第159話 開幕!東アジア選手権 その4
司と大竹さんのコンビプレイで香港のディフェンス陣は完璧にパニックに陥ってしまった。
満を持してブロックを敷いて待ち構えていたのに、司と大竹さんのたった二人で、無人の野を歩くかのごとく香港はゴール前まで侵入を許してしまったのだ。
おまけにゴールの直前、大竹さんの前には3人のDFが立ちふさがりシュートコースを防いだというのに、まるでそれを知っていたかのように、
相手DFを引き付けるだけ引き付けて、あっさりと股下をスルー。堂口君の代表初ゴールをおぜん立てしたのだ。
いいなー、堂口君。代表初ゴールおめでとう。あの、大竹さん、よかったら俺にもそういうやつしてくれませんか?
そしてそこから、日本代表の怒涛のゴールラッシュが始まった。
香港ディフェンス陣はブロックを敷いても、あんなにあっさりと崩されてしまうのならと積極的に前に出てきたのだが、そうなると必然的にスペースが開いてしまう訳で……
そんな状況をスペース大好きな翔太が、見逃すはずもなかった。
水を得た魚のように翔太は間延びした香港のディフェンス網を電光石火のドリブルで突破する。
スペースをつぶしながら2対1で対応すればどうにか翔太のドリブルを止めることは出来るのだが、このレベルのディフェンダーなら、1対1なら二人でも三人でも翔太は抜くことができる。
スピードに乗った翔太を香港ディフェンダーは捕まえることが出来ず、あっという間にキーパーとの1対1になると、難なく決めて前半8分で2-0となった。
その後も、日本が誇る中島ー南ー堂口の三銃士が香港ディフェンダー陣に襲い掛かる。
前半は司が大竹さんの横でほぼトップ下のポジションにいるため、バランスを取って俺はディフェンスラインに入る。
……正直やることがあんまりない。
時折、香港の選手が、一か八かのロングボールを蹴り込んでくるのだが岩山さんをはじめとする鉄壁のディフェンス陣が無難な対応をして香港にはほぼノーチャンス。
香港の選手には悪いのだが、クラブで練習試合をする時の関東2部リーグくらいの実力だ。
香港の選手も分かっているらしく、点を取られても攻め込んでくることは無く、この試合の目的が、負けてもいいから、いかに少ない失点で乗り切るかという気持ちが伝わってくる。
確かに香港にとっては中国との得失点差を意識する必要なあるのだろうが、さすがにそれでは、わざわざ、厳しい練習を乗り越えてここのピッチに立った甲斐が無いというものだ。
しかも監督から事前に、後半は室田さんで行くと言われているため、今日は前半でお役御免だ。
ああ、また点が入った。すると今度は堂口君からの折り返しを司が決めた。
とりあえず「代表初ゴールおめでとう」と司にお祝いに行くがなんだかあんまり嬉しそうじゃない。
いや、もう少し喜べよ、お前。
これでスコアは3-0になった。
しかも香港は相変わらずゴール前でブロックを敷いている。おいおいおいおい、勘弁してくれよ。
すると岩山さんが、「おい、神児、お前も前行っちゃよ」と。
「いいんですか?」と俺。
「いいから、いいから、代表初ゴールのチャンスだぞ」と。
そう言われてしまったら、根はフォワードの点取り屋なので、スルスルと前線に顔を出す。
森田さんからのボールを受け取ると、アタッキングサードに入っても香港ディフェンダーはプレスに掛けてこない。
えーっ、ここ、俺の射程圏内だよ。
どうやら香港ディフェンス陣はペナルティーエリアの手前に来るまでプレスに来ない感じだ。
ならば、という事で、俺はクラブでもめったにないようなゴール正面25mの距離からドフリーでシュートを放つ。
俺は思いっきり勢いをつけて、ボールの真芯を打ち抜いた。
狙い通りにボールは香港ゴールの左サイドネットに突き刺さる。
その場で膝から崩れ落ちる香港ディフェンダー。
いやいやいやいや、前に取りに来なきゃだめじゃん、そんなドフリーだったら何回だって決めれるよ、俺。
なんだか、ゴールを決めて喜ぶのも気が引けてしまう。
すると、司がトコトコと近寄って来て、「神児、代表初ゴールおめでとう」と一応祝福をしてくれたのだが、残りの選手は、我先にと香港ゴールに入ったボールを奪い取ると、すぐさまセンターサークルにセットする。
どうやらまだ点を取ってない選手達がここぞとばかりに、代表初ゴールをゲットしようと躍起になっているみたいだ。
たしかにシュートを決めた後の司の気持ちがなんとなくわかってしまった。
何というか、「これじゃない感」ってのがヒシヒシと伝わってくる。
すると、「お兄ちゃん、やったー」とスタンドの方で春樹の声が聞こえる。見ると、司の家族とうちの家族、そして遥と弥生と莉子がお揃いのサムライブルーのユニフォームを着て手を振っている。
それを見て、やっと俺は今、日本代表の舞台に立っているのだと実感した。
「おい神児、前半が終わったら、挨拶しに行ってやれよ」司にそう言われて、俺はスタンドで手を振っている春樹達に手を振った。
俺と司は結局、前半終了でお役御免。
その後も代わりに入った選手が次々と得点を決め、終わってみれば8-0の大差で勝利することが出来た。
なーんか、こういうことを言うのはアレなんですが、今日のクライマックスは試合開始直前の「君が代」を歌ったところだったような気がします。
試合が終わると、俺は観客席にいた春樹達に挨拶しに行く。
「父さん、母さん、来てくれたんだね、ありがとう」
「当たり前だろ神児。自分の息子が日の丸背負うんだ、世界中の何処でだって駆けつけるに決まってるだろ」
「ありがとう、父さん」
「初ゴール、おめでとうね、いっぱい頑張ったもんね、神児」
そういう親父とお袋の目は涙でちょっと潤んでいる。
俺も少しは親孝行ができなのかな。
「お兄ちゃーん、初ゴールおめでとう」と春樹も抱きついてくる。
見ると周りでは司をはじめとしてチームメイトの家族達が選手と話している。
すると、「んー、でも、今日の相手だったらもう2~3点くらい取れてたんじゃないの?」と意外と厳しい春樹。
確かに、もっと前半からガンガン前にオーバーラップすれば点に絡めたかもしれない。
「はい、次の試合頑張ります」
俺はそう言うと春樹を抱き上げて肩車をした。
真夏のピッチからむせかえるような芝生の匂いが俺達の周りを包み込む。
青い空と緑の芝生。
願わくば少しでも長くこの楽園のような場所があり続けられますようにと、俺はフットボールの神様にお願いした。
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