキャッチャーと組まなければ、スペックを全開で発揮するのは難しいと言える。

 ただこの状況は、シーズンに与える影響が大きい。

 トレードデッドラインの前。

 あるいは信じられないトレードが、実現するのかもしれない。




 マイアミとの第三戦、メトロズの先発はウィルキンス。

 ジュニアの調整が上手くいっているため、間もなく先発ローテに復帰する。

 そうなるとウィルキンスも、再びリリーフに役割が戻る。

 ただここでいいピッチングを見せておけば、他のピッチャーをリリーフに外して、ウィルキンスを先発に入れるという選択もある。

 選手たちはとにかく目の前の試合に集中しているが、メトロズのGMはそろそろ考え始めていた。

 クローザーの獲得をである。


 この時期であると、当然ながらFAのままのクローザーで、期待できるほどのピッチャーなど残っていない。

 なので当然、トレードによる獲得となる。

 そのためにこちらが出せるのは、やはり若手の選手に、プロスペクトの選手となるだろう。

 契約が一年か二年残っていて、もうポストシーズンは狙えず、放出したいというチームは出てくる。

 その時のために、こちらも出せる選手を準備しておかなければいけない。

 連覇を狙える、唯一のチームであるメトロズ。

 今年一年を制することが出来れば、来年は最悪ポストシーズンに出るだけでいい。

 ただ大介の契約期間を考えると、この間に勝てるだけは勝っておきたい。

 もっとも大介に関しては、よほどのことがない限り、新しく契約を結んでいくだろうが。


 メトロズは、金でどうにかなるなら、どうにかしてしまえばいいという、金の暴力が使える。

 道楽オーナーによる、ぼくのかんがえたさいきょうのチーム、である。

 ただリリーフ陣の補強失敗は、GMに対する信頼を失わせただろう。

 もっとも故障者が出たこともあって、そこは不運と言うしかないのだが。


 試合自体はメトロズの優位に始まった。

 初回から大介が敬遠され、その後ろが打っていくといういつものパターン。

 リードした状態で、ウィルキンスはプレッシャーなく投げることが出来る。

 思えばワシントンを相手に投げた試合も、七回まで四失点と、おおよそクオリティスタートに近い数字。

 この試合は常に、メトロズはリードした展開で試合を進めることが出来る。

 ウィルキンスは七回を五失点と、お世辞にもいい数字とは言えない。

 だが今日はそれ以上に、メトロズの打線が爆発していた。


 ここまでに八点を記録。

 大介は歩かされることが多いのだが、出塁すればしっかりとホームにまで帰ってくる。

 そしてリリーフ陣も、完全に捕まってしまうということがない。

 相手が迫ってきても、それ以上にメトロズ打線が点を取る。

 結果的には勝てるのであるが、やはりリリーフ陣はお世辞にもいいとは言えない。

 12-9という、完全に殴り合いの結果が、スコアには現れていた。


 七回を五失点しながら、ウィルキンスには勝ち星がついた。

 ただ六回ではなく、七回までをしぶとく投げたのが、この勝利への貢献と言えようか。

 どうせ点を取られるのだと思っていれば、打線はバッティングに集中する。

 そしてある程度の失点をよしとするなら、守備でも下手にプレッシャーがかかることはない。

 最終的に、マイアミの観客たちが不満に思ったのは、大介にホームランが出なかったぐらいであろうか。

 この試合で、12試合で9本塁打。

 開幕戦の二本が、やはり大きいと言える。




 メトロズはマイアミ相手の三連勝で、今季初めてのスウィープを達成していた。

 そしてニューヨークに戻り、いよいよ本格的な戦力の入れ替えを行うことになる。

 具体的には、スプリングトレーニングで高いリリーフ適正を見せていたアービング。

 マイナーの試合においては、クローザーとして防御率が1を切る活躍を見せている。

 いきなりクローザーをやらせてもいいものかどうか。

 ただ活躍するクローザーというのは、若手の中からいきなり出てきたりもするのだ。


 クローザーを任せないにしても、103マイルがMAXのストレートとスプリットの組み合わせは、それだけで短いイニングを制圧するには充分だ。

 もっともそれより速いボールを持つ先発がいるのが、今のメトロズのおかしなところである。

 そして先発を、どう回していくかだ。

 勝ち星を見ていくと、武史が三勝してウィルキンスが二勝。

 ただ武史はいいとして、ウィルキンスのピッチング内容は微妙である。

 七回四失点と、七回五失点。

 だが投げたイニング数を見てみれば、先発が長く投げるというのは重要だと分かる。


 とりあえずジュニアも次にミルウォーキー戦の次、ワシントン戦で復帰する。

 すると先発は、武史、ジュニア、オットー、スタントンは確定。

 五人目をグリーンにして、ウィルキンスは谷間の先発と考えていた。

 だが先発のマウンドに立って、長いイニングを投げていられる、ウィルキンスを優先した方がいいのではないか。

 二度先発して、二度勝利投手。

 MLBは統計のリーグであるが、ツキのようなものがウィルキンスにあるように思える。

 ピッチング内容を考えると、ウィルキンスはフライボールピッチャー。

 内野の守備力を考えれば、ゴロを打たせるグラウンドボールピッチャーの方が適応するはずなのだが。


 しかし今は、長いイニングを投げる先発を重視するべきだろう。

 精神論になるかもしれないが、先発のマウンドに立って、実際に二勝したウィルキンスを今のポジションから変えるのは、士気に関わるかもしれない。

 五枚目の先発はウィルキンス。

 そもそも日程上、あと一試合はウィルキンスには先発ローテに入ってもらう予定だったのだ。

 ジュニアが戻ってきて、無理に先発に回していたピッチャーを、リリーフに使うことが出来る。

 もちろんジュニアが負傷者リストに入っている間は、他のピッチャーをメジャーで使うことは出来た。

 だがあくまでも穴埋めであり、若手の本当の有望株は、ここまで温存されていたのだ。

 FAまで実質、七年間使えるように、日程調整。

 アービングなど本来なら、開幕からメジャーでも良かったぐらいなのである。


 元からアービングは、その奪三振能力から、次のクローザーとして期待されてはいた。

 レノンの離脱後のクローザーを、そこまで積極的に探さなかったのは、彼の存在が大きい。

 もっともそのあたりの計算を含めても、メトロズがここまで苦戦するとは思っていなかったのが首脳陣だ。

 しかしマイアミをスウィープして、ようやく七勝五敗となった。

 ミルウォーキーは去年に比べて、やや戦力は増強されている。

 ナ・リーグ中地区二位は、激戦区ではない。

 なので今年はセントルイスを倒して、地区優勝からポストシーズンを狙っている。

 今のメトロズのこなれていない戦力では、全くもって油断していい相手ではない。

 

 ただマイアミからニューヨークに戻ったその日、メトロズは休養日である。

 そして調子の悪い選手がマイナーに降格し、調子のいい選手が26人枠に入ってきた。

 次のカード、メトロズの先発ローテは、オットー、スタントン、グリーン。

 注目すべきはそこではなく、リリーフ陣が数枚入れ替わったことだろう。

 大介などは、やっと動いたか、という感想なのであるが、まだ慌てるような時期じゃない、というのが首脳陣の考えだったのだろう。

 ジュニアが復帰し、マイナーで鍛えてきた若手が、いよいよメジャーデビュー。

 ここからが本当の、新生メトロズを見せることになるのだ。




 大介はやっと、他のチームの動静に目を向けることが出来るようになった。

 同じナ・リーグでは相変わらず、西地区で三つの有力チームが潰し合いをしている。

 中地区はセントルイスがやや強いが、次に当たるミルウォーキーも、しっかりと勝ち星を伸ばしている。

 同じ東地区は、アトランタが一歩リードしているが、まだまだ決定的な差ではない。

 あとはア・リーグの方が問題であろうか。


 今年のメトロズはレギュラーシーズンでは、ア・リーグのチームで対戦するのは東地区のチームである。

 そのア・リーグ東地区は、ボストンとラッキーズが、激しい戦いをしている。

 中地区は完全にミネソタが飛び出し、リーグでも一位の勝率を記録している。

 もっともまだ四月の中旬に、そんな話をするのは気が早いのだが。

 しかしミネソタは投打が噛み合っている。

 ア・リーグはミネソタが本命と見ていいだろう。

 アナハイムはターナーの抜けた穴が、決定的に痛い。

 それでもどうにか、勝率は五割をキープしている。


 打線の援護が少ないことには、直史は慣れている。

 味方が点を取ってくれるまで、延々と0を積み重ねていくのだ。

 既に二度のパーフェクトを達成しているあたり、常識外れにもほどがある。

 そしてまだ無失点であり、100球を超えた試合が一度もない。

 中四日で、どこまで投げられるのか。

 まったくもって、何度も呆れさせてくれる男である。


 そんな大介はマイアミとの第三戦で、初めて開幕からのマルチヒットの記録が途絶えた。

 12試合で26安打と、MLB記録を更新する勢いでヒットを、しかも多くは長打を量産していたのだが。

 単打よりもホームランの方が多い。

 今年の記録がどうなるか、ファンはとても期待している。

 今のままのペースなら、年間のホームラン数は100本に達する。

 絶対にそんなものは、達成されるはずがない。

 しかしそう思われながらも、ずっと四割を打ってきたのが、大介であるのだ。

 なお現時点での大介の打率は、六割をまだ軽く超えていたのであった。

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