第26話 デート②
まずは、上の服を脱ぐ。なるべく皺が寄らないように広げて、備え付けのハンガーにかける。次にズボンを脱ぎ、同じように皺が寄らないように広げてハンガーにかけた。
今の俺は、パンツ一丁ならぬ、下着一丁。それぞれ二つしか持っていない下着のうちの一つで、上下ともに水色だ。みやびがどっかで買ってきてくれたものだが、正直若干きつい。
みなとが戻ってきたら、下着も選んでもらおう。
何気なく振り返ると、壁一面が鏡になっていて、下着姿の俺の全身がばっちり映っている。
風呂に入るときに自分の全裸はいつも見ているけど……。改めてじっくり見ると、やっぱりスタイルもいいし、可愛いな、俺。だいぶこの姿に慣れてきて、鏡を見ても一瞬で自分だと認識できるようになっている。
さて、みなとはいったいどんな服を持ってきてくれるのか……。
「お待たせ、ほまれ。これを着てみて」
「わかった」
ちょうどタイミングを見計ったかのように、みなとがカーテンの隙間から服を差し込んできた。俺はそれを受け取ると、早速身につけていく。
普段の俺なら絶対に身につけないような上下だ。街を歩いているオシャレな女子高生くらいしかこんなもの着ないぞ、そういえば俺は今その女子高生なんだったった、なんてことを考えながら、袖を通す。
「……終わった?」
「あとちょっと待って」
こういう服はあまり着慣れていないので、なかなか時間がかかる。手を動かすスピードを速め、着終わった瞬間に俺はカーテンを開けた。
「お待たせ~」
みなとは俺に背を向けて立っていた。そして、俺のこの声に振り返ってこちらを見ると、しばらく無言で俺の全身をくまなく見る。頭のてっぺんから足の先っぽまで、みなとの視線は何度も何度も上下に往復した。
「……あの、みなとさん?」
あまりにも無言の時間が続くので、ちょっと不安になった。
すると、彼女はほっと一息をつくと。
「想像以上ね……」
「え?」
「可愛いじゃない、ほまれ」
「ど、どうも……」
そ、そうですか。直球で褒められるとなんだか照れるな……。
でもそれは、みなとが選んできた服がいいから、つまり彼女のファッションセンスのおかげである。
俺は振り返って、全身が映った鏡を見る。
上は薄ピンク色の服。それに、下は膝までかかる白いスカート。本当は上の服や下のスカートにも厳密な名前がついているはずだが、長らく男子をやっていたので名前を知らず、こう表現するしかない。だけど、その辺のオシャレなJKが着ているような、いかにも『女子らしい』服装であることは一目瞭然だ。女子感マシマシである。
特に、自分がピンクを纏っていることが、俺にとってはとても斬新だった。体が変わっても、俺は自分のことを男だと思っている。もしかしたら、その意識のせいで、ピンク色の服に対して若干の忌避感を抱いていたのかもしれない。
それにしても、確かにみなとの言うとおり可愛い……。これが俺なのかと考えると、本当に信じられない気持ちになる。
「ねぇみなと……って、いない?」
俺はみなとに聞こうとして、振り返る。だが、確かにそこにいたはずの彼女の姿は、忽然と消え失せていた。
いつの間に、いったいどこに行ってしまったんだ⁉
すると、向こうからみなとが戻ってきた。その手には別の服が数着。
「あ、みなと。どこに行」
「ほまれ、次、これ着てみて」
みなとはそう言うと、俺にグイッと服を押し付けてくる。押されるままに、俺は服を受け取ってしまう、が、聞きたいことがまだ聞けていない。
「ね、ねぇみなと?」
「いいから、早く着て」
みなとが身長差を利用して俺にズイっと迫ってきた。威圧のようなものさえ感じて、俺は思わず一歩下がる。みなとの表情が真剣で、妙に怖い。
それに、運動をしているわけではないのに、なぜかみなとの息がはぁはぁと荒いんだけど! なんだか身の危険を感じるぞ!
「み、みなとさん。そんなに興奮しないでください、落ち着きましょう?」
「ほら、早く早く!」
俺の制止も聞かずに、みなとは俺の肩を掴んでグイグイ試着室に押し込む。そして、俺を部屋の中に入れると、『着替えてくるまで出てくるな』と言わんばかりに、カーテンをシャーと閉めた。
何も言えずに、押し付けられた服を手に、俺は数秒間立ち尽くす。
「……着るしかないか」
俺はそれを試着するべく、着ている服を脱いで、手に持った服に着替える。どうやら服はワンピースのようだ。上と下が一繋ぎになっているけど、これいったいどうやって着るんだ……?
もしかして、スカートの方から頭を突っ込むのか? それとも首周りから足を突っ込むのか? 女子ってそんなエキセントリックな着方をしているのか……?
ええい! わからん! ここはみなとに聞くしかない!
俺はカーテンをそーっと開けると、顔だけを外に出す。
「みなと~……ワンピースの着方教えて~」
すると、外で待機していたみなとが教えてくれる。
「どこかにファスナーはない? それを開いて、そこから着るのよ」
「わかった。探してみる」
俺は試着室の中に引っ込むと、ワンピースにファスナーがないかくまなく探す。すると、みなとの言ったとおり、目立たないところにそれがついていた。俺はそれを下げると、ワンピースを着る。
「お、おう……」
ワンピースを着た自分の姿を見て、俺は思わず声を漏らした。
白色無地だからか、自分で言うのも変だがスゴく清楚な感じがする。今までにない印象を受ける。いかにも、こういう格好で彼氏とデートをしている女子がいそうだ。
はたして、みなとの感想はどうだろうか……。
「みなとー……これ、どう思う?」
シャーっとカーテンを開けると、みなとがちょうどこちらを向いて立っていた。
「す、スゴく可愛いと思うわ……」
俺の格好をじっくり見て、みなとはそう答えた。褒めてもらって嬉しいが、それにしても、みなとの様子がさっきから変なんだが。なんでそんなに呼吸が荒いんだ?
そんなみなとは、間を置かずに俺に一歩迫ると、また新しい服を押し付けてきた。
「さ、次よ次! これを着てみて!」
「え……」
「いいから! 早く着るのよ!」
「は、はい……」
めちゃくちゃ無理やりなんですけど! みなとの勢いに押し込められる俺は、渋々と試着室の中に入って、脱いでまた試着する。
黒の……ノースリーブ? にミニスカート。これを着たらちょっと煽情的に見えるだろうな。
俺はカーテンを開けてみなとに感想を伺う。
「ど、どう? みな……」
「可愛いわよ! ホント!」
俺が言い終わる前に、みなとが感想を言ってきた。目をキラキラさせてこちらを見ている。いつの間にかその両手には、また別の服がしっかりと握られていた。
「さぁ次よ、次!」
「うええぇぇええ……」
……。
…………。
……という流れが五回くらい続いた。
「みなと……もういいでしょ……」
通算八着目の服を着た俺は、もう服を着ることにげんなりしていた。
もうファスナー下ろしたり、スカート脱いだりしたくない……。試着室の中もどんどん服が溜まっていく一方だし、みなとしか服の場所を知らないから、俺は戻したくても戻せない。
「ほまれ……次はこれを……」
「いい加減にしてくれ~! もう着るのはやだー!」
俺はついにこらえきれなくなって訴える。
俺はマネキン人形じゃねぇ! 一人ファッションショーなんてしたくない!
すると、みなとが慌てて言う。
「じゃ、じゃあこれで最後にするから!」
「嘘だ! 信じないぞー」
「ホントに最後だから!」
「……ホントのホントに?」
「ホントのホントのホントに」
「……わかったよ」
そう言うと、みなとの顔がパッと輝いた。そして、持っていた服を俺の目の前で掲げた。
「じゃあ、これを着て!」
目の焦点が合わずに、一瞬目の前のものが何なのか認識できなくなる。いや、もしかしたら認識したくなかったのかもしれない。
まず目に入るのは、真っ白と真っ黒という色の対比。スカートの部分に白いフリルがついていて、その上から黒い生地。前の部分には白いエプロン、その後ろから全体的に黒で統一されている……。
「ってメイド服じゃねぇか!」
なんでこんなものを持っているんだよ! ここはレディース専門店で、こんなコスプレグッズを売っている店ではない! いったいどこから持ってきた⁉
「可愛いでしょ! 絶対ほまれに似合うと思って、今日家からわざわざ持ってきたのよ!」
「まさかの私物かよ!」
こ、こんなものをみなとが持っているなんて……。全然知らなかった。もしかしてそういう趣味の人だったのか……?
「さ、ほまれ……着るのよ……メイドさんになるのよ……」
みなとがフフフと笑いながら、ジリジリとこっちに近づいてくる。俺はジリジリと壁際に追い詰められていく。
「み、みなと……」
「さあ、着るのよ!」
「め、メイド服は嫌だああぁぁああ!」
俺は逃げ場がなくなる前に逃走した。
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