第20話 雲上の世界

 机の上に広げられた書簡の写し。

 そこから浮かび上がった『紙の墓所』という文字。

 何か決定的な言葉が浮かび上がると思っていた三人は、謎の単語にしばし沈黙した。


「青庁に何か関係がありそうだけど……」

 スウォルがそう呟くと、ライが静かに腕を組んだ。

「だが、紙を多く扱うのは書司部しょしぶではないのか?」

 コン副将軍がそう言うと「書司部は確か黄庁の管轄では?」とライが眉間に皺を寄せる。

 確かに、と三人は再び考え込み、沈黙が降りる。


「よしっ。こういうことはヴォルドの方が詳しいかもしれん。あいつは読書家で小難しいことを考えるのが趣味だからな」

 コン副将軍が考えるのを止めた、と言わんばかりの表情でそう提案をした。

 スウォルもライもそれ以上の手がかりを見出せず、翌朝ヴォルドに会うことで意見が一致した。


 既に夜も深くなっていたので、スウォルが席を立ちかけた時、コンがその肩を押し留めた。


「宿舎には戻らない方がいい」

「……なぜですか?」

 スウォルが怪訝な表情でコン副将軍を見上げた。

「軍議でカイがうまく取り繕ってくれたが……あれは軍部の中だけの話だ。近衛兵たちの間ではまだお前が女だと疑っている者がいる」

 そんな噂が広まっていると知らなかったスウォルは目を見開き、言葉を失った。

「対外的には明朝、正式に将軍職に就くことが発表される。それまでは、軍部の執務室にいたということで通しておくから安心しろ。今夜はここに……」


 そこで言葉を切ったコン副将軍が、僅かにライへと視線をやった。

 言いにくそうに口を開きかけるその様子を、ライが先んじて断ち切った。


「それはいらぬ心配だ」

 その声音には苛立ちが混じっていた。

 コン副将軍は一瞬言葉を呑み、スウォルに目をやった。

 ライに向ける口調も視線も、柔らかで自然体。その無防備とも言える態度に、コン副将軍は短く頷いた。

 スウォルが自分たちに見せる顔とは、明らかに違っていた。

「それじゃ、シン。明朝、ヴォルドの執務室で落ち合おう」

 そう言ってコン副将軍が去ろうとする背中に「カイには暗号が解けたことが伝わらないようにしろ」とライが念を押した。

「分かってる。俺もあいつは好かないんでな」

 コン副将軍は振り向きもせず、片手を上げてそのまま去って行った。


 残されたスウォルはライを振り返り、「なぜカイには秘密にするの?」と問うた。

「あいつは商人だ。損得でしか動かない。だから、金のない俺達はこういうことを取引の材料にするんだよ」

 ライが教え諭すように笑むのを見て、スウォルは納得したように笑みを返した。


 翌朝、ヴォルドの執務室にスウォルが到着すると、既にコン副将軍もおり、二人が話し込んでいるところだった。

 スウォルの姿を認めると、コン副将軍が「簡単に話しておいたぞ」と得意気な表情を見せた。

 が、ヴォルド軍師の表情はどこか険しかった。


 部屋の中央の机に奥にヴォルド軍師、左手にコン副将軍、手前にスウォルが座したところでヴォルド軍師が口を開いた。

「早速本題に入るが『紙の墓所』が何処を示しているのか、私にも分かりません。だが、そもそもなぜ書簡の内容が告発文だと全員が考えていたのでしょう? 誰もなぜ青庁の官吏が妓楼に行ったか、知らないはずです」

 ヴォルド軍師の言葉に二人がハッとした表情になる。

「この情報を我々にもたらしたのはカイ、だったのでは?」

 確かに、とコン副将軍が腕を組んで唸る。

「ということはカイは官吏の自殺について『何か』を知っていたことになります。もしくはそれを官吏が殺されるよりも前に」

「父様が殺されるってカイは知ってたってこと?」

 ヴォルド軍師の言葉にスウォルが驚きの声を上げる。

「あくまでも可能性の話です。事前か事後かは分かりません」

 宥めるような視線をスウォルに送りつつ、話を続ける。

「ですが、少なくとも確実にカイは書簡が暗号であること、そして暗号にした理由が黄庁の不正の告発に繋がる内容だ、ということを知っていたことになります。カイがそう信じているなら、信じているだけの根拠があるはずです。あの男は情報屋です。根拠もなく動くような男でもありません」

「確かに。したたかな奴に見えた。問題はどこでそれを知ったか、いつそれを知ったのか……」

 コン副将軍が眉間に皺を寄せると、ヴォルド軍師が「問題はそこではありません」とさらに表情を険しくした。

「その書簡を誰に宛てたのか、です。それが分かれば『紙の墓所』が何を指すのかも分かります。でも、それを知っているのはカイしかいないかもしれない、ということです」

「カイに暗号が解けたこと、秘密にできないってことですね?」

 スウォルが静かにそう頷くと、コン副将軍が「ああ」と納得して眉間の皺を深くした。


「それで、カイを頼らずに動くなら、まず『紙の墓所』が場所を示すと仮定しなくてはなりません。その場所が黄庁の不正に関するものであるなら、告発文を保管していると考えるより、証拠そのものが保管されている場所である可能性の方が高いと考えます。だとすると、その場所は青庁に関する場所、もしくはその官吏に縁のある場所と考えるのが自然です。いずれも仮定と可能性だけで探さなくてはなりません」

「紙に関する場所なら書司部は?」

「黄庁の不正の証拠を黄庁に隠すなんて真似、私だったらしません。もしその場所が黄庁の人間にバレれば、証拠を全て処分される可能性があるからです。そんな危険を冒すことをせず、確実で安全な場所に……」

 言いかけてヴォルド軍師はしばし考え込むように押し黙った。

「どうした? 何か思いついたか?」

 コン副将軍が表情を伺う。

「……いや。王宮内を探るにはヨン殿下のお力添えが必要な場所もありますが、殿下の力を借りれば目立ります。我々が何かを探している、と動きを悟られれば、面倒なことになるでしょう。かといって、青庁に関する場所を探る方法が他に……」

 そこまで言いかけて、何かに思い至ったようにヴォルド軍師の視線がスウォルで止まる。

 鋭い視線で見つめられ、スウォルは何を指示されるのかと緊張した。

「コン副将軍から先程聞いたのですが、ライという方はどういった方ですか?」

 不意に問われ、スウォルが瞬くと、ヴォルド軍師は「彼の素性を知りたいのですが?」と言い換えた。


「なぜ、ライのことをお知りになりたいのですか?」

「王宮外で陽動作戦を企てようかと思いまして。ライという人物が適任かどうか、見極めたいのもありますが……単なる興味でもあります」

 ヴォルド軍師は正直な言葉に一瞬躊躇ったが、スウォルもまた正直に答えることにした。

「……私も実は知りません。ある日突然、怪我を負ったライを父が連れ帰って、それから使用人となりました。なぜ怪我をしていたのか、使用人となる前は何をしていたのかも……何も知らないのです」

「今まで一度も素性について訊かなかったのですか?」

「はい」

「なぜ? あのように並外れた武術を披露されたら、普通は何者か気になると思いますが? しかも使用人ともなれば、とても身近な存在です。得体の知れない者が側にいるのは、私でしたら落ち着きません」

「父は何も話してくれませんでしたが、ライをとても信頼していました。私にはそれで充分だったんです。ライも自分から語ろうとしないのは、触れられたくないことなのだと思って……必要ならいつか話してくれると、そう思ったのです」

 スウォルの言葉にヴォルド軍師は目を細め、それ以上問うのを諦めた。

 コン副将軍は「俺なら真っ先に訊くけどな」と頭の後ろで腕を組んだ。


 そんなコン副将軍を冷ややかに一瞥して、ヴォルド軍師はスウォルに視線を戻した。

「話を戻しますが、将軍が王宮外に出れば目立ちます。シン将軍を外に出すには外で暴れる者が必要です。しかも、近衛部の連中では手に負えない程の者でなければなりません。軍部の隊を外に出しても良いのですが、将軍任命早々、その威厳を知らしめるため、として将軍自らが出向いても違和感はそうないでしょう。その暴れる者として、ライを想定しました。都の目立つ場所で一芝居打ってください。恐らく『仮面の将軍』にタオの関心が向くはずです。その間に、私とコン副将軍で青庁を調べます。非公式に」

『非公式』ということはつまり、忍び込むということだとスウォルは理解した。

 その時間稼ぎにライと都で大立ち回りを繰り広げれば良い。

「レンにもこの作戦は秘密にしてください。彼はカイ側の人間なのでしょう? なので、ライも何かしらの変装をさせてください」

 ヴォルド軍師の提案にスウォルは力強く頷いた。

 方針が決まったところで、ヴォルド軍師は再度コン副将軍に鋭い視線を向けた。


「それと、コン副将軍。本日からシンは正式に将軍です。今頃、朝議で騒ぎになっている頃でしょう。各庁にも伝達が行く頃です。ですから、シン将軍への態度を改めてくださいね。あと部屋の片付けも終わりましたか? それから、シン将軍も我々に対して今のような口調は不要です。これよりあなたが我々の上に立つのです。コン副将軍から引き継ぎはありますが、あなたが軍部、玄庁を率いて、この国を守るのです。例え私情で将軍の地位に就いたのだとしても、その覚悟だけはしておいてください」

 ヴォルド軍師の言葉にスウォルは気を引き締めるように頷いた。

 コン副将軍も改めてスウォルを見、将軍と副将軍という立場を理解したように真面目な面持ちで頷いた。


 一方、その頃朝議の場は大きくどよめいていた。

 昨日の朝議で将軍職を辞退した筈の仮面の青年が、一転、将軍となったことと、ヴォルドが軍師という新設された職に就いたことに懸念を示す者も多かった。

 高官の中には事前に軍部で行われた臨時の軍議の様子を知っていた者もいた。

 タオ宰相も朝議の場では軍部のこの決定を肯定的に捉えた発言をしたが、内心は穏やかではなかった。


 朝議を終えて自身の執務室へ戻ったタオは、一人静かに席に座し、一点を見つめて考え込んでいた。


 あの仮面の青年はやはりジンの息子なのか?

 そうだとすれば、王宮ここに来た目的は明らかだ。

 十年前の復讐を果たしに来たのだ。

 だが、そうなるとあの時の焼死体は一体誰だったのだ?

 ジンの息子でないならば、あの仮面の下は誰だ?

 誰であれ、実力主義の玄庁で一気に将軍になった。

 実力だけではない。コンとヴォルドを既に味方にしている。

 私が玄庁を掌握できていないことを知っていたのか?

 いや、そこまでは知らなかったはずだ。

 知っていたとしたら……間者がいることになる。

 いずれにせよ、西の森で始末できなかったのが失敗だった。

 誰であれ、早く始末することに越したことはない。


 タオはそう結論付けた時、その暗い瞳が入口へ向く。

 扉がそっと開き、訪ねて来た者がいた。

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