第63話 シャカリキ!!ペダル その2

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 というわけで、おせちを食べた後、俺たちは司の親父さんの秘密基地……もといプレハブ小屋にお邪魔することになった。


 プレハブの中に入って一目でハンガーみたいにぶら下げられている自転車に目が行った。


「すごーい」と遥。


「かっこいいー」と莉子。


「あ、これ、かわいいー」と弥生。


 いつになっても若いおなごさんから褒められるってのは人としてうれしいみたいだ。


 すっかりヤニ下がった顔をする司のとーちゃん。


 自転車を見ると、ハンドルが、その下の方にぐーっと曲がっている。


「えーっとコレってケイリンって奴ですか?」と俺。


「いやー、違う違う、これはロード、競輪はピスト」


「ピスト??ロード???」首をかしげるみんな。でもこれ、競輪場で見るアレだよね。



 するとおじさんは写真集を持ち出して、「変速機があるのがロード、ほらこれこれ」そういってカラフルなジャージを着た選手が連なって山を登っている。


「で、バンクを走るのがピスト」そういって、競輪場の中を走る筋骨隆々の写真を見せる。


「まあ、ロード市街地を走るマラソンで、ピストは競技場の中を走る100m走って感じかな?」


「なーるほどー」と皆さん。


「じゃあ、おじさんは、その、ロードってのをやってるんですか?」と弥生。


「うん、そうなんだ。おじさん、こういった自転車を乗ってあちこちサイクリングに行ってんだよ」


「へー、いつも、どこ行ってるんですか?」


「ん??いつもは八王子かな」


「………………ちかばじゃん」とぼそっと言う司。


「……ってか、うちの市内じゃん」と莉子。


 でも、それ以上は気まずいので誰も何も言わない。

 


「で、どれです?新しく買った自転車って」


 俺はさっさと話題を変える。こういうところが出世する秘訣なんだよね。


「あ、ああー、これだよこれ」そういって、天井から大事そうに吊るされている自転車を指さす。


 よっぽど大事なのか、ちゃんと布まで被せてある。


 すると、おじさんは大事そうに布を外すと、「ほら」と自慢げに俺たちに見せびらかせる。


 赤いフレームに跳ね馬のマーク。さすがにこれは俺でも知っている。でも、それよりも前に、司が、


「フェラーリー!?!?」と聞いてきた。


「おお、よく知ってんじゃん」とおじさん。


 さすがにこのマークは俺だって知っている。でも、フェラーリーって自動車のメーカーだよな。


「フェラーリーって自転車も出してるんですか?」と遥。


「ああ、これはコルナゴっていうイタリアの自転車メーカーとフェラーリーがコラボした自転車なんだよ」と鼻高々。


「へー、」と莉子が、


「かっこいいー」と弥生が、


「で、いくらすんのよ」と司のかーちゃんが……アレッ?



 すると、リビングに残って後片付けをすると言っていた司の母ちゃんが、いつの間にかそこにいた。


「あ、あの、その、美穂子さん」口をパクパクするとーちゃん。


 へー司のかーちゃんの名前美穂子ってんだ。初めて知った。


「で、いくらしたんですか、おとうさん」ヤバイ、目ん玉が真っ黒だ、いやですよ、正月早々修羅場を見せられるの。



 もう逃げられないと悟ったのか、司のとーちゃんは申し訳なさそうに指を2本上げ、可愛らしくVサインをする。


「こんだけ」


「に、二十万円!!!」最初に驚いたのは遥。


 きっと遥は近所のホームセンターで売っている自転車しか知らないのであろう。


 しかし、我々は直後、衝撃的な言葉を耳にする。



「ケタガヒトツウエ」司のとーちゃんはそれはそれは申し訳なさそうに言った。


 ケタガヒトツウエ、ケタガヒトツウエ。俺たちは何かの呪文かと思い口の中で唱え続ける。


 ケタガヒトツウエ、けたがひとつうえ、桁が一つ上………ええええええええー。



「あなたー!!!!!!」


 俺は今まで司のかーちゃんってのは美人で上品で料理が上手で、ああ、できればうちのかーちゃんと週3くらいで交換してくれないかなーなんて思ってたけれど………


 こんなおっかない人だとは思いませんでした。



「ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ」


 大の大人が土下座するとこ初めて見た。


 あー、これは修羅場だ、間違いなく修羅場ですね。


 ドン引きの司に遥に莉子に弥生。


「そりゃ、そうよねー」と妙に納得する遥。


 人は予想外のことに出くわすと意外と冷静です。


「これ、200万円ですか?」と指さす莉子。


「はい。でも聞いてください。消費税は込みです」とパパ。


「そんなの関係ありません!!今すぐコレ返してきなさい!!」と小学生がお母さんに怒られた時によく出て来るワードを突き付けられるパパ。


 まあ、小学生よりもたち悪いよな。コレ。


「そんな、お店に行って返しますっていって返せるわけないじゃないかー」とパパ。


「じゃあ、帰って来るまでおうちに入れさせません」とママ。


 おおっふ、まさか離婚の現場に立ち会うことになるのですか?


「だって、お正月はお店やってないもーん」とパパ。


「ぐぬぬぬぬぬ」とここまで歯ぎしりが聞こえそうですね。


 それをチャンスと見たのかお父さん、


「でもね、でもね、ほら、これ見て見てよ」となにやら、ポケットからiphoneを取り出して、ポチポチ……ってアイフォン!!!えっ、もうこの時期にスマホって発売してたんだっけ!!!


 ちょっとびっくりしながら、おじさんのiPhoneを覗き込むと…………2,300,000の文字が…………って230万円!!!


「あら、やだ、値上がりしてるじゃん」と遥。


 途端におやっと顔をする司のかーちゃん。


「これ、これ、もってるだけで資産だから。投機にもなるし、銀行に預けているよりもいいんだよー」とパパ。


「……そ、そうなの」とママ。


「絶対乗らない、絶対乗らない、大切にしまっておくからー」


 ここがチャンスとばかりに、一気に押し切ろうとするとーちゃん。ガンバレ。正月早々一家崩壊の現場なんざ立ち会いたくないぞ。


「ほ、ほんとなのね」急にテンションが下がってきた司の母ちゃん。きっと頭の中でソロバンでもはじいているのだろう。


「値上がりしたら、もっと値上がりしたら、ちゃんと売りますから、そしたら家族で旅行に行こう」そういって再び土下座するとーちゃん。


 ふと司を見ると、なにやってんだか……と言った顔。


「まったくもう、しょうがないわねー」と、まんざらでもない顔をして、お父ちゃんの秘密基地もといプレハブ小屋から出ていった司のかーちゃん。


 とりあえず、嵐は過ぎ去りました。



 いやー、正月早々スリリングなものを見させていただきありがとうございました。


 ふぅーとため息をつき額の汗をぬぐう司のとーちゃん。とりあえず一家離散の危機は去ったみたいだ。


 そして、おもむろに、「ゴメンね、僕のフェラーリーちゃん、驚かしてゴメンね」そういって跳ね馬のエンブレムに頬ずりするおっさん。


 その姿をドン引きしながら見ている俺達。


 おかあさん、この人絶対にコレ売らないですよ。



 とまあ、そんなこんながありまして、


「じゃあ、司、試しにコレ、ちょっと跨ってみ?」とおじさんは1台の白い自転車をハンガーから下ろした。


 見ると、フレームにCAAD9の文字が……「かーど?」と俺。


 すると、おじさん「これ、キャードっていうんだ。別名、カーボンキラー。コスパ最強のアルミレーサー。最後のメイドインUSA」


 と胸を張って紹介してきた。


 うーん、ゴメンなさい。よくわかんない。


「これ、いくらするんですか?」と遥。


「これはたったの20万円」そういってVサインをするおじさん。


「たったの20万ってねー」そう言って頬を引きつらせる弥生。


「でもね、これ、倍の値段するカーボンの自転車なんかよりも全然性能がいいんだぞー」と……自転車の性能っていったいなんなんだ???


「さかのぼる事、2004年のジロ・デ・イタリア、CAAD8駆るダミアーノ•クネゴが並み居る強豪を押しのけて、アルプスの山々を駆け登り、唯一アルミのCAAD8でカーボン勢を一蹴した、あの……」


「あ、ゴメン、親父、ちょっといいかな」


 司、ナイスプレー。


「これどうやんの?」とブレーキを横に動かす。


「ああ、これ、司、走ってないときにシフトチェンジしちゃだめだって!!!」



 おじさんはそれから、その自転車を、機械に固定する。


「それ、なんですか?」と俺。


「ああ、コレ、固定ローラー台ってんだ。司、じゃあ、乗ってみなさい」といって、ローラー台に固定した自転車に司が跨った。


 あらやだ、なんか、かっこいい。


 馬子にも衣裳とはこのことだ。しかも壁にでっかい鏡があって、司も自分の姿にまんざらではない。


「うわー、かっこいいじゃん」と莉子。


「うんうん、似合ってる似合ってる」と弥生も。


「うーん、サドルをちょっと上げてー、ステムはこのままでいいかな?あー、角度がちょっと甘いかなー」と何やらぶつぶつと呪文を唱えると、ドライバーみたいな変な棒を使ってその自転車を調整する。


「ホイ、どうよ、こんなもんで」といっちょ上がりって感じで司に言う。


「あ、ああ」どうよと言われても、こんな競技用の自転車なんか乗ったことがない司。


 そうとしかいいような無いだろう。


「じゃあ、これで、ペダルを回してみて」ととーちゃん。


 すると、司はペダルをくるくると回す。


「おー、上手上手」とみんなでパチパチ手を叩く。


「じゃあ、司、あとでお父さんとちょっと走ってみるか?」ととーちゃんが言うと、


「あのー……」と司が何か言いたそう。


「ん、どした?」と聞くとーちゃん。


 すると、司が「あの……アソコが痛い……」と。


 なーるほど、確かにそのサドル堅そうだ。


「ああ、オッケーオッケー、後でパッドの入った自転車用のレーサーパンツ貸してやるから、それ履いとけ」と。


「自転車用のパンツ」


「まあ、そう言うのがあるんだよ」


「へー……」


 するってーと、司が、「あのさー、神児も乗らせてみていいかな?」……と。

 

 おや、なんですと?

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