第150話 修学旅行⑧
「檜山、おめでとう!」
「なおちゃん、おめでとう〜」
「なおさん、おめでとうございます!」
「なお、おめでとうデス〜!」
「ありがとう、皆」
二日目の夜。自由行動を終え、昨日と同じ宿に戻り、夕食を食べ、風呂に入った後の就寝時刻までの自由時間に、佐田以外の班員はエレベーターの前のラウンジに集まっていた。彼がこの場にいないのは、ここが女子の宿泊している建物で、男子の立ち入りが許可されていないからだ。
俺たちは檜山を祝福する。本当にうまくいってよかった! すべてが終わってから、改めてそう思う。
檜山は照れくさそうに、手元で転がしているいちごミルクのペットボトルを見つめている。彼女が先ほど、近くの自販機で買ったものだ。
「協力、ありがとうな。カヤックの時、あたしとあおいを二人にしてくれたとことか」
「むしろ、あからさますぎてバレそうだったけどね〜……佐田くんにはバレなかった?」
「……あおいからは何も言われなかったけど」
飯山の問いに檜山が答える。
もしかしたら、佐田も察していたかもしれないけど……言われていないということは、むしろ好都合だ、と利用していそうだ。
「それにしても、どういうふうに告白されたデスか?」
「そうです! こちらから告白したんですか? それとも向こうから告白されたんですか?」
「ちょ、落ち着けって」
サーシャと越智が、鼻息を荒げて檜山に詰め寄る。君たち、そんなに恋愛話好きだったっけ……?
二人の様子にちょっと引き気味になりつつ、檜山が照れくさそうに答える。
「告白は……その、あおいの方から……」
「おお〜! スゴいね〜!」
「何と、何と言われたんですか‼︎」
「えぇ……その、普通に、『好きです付き合ってください』だったけど……」
どうやら俺のアドバイスどおり、佐田は素直な言葉を選んだようだ。気持ちを伝えるんだったら単刀直入に! それが一番だと、俺は思う。
「いいなぁ〜お幸せに!」
「……どうも」
きっと、今頃佐田も、彼が宿泊する部屋で俺たちと同様に盛り上がっているだろう。
さて、告白は成功したことだし……もうネタバラシしてもいいかな。
「まあ、俺は絶対に成功すると思ってたけどね」
「なぜデス?」
「だって、佐田も檜山のこと好きだったんだもん」
「確かに……佐田くんの方からなおちゃんに告白してきたもんね」
「ちょ……もしかして天野、あおいがあたしのことが好きだって、知ってたってこと……?」
「うん」
「いつから⁉︎」
「二週間前くらい?」
「だいぶ前じゃん‼︎」
「あばばばば」
檜山は俺の肩を掴んで激しく揺らしてくる。
「つまり、天野はあたしと佐田が片想いどうしだってことを知ってて、今回の事態を見たってことー⁉︎」
「そうだったの、ほまれちゃん⁉︎」
「そうだったんデスか、ほまれ⁉︎」
「そうなんですか、ほまれさん⁉︎」
「そうだだだよ〜」
次の瞬間、ピタッと檜山の揺さぶりが止まる。急停止の反動で、首がガクッとなるが……とにかく助かった。
そう思ったのだが。
「……知ってたんなら」
「……檜山?」
「最初っから言え〜‼︎」
次の瞬間、俺の胸に檜山の手が伸びて、思いっきり掴んできた。
「いやあぁぁぁあああ!」
そのままおっぱいを揉みしだかれる。俺は椅子の上にひっくり返るが、檜山は追撃の手を緩めなかった。
「何の騒ぎだ⁉︎」
俺が手足をバタバタさせて抵抗していると、遠くから斎藤先生の声、そしてこちらに走ってくる足音。
「やべ、ずらかるぞ!」
それを聞いて、檜山たちは急いでその場から撤収する。ドタドタとエレベーター横の階段から、自分たちの部屋のある階へと下りていった。
俺が乱れた着衣を直して、体を起こしていると、斎藤先生がやってきた。
「……天野、何かあったか?」
「いや〜、何もありませんでしたよ……ちょっと虫が飛んできて、ビックリしちゃっただけです……はは」
「そうか……早めに寝ろよ」
「わかりました」
先生が立ち去った後、俺は部屋に戻るべく廊下を歩いていく。
俺の部屋は、女性の先生や職員の部屋と同じこのフロアにある。檜山たち女子生徒の部屋の一つ上の階にあるので、さっきのように俺たちは容易に集合できたのだ。
修学旅行も明日で最終日だ。俺は部屋に戻ると、布団の中で眠りにつくのだった。
※
翌日、修学旅行三日目。今日の昼過ぎにいよいよこの島を発つことになっているが、それまでの時間、つまり午前中は自由時間となっていた。
二日目の自由時間は、班ごとの行動だったが、三日目の自由時間は一緒に行動する人の制約は課されていない。指定された場所の中であれば、誰とでも自由に過ごせる。
そして、その場所というのが、那覇市の国際通りだった。
国際通りの入り口である沖縄県庁前の広場でいったん解散すると、俺は真っ先にある人物のもとへと歩いていく。そして相手も、俺の方へと歩いてきていた。
「ほまれ、一緒に行きましょう」
「うん、行こう、みなと」
この修学旅行では、一日目も二日目も、みなとと一緒に回ることはほとんどできなかった。そのため、最終日のこの時間だけでも一緒に回ろうと、俺とみなとは事前に決めていたのだ。
国際通りを歩いていく。やはり沖縄一の繁華街ということもあり、観光客でごった返していた。
「ほまれ」
「……ん」
俺たちははぐれないように、しっかりと手を繋ぐ。
「いろんなものがあるね」
「そうね……」
「なんか買ってく?」
「…………」
「みなと?」
返事がないのを不思議に思って、みなとの方を見ると、彼女は別の方向を凝視していた。
彼女の視線の先を追うと、そこにあったのはサーターアンダギーの店。
サーターアンダギーとは沖縄の伝統的な揚げ菓子だ。確かにおいしそうな匂いが漂ってきているし、立ち食いをしている人もちらほらいる。
「……食べに行こうか」
「ええ!」
俺たちは列に並んで、サーターアンダギーを手に入れた。そして、みなとはそれをパクパク食べながら歩いていく。
「それにしても、本当に人が多いな」
「そうね……」
周りから聞こえてくる言語も、日本語よりも外国語の方が多いように感じる。AIを起動すれば、きっと何を言っているのかわかるだろうが、今は別にそうする必要がないのでやめておく。
人が多いためか通行するのも難しい。そう思った矢先、俺は人にぶつかってしまう。
「小心点啊、安卓女孩!」
「あっ、すみません……」
たぶん中国の人だろう。何を言っているのかはわからなかったが……悪口でなければいいな。
「……ちょっと、どこかに座りましょう」
「そうだね」
みなとの提案で、俺たちは近くのベンチに腰を下ろした。
観光客をぼんやり眺めながら、みなとが食べ終わるのを待つ。しかし、何も話さないのもなんだか寂しい。
と、ここで俺は自分のカバンの中に、みなとに渡すものが入っていることを思い出した。渡せるうちに渡してしまおうと思って、俺はそれを取り出した。
「みなと」
「何?」
「これ、水族館のお土産」
「……キーホルダー?」
「そう。俺も同じものを買ったんだ」
みなとに手渡したのは、イルカのキーホルダー。俺の手の中にも同じものがある。
これなら小さいし、ペアでいい感じになるだろう、と思ったのだが……お気に召すだろうか? あまり値の張らない安物だけど……。
「……どうかな?」
「ありがとう、大切にするわね」
にっこり笑ったみなとに、俺はほっと胸を撫で下ろした。
ここじゃ失くしそうだから、後でつけるわね、と彼女は自分のカバンにそれをしまう。
「そういえば、佐田君となおは結局どうなったの?」
「ん、それは……ほら、アレを見て」
俺は結果を言葉で伝えようとしたが、視界に入ったものを捉えてそれを飲み込んだ。そして、俺は通りの向こう側を指差す。
彼らの姿を見て、みなとはすべてを察したようで、ふふっと笑みを漏らす。
「……後で、おめでとうって伝えておくわ」
そこには、手を繋いで笑いながら楽しそうに歩く、檜山と佐田の姿があった。
こうして、俺たちの修学旅行は無事に終わったのだった。
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