第118話 Football Dream  その1

 U-15関東1部リーグ第3節、東京ビクトリーズ対鹿島アンタレスとの試合が始まる。

 

 U-15ナショナルトレセン合宿の発表が水曜日にあり、ビクトリーズからは俺、司、翔太、大場さんの4人が選出された。


 今日の試合はその4人が揃って先発、フォーメーションはビクトリーズの代名詞である3-4-3、違いと言えば前節のSC東京戦、いまいち不発だった翔太が、左サイドに戻り、トップはポストプレイが得意な綾人さんに戻った。司と左サイドでのコンビネーションで崩していこうというのが狙いだ。


 お尻の具合も万全となり、俺は再びスタメンを勝ち取った。


「兄ちゃんがんばれー」とスタンドからは春樹の応援が聞こえる。


 客席を見ると、今日はビクトリーズでのホームゲームとあって、俺の家族に司の家族、遥に莉子に弥生にそして、優斗君と妹の陽菜ちゃんも見に来てくれている。


 実は、一昨日の金曜に、司が、「とりあえず、俺達がクラブでやっているサッカー見に来いよ」と優斗君を誘ったのだ。


 ちなみにお出迎えは司の家のアルファードが大活躍、珍しく俺は親父の運転するプリウスで多摩っ子ランドまでやって来た。


 ちなみに俺の家でも、U-15ナショナルトレセンの合宿に選ばれたというのはインパクトがでかかったみたいだ。


 これまで「試合に出るかわかんないから見に来なくていいよ」と断っていたのだが、今回は両親も春樹も俺の試合を是が非でも見たいというので車で応援に来たのだ。


 まあ、ほんと、スタメンに選ばれてよかったよかった。


 一方の鹿島は4-2-3-1、トップチームと一緒で堅守速攻の手堅いチーム、目玉はU-15代表のCBの二人。鹿島のツインタワー。


 セットプレイにはめっぽう強い御子柴さんと岩山さんだ。ぱっと見どう見ても中学生には見えない二人。そしてダブルボランチも実力者揃い。


 今回もロースコアの試合展開になりそうな予感だ。


 Jリーグ黎明期からの因縁のチーム同士、今では大きく水をあけられてしまったが、ユース年代では実はうちのチームの方が分がいいのだ。


 さあ、ジーコの遺伝子を受け継ぐ者達よ、勝者のメンタリティーとやらはどんなものなのか見せてもらおうじゃないか。

 

 試合はアンタレスからのキックオフで試合は始まった。


 するといきなり、ボランチにボールを戻してからのDFラインにキック&ラッシュ。試合開始直後のどさくさを狙って1点を取りに来た。


 やはり鹿島はやりづらい。沖田さん、為末さん、片山さんのレギュラー組のCBが強固な壁となり鹿島のオープニングシュートを防ぐ。


 見ると鹿島のCBの片割れ、岩山さんまでオーバーラップをしていた。試合開始直後の攻撃で決め切るつもりだったのだ。


 喉元にナイフをあてられてたのだと今気づく。ぞっとした。


 直後のコーナーキックには御子柴さんまで前線に上がってきた。


 カウンター狙いなんて色気を出していたら、一瞬でやられてしまう。


「全員戻れー!!」


 大場さんの掛け声でセンターサークルに張っていた翔太も急いで自軍に戻る。

 

 幸いコーナーキックの精度がいまいちだったため、どうにかタッチに逃れることが出来た。


 しかし、その後も鹿島の一方的な攻撃が続いた。開始直後のまだDF陣が混乱しているこの時間帯に1点を奪い取るつもりだ。


 勝利のためならあらゆる手段を模索するリアリストの集団、鹿島アンタレス。


 J最多の19冠は伊達では無い。そんな鹿島のチームスローガンがFootball Dream。


 他チームの人間からしてみれば、笑えない冗談だ。


 それともアレか、いつかバルセロナのようなスペクタクルなフットボールでもしたいと思っているのか?


 自分には無いものを追い求めてしまうのはいつの時代でも人の性分なのかもしれない。


 それとも俺達を欺くブラフなのだろうか。


 分かっていることはとりあえず今年も優勝戦線に踏みとどまっているという事だ。


 前の世界の勘定で言うと、Jリーグが開幕してから29年、一度も降格したことが無いだけでも立派なのに、毎年のように優勝争いに絡むこのチームは一体何なのだ。


 確かに他のチームからしてみれば、Football Dreamを体現しているクラブと言っても過言ではない。


 すると、鹿島の攻撃が一瞬静まったスキを狙い、司が前線に張っていた翔太に縦一発を狙ってみた。。


 ……が、それも十分織り込み済みだと言った感じで大岩さんが無難にクリアする。


 鹿島の試合開始直後からの激しいプレスはまだ終わらない。


 凌いで、凌いで、凌ぎ切った前半13分、足が止まったアンタレスイレブンの一瞬のスキをついて、俺はオーバーラップを試みる。


 すると、待ってましたとばかりに、俺の鼻先に大場さんからのスルーパス。


 真ん中にはツインタワーがどっかりと待ち構えている。


 上等だ、そのツインタワーとやらがどのくらいなのか、俺はU-15のCBの実力を確かめるべく一気に縦に抜ける。


 しかし、鹿島のツインタワーは、慌てることなく、ラインを保ちながら前からの戻りを待っている。


 中さえ守っていれば、いくら外を崩されてもかまわないという事か!


 ならば、その自信満々の高さというものがどの程度のものなのか、俺はゴールライン際から、現在猛特訓中の左足でのクロスをゴール前に供給する。


 ゴール前には我慢に我慢を重ねていた綾人さんが、ツインタワーの高さに挑む。


 しかし、CB二人の高さと強さは予想以上で、綾人さんの頭一つ分以上の余裕をもってあっさりクリア。しかもクリア先を狙い定めて戻って来たアンタレス選手の足元に。


 こりゃ、悪いけれど、俺のクロスとうちのフォワードの高さだったら、ゴール割るまで100年以上かかりそうだ。ハーランドでも来てくれないかな?


 逆サイドの司も渋い顔をしている。


 試合当初の鹿島の鬼プレスも緩まってくると、いつものように司が中盤に顔を出して数的優位を作り出し、ビクトリーズのポゼッションを高めていく。


 中盤を崩しいいところまで行くのだが、最後のツインタワーのところでうちの攻撃も止まってしまう。


 翔太も1対1で果敢に挑むのだが、翔太と鹿島のツインタワーではまさに大人と子供。体格差がありすぎる。やはりこの年代での飛び級の難しさを痛感する。


 俺も一発目のセンターリングでツインタワーの高さを嫌って程分かったので、その後はグラウンダーでクロスを上げるが、運よくシュートまで持ち込んでも、でかい体でシュートコースに体を投げ出してくる。

 

 ボールに対する恐怖感は全く感じられない。味方だったらこれほど心強いことは無い。


 その証拠に、アンタレスの攻撃陣は、失敗しても後ろが何とかしてくれるだろうと、のびのびと思い切った攻撃を仕掛けてくる。


 すると、前半38分、足が止まって来たビクトリーズのDFラインの裏を狙って御子柴さんからの縦パスが入れられた。


 前に張っていた司の裏のスペースを狙われてしまったのだ。


 急いで戻った司は、敵のフォワードの足を引っかけてしまった。ゴール前30mでのフリーキックを献上してしまった。


 すまなさそうにDF陣に頭を下げる司。


 沖田さんをはじめDF陣は、今のは仕方ない、いい判断だったと司の戦略的ともいえるファールをかばう。


 すると、待ってましたとばかりに、鹿島のツインタワーがゴール前にやって来た。


 キッカーは最初のコーナーキックを蹴ったFWの選手。失敗は二度としないといった強固な意志が感じられる。


 ツインタワーには大場さんと沖田さんが付く。


「神児は左サイドバックの選手な」と沖田さん。ビクトリーズの選手がマンツーマンでディフェンスに付く。


 互いのマークを確認したところで、フリーキックが蹴られた。


 レフティーの選手がインスイングで蹴って来る。ゴールに向かって曲がってくるボールは処置を一瞬でも間違えてしまうとそのままゴールに入ってしまう。


 俺は自分のマークをした選手に体を寄せる。


 鹿島の選手が蹴ったボールに対し、全員がジャンプする……が、頭一つ、岩山さんが飛び出ると、コースが変わるか変わらないかのギリギリの薄さでボールに触れると、キーパーの怜哉さんの手をすり抜けてゴールに吸い込まれていった。


 東京ビクトリーズVS鹿島アンタレスは前半38分、DFの岩山さんのヘディングで1-0となった。

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