第86話 U-14 その4

「おーい、生きてるかー神児」と司。


「お前、ちょっと、お前、人使い荒すぎ」


「まあ、口ごたえできるんならまだ大丈夫だろう」と司。



 とりあえず、今回のミニゲーム、前半を0-0で折り返すことが出来た。


「うーん」そういいながら腕を組む翔太。


「どうした、翔太」と健斗。


「納得いかなーい」


「何が?」


「絶対抜けると思ったのに」とほっぺたを膨らましている翔太。「いままでだったら、絶対に抜けてたのに」とちょっとプリプリしている。


 おかげさまで翔太とのデュエル5回、どうにかぶち抜かれることは阻止することが出来た。


 もっとも、ボールを取ることもできず、タッチラインに逃げるか、翔太があきらめてボールを戻すかのどちらかだったが。


 ってか、それよりも司のサイドチェンジがえぐ過ぎだ。


 司にパスが入ると、テメーではほとんど仕掛けずに、ちょっとでも隙があったらすぐに俺にサイドチェンジをしてくる。


 どういうことだ。殺す気か!!


 

 俺だけならまだしも、俺に付き合っている相手の左サイドの涼ちゃん、完璧に伸びちゃってるぞ、オイ!!


「いやー、意外とタフだな、お前」と他人事のように司。まあ他人事なんですけれどね。



「何考えてるんだ、お前」


「いや、お前が追いつけなくなったら、こっちから仕掛けようと思ってたんだけれど、全部ちゃんと回収してるじゃねーか俺のサイドチェンジ。優秀、優秀」


 そう言いながらうんうんと一人で頷いている司。


 試合前、ちょっとでも司と一緒に試合できることに楽しみにしてた俺が馬鹿だった。


 このままだったら後半殺されるぞ、俺。間違いなくゲーム中、心拍は200を超えていた手ごたえがある。


「まあ、お前のおかげで、翔太も涼も足止まったじゃん。お手柄お手柄」と司。


「それが狙いだったのか、お前」そう言うと俺は目をパチクリ。


「いや、タマタマ」そう言ってへらへら笑う司。ガッテム!!


「ってか、よく走るなー、神児」と監督。「復帰一戦目からフルスロットルじゃねーか」


 監督にそう言われるとかなりうれしい。


「まあ、死なない程度にがんばれ」そう言うとさっさとレギュラー組の方に行ってしまった。


 どうやら後半に向けて作戦を立て直すみたいだ。なんかさみしい。

 


 水分補給も済んで一休み。すると司がやって来て、


「後半は俺がゲームを組み立てるから、お前はバランスとって下がり目のポジションな。少し休んでおけ」と暖かい上司の言葉が。


「するってーと、あれやるの?司」


「ああ、ちょっと試しにな。どのくらい上手くいくか分からんが、フォロー頼むわ」と司。


「おっけーでーす」と俺。


 司はその後、ボランチの石崎君や長野君、DFの今ちゃん、近藤君、中田君にあれこれ話す。どうやら例の作戦の確認らしい。


 3トップの高橋君と阿部ちゃんと西村もうんうん頷いている。さて、上手くいきますやら?



「おーい、始めるぞー」と監督の掛け声で後半が始まった。


 後半返しのキックオフは俺たちのチームから。

 

 キーパーまで一旦ボールを戻して、DFラインを経由してから司の足元に入った。


 一瞬、キックフェイントを仕掛けると、それに反応するレギュラー組右サイドバックの小坂君。まだサイドチェンジか?と思わせたところで、一気に縦に抜ける司。

 

 今日初めての仕掛けに、一瞬周りがどよめいた。一体何を仕掛けてくる気だ。


 全員が疑心暗鬼に落ちる中、司はサイドバックとしてセオリー通りに縦に突破して、ライン際から正確無比なクロスを左足で上げる。


 ボール1個分の隙間を通して阿部ちゃんの頭にドンピシャ。


 阿部ちゃんは思いっきりボールを叩きつけるも、南君のナイスセーブによって、コーナーキックになった。キッカーはもちろん司。


 

 俺も前に行った方がいいのかなーと思ったら、司が後ろに下がってろと目で合図。了解しました。ご主人様。


 俺はセンターサークル内で味方ボールを待ち構えている翔太に付く。途端にげんなりした顔の翔太。


「神児君いるんだったらカウンター決まんないじゃーん」とぶつぶつ。


 どうやら今日一日で俺のしつこいディフェンスが相当嫌いになったみたいだ。


 

 さて、司はどう蹴るのかと思ったら、セオリー通り、左足のアウトスイングで正確無比なカーブをかけて、また阿部ちゃんの頭にドンピシャに合わせる。


 健斗の必死のクリアによってどうにか競り勝つが、また、ボールを俺たちが回収する。


 いつもなら、レギュラー組とサブ組で試合をすると、大差はつかないまでも大体1~2点差でサブ組が負けると相場が決まっているのに、なんと今日は、後半のこの時間までがっぷり四つの0-0。


 ポゼッションに関しても、いつもは良くて6-4、悪いと7-3くらいになるのに、今日は5-5くらいに落ち着いている。


 なんかいつもと勝手が違うなとレギュラー組のみんなと監督。



 まあ、種を明かせば、司が内に切れ込んで、いたるところで数的有利を作り出しているのだ。いわゆるポジショナルプレーって奴だ。もっともそこまで本格的ではないのだが……


 

 そして司の空けた穴は俺達DF陣がスライドさせて4バックで守っている。


 おまけにレギュラー組があまりサイドチェンジをしないことをこれ幸いに、実は俺も自分のサイドを開け気味にして結構内側まで絞り込んでいるのだ。


 その分、翔太が大外でフリーになっているが、司がボールに絡んでいると、そう簡単にはボールを奪えないのはレギュラー組も知っている。

 

 そうこうしているうちに、絶妙のバランスで後半、時間が刻一刻と過ぎ去っている。


 このままで行けば、勝てはしなくても引き分けにはなりそうだ。レギュラー組と引分けるだなんて一体いつ以来の事だろう。


 すると、司が縦に抜けて相変わらず正確無比なクロスをゴール前に入れてくる。


 セオリー通りのクロスなのだが、適度なカーブとその精度がレギュラー組には脅威になっている。


 

 おまけに阿部ちゃんは、サブ組とはいえ、U-14の中では一番の長身。このままだったら、いつゴールを割られても不思議ではないとレギュラー組は思っているに違いない。


 もっともそれは、翔太と対峙しているサブ組にも言えるのだが……


 すると、いつの間にか後半のアディショナルタイム。

 


 司は今日何度目かの縦への突破を試みる。するとしびれを切らせた小坂くんが司の縦を止めに掛かる。そう何回も縦の突破を許していてはレギュラー組のサイドバックの名折れというものだ。


 その直後、「馬鹿、戻れ!!」と健斗の怒声。そして、「司は右利きだぞ!!」その瞬間の小坂君の「しまった」という顔。


 司は縦の突破と見せかけて、翔太お得意のダブルタッチで内に切れ込む。


 そして、そこは、ペナルティーエリア左45度のデル・ピエーロゾーン。


 司は伝家の宝刀を抜くと右足を振り抜いた。直後「神児、詰めろー」と怒声を発する。

 


 さすがチームメイト、そして、司に何度も煮え湯を飲まされてた者同士、自分のポジションを捨てて司のシュートコースに体を投げ出す三岳健斗とゴール右上の1点に狙いを定めポジションを変えた南くん。


 健斗のつま先がかすかにボールに触れると、そのシュートをギリギリのところでブロックする。


 すると、ゴールに詰めていた俺の目の前に弾いたボールがコロコロと……


 年に一回あるか無いかの願っても無いシチュエーション。

 

 俺は渾身の力を込めて左足を振りぬいた。


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