第96話 イベント③

 その翌々日。俺はいつも働いている店ではなく、小さなイベントホールのようなところに来ていた。

 薄暗い会場を、ピカピカと色とりどりのライトが照らしている。ホールの前方にはステージ、そしてステージの正面には椅子が綺麗に並べられていて、まるで何かのライブ会場かと錯覚してしまう。


「実際、ここはライブハウスとして、バンドが演奏することもあるみたいだよ〜」

「そうなんだ」


 俺の隣で、前回大会優勝者である有識者の飯山が教えてくれた。


「もうすぐ始まるから、早く着替えちゃおう」

「そうだね」


 俺は飯山についていき、ステージの裏にある楽屋に向かう。


 メイド喫茶対抗腕相撲大会。今日はその決勝戦が行われる。

 前々日、働いている店で行われた予選にて、見事店長さんを下して優勝した俺は、店代表として決勝戦に出場することになった。


 この大会は、メイド喫茶で働くメイドさんが出場する。とはいえ、メイドさんは、俺みたいな十代後半から、高くても三十歳はいかないくらいの女の子だろう。ガチムチの男が出てこなければ、数人分の力を発揮できるアンドロイドである俺の腕力で余裕で勝てるはずだ。普通に考えれば。


 しかし、予選前日の飯山と店長さんの言葉が、どうにも心に引っかかって取れない。この大会には、俺の腕力をもってしても、容易には勝てない相手が出てくる……らしい。それが本当だとすれば、どんな強敵なのだろうか。好奇心と不安が刺激される。


 俺は二日前の予選を思い出す。決勝戦のチケットをかけて戦った店長さんは強敵だった。腕力というよりかは、体の使い方が上手だった。結局、俺はかなり力づくで店長さんを下したが、あれ以上の相手が出てくるというのだろう。


 それに、今俺の目の前で呑気に着替えている飯山が、前回大会のチャンピオンなのだ。とてもそうは見えないのだが、前回、予選であの店長さんを下し、しかも決勝戦で強敵を倒し優勝した猛者であることは間違いない。


 すると、俺の視線に気づいたのか飯山がこちらを向いた。


「どうしたの?」

「あ、いや、なんでもない」

「ほまれちゃんも、早く着替えちゃいなよ〜」

「う、うん。そうする」


 きっと、飯山が俺の最大の敵になりそうな気がする。着替える手を動かしながら、なんとなく俺はそう感じていた。






 ※






「さぁ、始まりました! メイド喫茶対抗、腕相撲大会! 皆さん盛り上がってますか〜!」

「「「「「うおおおおお!」」」」」


 視界のお姉さんがテンション高く喋り始めると、会場のボルテージも爆上がりする。


「う、うわぁ……満席じゃん」

「ね〜、あ〜ドキドキするなぁ〜」


 ステージの袖からちらっと観客席の方を覗くと、会場は満席だった。席はすべて埋まっていて、立ち見客まで現れている。

 大会には七つの店舗から出場しているから、当然七店舗分の客が来るとは予想していた。しかし、まさかこんなに集まるとは。思ったより大人気のコンテンツらしい。


 それにしても、男性しかいないものだと思っていたが、意外と女性客も多い。


「あ、あそこにみなとちゃんがいる」

「え⁉︎ マジ?」

「ほら、前から二列目の、うちわ持ってる人」

「ホントだ……」


 飯山の言葉に従って探してみると、案外すぐにみなとは見つかった。


 変装しているつもりなのか、サングラスをしている。そして両手には『ほまれ♡』という手作りらしきうちわ。めちゃくちゃ熱入ってんなオイ。熱烈なアイドルファンのような格好だ。


「……みなとにはこの大会があることを教えてないし、来るという連絡ももらってないけど」

「え? そうなの? みなとちゃん、行く気満々だったみたいだよ」


 そう言って、飯山は俺に自身のスマホを見せてくる。

 そこにはみなとのSNSのアカウントが表示されていた。一番上には、『いいね!』をした投稿として、俺の働いている店の公式アカウントによる、腕相撲大会のイベント告知の投稿が載っている。


 来る気満々じゃねぇか! まあ、来てもらって悪い気はしないし、むしろ嬉しいのだが……。好きな人に見られているとわかると、緊張してくるな。でも、勝たなきゃ、という気持ちもよりいっそう強くなる。


「ほまれちゃん、頑張ろうね!」

「……うん!」

「それでは、決勝戦に見事進出した、メイドさんの紹介です! どうぞ〜!」


 その声で、俺と他の出場者がステージに出てくる。総勢八人。この八人がトーナメント形式で優勝を争うことになる。

 そして司会のお姉さんが次々に出場者を紹介し、それに紹介された人が一言付け加える。


 自己紹介を済むたびに、会場が盛り上がる。俺はその場のノリに従って拍手を送るが、意識の大部分は相手の観察に割いていた。


 出場者は全員女性。だが、そのうちの半分くらいの人は、服の下の筋肉を隠しきれていない。きっと、何らかのスポーツを普段からやっていたり、趣味で体を鍛えているのだろう。伊達に決勝戦に立っているわけではない。これは手強い相手になりそうだ。


 そんなことを考えているうちに、自分の自己紹介が回ってきた。


「それでは次の出場者! 『カフェ・ルミエール』の新星、ほまれちゃんです!」

「……ほまれです☆ 頑張るので応援よろしくお願いします☆」


 咄嗟にそれしか言えなかったが、会場の反応はまずまずだ。お客さんは拍手、そして歓声で応えてくれた。

 み、みなとはどうだろうか……。そう思って、みなとの座っている方を横目で見ると……。


「ほまれ〜!」


 叫びながらうちわを猛烈な勢いで振っていた。おいおい、周りのお客さんがドン引きしているぞ……。

 そう思うも、やはり応援してくれるのは嬉しい。俺はみなとに手を振る。


 すると、みなとはそれに気づいたみたいで嬉しそうにうちわをブンブン振った。


「最後に、前回大会のチャンピオン! 同じく『カフェ・ルミエール』から、ひなたちゃんです!」

「は〜い、ひなたで〜す、今回も優勝しちゃうよ〜」

「「「「「おおおおおおお!!!」」」」」

「なんとも大胆な優勝宣言だー!」


 やはり店での一番人気だけあって、先ほどとは歓声の大きさが段違いだ。しかも、大胆不敵な優勝宣言。よほど自信があるのだろう。これは負けられないぞ……。


「以上で出場者全員の紹介は終わりです! 次は、組み合わせの決定! 出場者の皆さんには、順番にくじを引いてもらいます!」


 すると、舞台脇からメイド服を着た人が箱を持って現れた……って店長さんじゃん! まさかここでも店長さんのメイド服姿が見られるとは……。


「それでは、一人一つずつ、この中からボールを取り出してください!」


 指示どおり、順番にボールを引いていく。俺の引いたボールには『7』と書かれていた。

 そして、トーナメント表に割り振られた数字と、自分の引いたボールの数字を対応させて、トーナメント表を作り上げていく。


「トーナメントはこのようになりました!」


 俺は一回戦の第二試合に割り当てられた。相手は全然知らない人だ。

 ちなみに、飯山は俺とは一番離れたブロックにいる。つまり、両方とも決勝戦まで進まないと直接対決はできない。逆に言えば、決勝戦まで潰し合わなくて済む。


 ぶっちゃけ、俺は飯山の実力をはかりかねている。あのニコニコした笑顔の裏に、どれだけの実力が込められているのか、まったくわからない。そういう意味で、俺は少々不気味さを感じていた。だから、トーナメントの組み合わせを見た時、かなりホッとしていた。


「では、十分後に、第一試合を始めます! それまで、いったん休憩でーす!」


 俺は右腕をさする。気のせいか、右腕が小さく音を立てたような気がした。

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