第61話 ドクターXの検診
「いやー、ホント危なかったわねーマリナーズ戦」と遥。
「苦手なのは知ってたけれど、危うく優勝取りこぼすところだった」と俺。
「まあ、誰かさんが試合に出れなくなったせいなんですけれどね」と虎太郎。
「ゴメンねー」と遠くの方で司の声。
「ってか、ロスタイムの翔太のゴールが無かったら、マジヤバかったじゃん」と涼が。
「いやー、ほら、僕、いちおーエースだし」とはにかむ翔太。
「まあ、あんなことにならなけりゃ、もっと簡単に優勝できたんだけれどねー」と俺。
「ゴメンねー」とさらに遠くほうで司の声が……
今日は、川崎フリッパーズとの試合が終わって10日後、そして、最終戦のマリナーズ戦が終わって3日後の水曜日の午後。
今年度のU-13関東1部リーグで優勝し、その優勝トロフィーがクラブに届き、選手と関係者を集めての記念撮影を行う日だった。
俺は関係者としては微妙な立場なんだけれど、莉子や弥生や遥も記念撮影に写るのだからまあいいかと思ってやってきた。
それに、司の母ちゃんが、全員を車で送ってくれるって言うんで、それに甘えさせてもらったわけだ。
で、最終戦どうなったかと言いますと、マリナーズと引き分けました。しかも後半のアディショナルタイムまで0-1で負けてての、最後の最後で翔太が決めて勝ち点1をゲット。
川崎さんは柏にしっかりと勝ち切って、最終的には勝ち点1差、首の皮1枚で優勝することが出来ました。あぶねー。
司が試合に出れなかったけれど、正直ここ最近の試合では一番手こずった試合だった。
しかし、最後の最後で翔太が決めてくれて、どうにか自力で優勝を決めることが出来たのだ。
やっぱ、ここ一番で決めてくれるってのが頼れるエースって奴だよね。
で、なんで、司が最終戦に出られなかったかというと、あの後大変だったんですよ。
10日前、俺たちはフリッパーズに逆転勝ちして意気揚々と、多摩っ子ランド天然芝サッカー場から車で帰ったんだ。
司の母ちゃんの運転するアルファードでね。そしたら、八王子に入ったくらいのところで、司がシクシクと泣き始めてさ。
ああ、試合ではあんなに図太い態度をとっていても、今日の試合を思い出して、感動でもしてるのかなーと思って。
「司、よくやったなー。お前は俺たちの誇りだよ」とかなんとか、俺もかっこいい事を言ったりしてさ。
遥も、「何、神児、くさいこと言ってるのよ」とか笑われちゃってさ。
車の中の空気はなんかいい感じだったんだよ。司の一言が出るまでは。
そしたら、司の奴、なんて言ったと思う。
今思い出しても背筋がぞっとする。
司の奴、「おひざが痛い」と言ってしくしく泣いてやがんの。
「ひ、ひ、ひ、ひざだぁー!!!!!」
俺は腰を抜かしそうになった。
「膝って、膝かぁー!!」と俺。
「あんた、何言ってんのよ」と冷静な遥。
司の母ちゃんはすぐにハザード付けて路肩に寄せた。
俺は司の膝を見ると、両ひざともパンパンに腫れてやがる。
「な、な、な、なんじゃーこりゃー!!!!」
司と俺のこれまでの苦労が走馬灯のように浮かぶ。
ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ。
「司ちゃん、大丈夫?お膝、大丈夫なの!!!」とパニくる母ちゃん。
「おひざが痛ーい」と泣きじゃくる司。
阿鼻叫喚の車内。
というわけで、すぐになじみの整形外科にGO!!
休みの日だというのに、服部先生が見れくれまして、まあ、自宅が一緒なんですけれどね。
で、レントゲンやらなんやら取ったら、服部先生がものすごく深刻そうな顔で……
「司君の両ひざには水が溜まってます」と、
「……………水ですか?」と母ちゃん、
「水って、あの水?」
「はい」と先生。
「あの、おじいちゃんとか、おばあちゃんがなる、膝に水が溜まるってやつ?」
「はい」
「このおデブちゃんが?」と診察台の上でメソメソ泣いている司を指さす。
「そうです」と。それから、「司君、最近、なんか激しい運動してませんでしたか?」と質問してきた。
「えーっと、今しがた、川崎フリッパーズと試合してきました」と俺。
その途端、とんでもなく険しい目になる服部先生。
「そういや、ビクトリーズのユニフォーム来てますよね、司君」
「はい、先日ジュニアユースに入団しまして……」とお母さま。
「ビクトリーズのジュニアユースー!!!」途端に驚く服部先生。
「私、司君に、お宅の中学くらいの緩い部活サッカーだったらいいですけれど、そんな激しいJのクラブのサッカーのしかも試合に出ていいだなんて言ってませんよ!!」と、服部先生。
「だって、サッカーしていいって……」メソメソ言いながら司は言う。
「いや、だって、この体形でJのジュニアユースなんて想像つかないでしょ、普通」
まあ、ごもっともで。
そこで、ゴホンと先生は咳をついてから、
「まあ、今回の原因は、重すぎる体重で激しい運動をやりすぎたせいですね。」とその場で診断結果を言ってくれた。
「あのー、靭帯とかお皿とか」司の母ちゃんが心配そうな顔で聞く。
「レントゲンで見ましたけれど、そっちの方は大丈夫です。オスグットの方も順調ですよ」と先生。
「あっ、どうもありがとうございます」と母ちゃん。
まあ、あんだけ激しい動きしたからなー。こいつ。
「で、うちの司、どうすればいいですか?もしかしてこれから手術とか?」と心配そうに母ちゃん。
たしかに車を降りてここに来るまで病院の車いすを借りたくらいだから、どうするんだ。俺も心配になって来た。
「あー、手術とかはしないですけれど、膝に水が溜まってて、腫れてるから、水を抜いて消炎剤を注射します」と先生。
注射と聞いた瞬間、ビクリッとした。司。
ってかそれより……「先生、膝の水ってどうやって抜くんですか?」と聞いたところ、先生は丁寧に、この注射で水を抜きます。
といって、今まで見たことのないようなでっかい注射を見せてくれた。
うわっ、すっごい……太いです。
その注射を見た瞬間、顔を青ざめガタガタと震え始める司。
「えーっと、水を抜いたら?」と俺。
「今日は歩いて帰ってください」とそっけない塩対応。
「歩けるんですか?」
「はい、普通に歩けますよ」
「痛くないんですか?」
「まあ注射した時は、痛いかな」
既に先生は針の先を消毒して、やる気満々状態。
せっかくの休みを邪魔されて、ちょっと機嫌が悪そうだ。しかも言いつけ守らなかったわけだし。
「えっ!?えっ!?えっ!?」既に涙目の司。
「あー、暴れると膝の神経傷つけちゃうかもしれないんで、ちょっと押さえててもらいませんか?」と先生。
まあ、普通なら看護師さんにお願いするんだけれど、今日は休診でいないしなー。
すると、「じゃあ、私も手伝います」とそう言って司の両足をぐいっと押さえつける遥。「たいへんねー、司ー、お注射いたそうよー」となぜかとってもうれしそう。
「で、どうするんですか?」と聞くと、先生が、「膝のお皿の下のくぼみに針を刺しますので、君も太ももと脛を押さえてくれないかな?」
「だってさ、司」俺がそう言った途端、目から涙がドバっと噴き出す司。
うわー、痛そうだなー。でも、まあ、俺が注射されるわけじゃなし……そう思うと、俺は決心し、「了解です」といって司のむちむちの太ももを押さえる。
すると、遥は、つるつるの脛を押さえる。
「じゃあ、私は隣の待合室で、待ってます」と薄情な司の母ちゃん。きっと司と一緒で注射が苦手なんだろう。
「じゃあ、いっかなー、司君」
「ヤダヤダヤダヤダ」
「あきらめろ、司」と俺。
「男なんでしょ、ガマンなさい」と遥。
「じゃあ、ちょっとチクッとするねー」と先生が。
「お注射イヤー!!!!」と司の悲鳴が。
直後、チクッどころかブスッという音が聞こえると、
「お注射、やー!!!」という司の絶叫が診察室の中に響いた。
ってか、膝に水が溜まるって…………まあ、何も言うまい。
というわけで、先生から、サッカーやるなら10キロ減量、試合に出るなら15キロ減量しないとだめですとドクターストップがかかってしまったおデブちゃん。
最終戦はもちろんスタンド観戦で、今は、ピッチの外周をトコトコトコトコ速足で歩いている。
なんか、ダイエットには速足が一番いいんだって、武井壮が言ってたよ。
「ってか、ジュニアユースの選手が太り過ぎで膝に水が溜まるなんざ、聞いたことがねーぞ!!」とあきれる健斗。
「ゴメンネー」
「でも、僕、司君のお腹すきなんだけれどなー」と残念そうな翔太。
「ゴメンネー」
ちなみに、俺たちは今、ピッチの真ん中にいすを並べたり、飾りを付けたりして写真撮影の準備をしている。
そして司はコーチから、そんな暇あったら、ピッチの周りを歩いてろと言われてしまい、首にタオルを巻いて両手にペットボトルを持って、腕を振り振り歩いてる。
もうあれだ、お前は、日曜日の午前中に公園にいる、ダイエット中のOLか。
「ゴメンネー」
司はチームメイトに謝りすぎで、ここ最近は何を言われても「ゴメンネー」としか返さない。
「で、奴、体重落ちてるの?」と聞く遥。
「さぁ」と首をかしげる俺。
まあ、今回の事で、俺も膝だけはしっかり完治させなければと堅く心に誓った。
すると、司の声がした。
「ゴメンネー」
https://kakuyomu.jp/users/t-aizawa1971/news/16817330663855466188
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