第40話 この夏でいちばん長い日 その1

 今日は8月31日、夏休み最後の一日、そしてこの夏、俺たちのいちばん長い日となった。


 午前10時、八王子総合グランド正面玄関前にサックスブルーとブラックで彩られたバスが止まった。


 中には、この夏、全国を制覇した川崎フリッパーズジュニアの選手がいる。

 そしてもちろん未来の日本代表の4人もいた。



 停車したバスからこの夏の王者たちが下りてくる。


 前の世界では俺たちがその席に座っていたことを考えると皮肉な話だ。


 俺たちは川崎の選手を歓迎するために、全員が八王子SCのホームユニフォームであるスカーレットレッドのユニフォームを着て整列している。


 そしてその中には、東京ビクトリーズの選手も多数混じっている。



「のこのことやって来やがったな、フリッパーズめ」と虎太郎が、


「飛んで火にいる夏の虫とはこのことですね、健斗君」と拓郎が、


「目にもの見せてくれるわ」と健斗が、


 なんか完璧に悪役の体(てい)になっているぞ、お前ら。大丈夫か?

 そもそも今日は、練習試合なんだからな勘違いすんなよな。 



 しかも、ビビッて試合に出ないと言っていた、陸と拓郎と大輔も、

「えっ、ビクトリーズの選手が、助っ人で入ってくれるの?だったら俺も試合に出る出る」と変わり身の早さを見せつけ、みんなをあきれさせていた。



 すると、しっかりと整列してあいさつをしてくる川崎フリッパーズの選手のみんな。


「今日は試合を引き受けてくださり、本当にありがとうございます。」と挨拶する。


 あれ、これって、どっからどう見ても、俺たちの方が悪役じゃん??


 そして、これ、チームからの差し入れです。といって、台車でアクエリアスのペットボトルと、段ボールに入ったドールのバナナとパイナップルを持ってきてくれた。


 なんか、わざわざすみませんねー。



「えっ、これ、くれんの?」と順平が、


「バナナとパイナップルも?」と大輔が、


「アクエリアスもらってもいいの?」と拓郎が、


「ああ、うちのチームのスポンサーさんからいつもたくさんもらってるんですよ。バナナとか消化にいいし、よかったら、みなさんで分けてください」とフリッパーズの監督の鬼本さんがそう言った。



 聡明な読者の皆様にはお気付かと思われますが、実はフリッパーズジュニアの監督さん、のちのJリーグの名将の鬼本さんです。


 この時期、ジュニアの監督をしてました。おっどろいたなぁー。


 ところで、J1連覇おめでとうございます。


 ってか、就任5年で8冠って結構エグイですね。今日はほんとにお手柔らかにお願いしますよ。


「なんか、この人達、いい人そうだね」と真人が、


「みんな、挨拶しっかりしてるし」と大輔が、


「アクエリアス大好き」と拓郎が、



 あっさりと、差し入れにつられる八王子SCのみんな。手のひら返すの早すぎるぞお前ら。


 見ると、台車に荷物を載せてテキパキと動いている川崎フリッパーズの皆様。


「おい、お前らも手伝いなさい」と横森監督が支持を出す。


「ナンカ、ホントニ、スミマセンネー」とクライマーコーチも鬼本監督に頭を下げている。


 そんな和気あいあいな雰囲気で、練習試合が始まりました。


 気温もいい感じに上がってきた、午前10時30分、いよいよ今年度の夏の王者川崎フリッパーズと八王子SCとの試合が始まった。


 もっとも、実際のところは八王子SCと東京ビクトリーズの合同チームなのだが、そこは内緒という事で……


 一応、11人以上両チームとも集まったという事で、最初は11人制で始めることになった。


 八王子SCは3-4-1-2で、DFは真ん中に健斗、その両脇に武ちゃんと近藤君、ボランチにビクトリーズの山田君という選手と遥、両サイドバックは右が俺で左が司、トップ下に翔太、FWは虎太郎と陸がすることとなった。ちなみにGKは順平です。


 対する川崎フリッパーズは、4-4-2、右のCBに板谷君、インサイドハーフに三芳君、トップの二人が三苫君と田中君。あとはなんかすごそうな人達ばっか。


 そして、交代ゾーンにずらーっと両チームのメンバーがいる。

 ルールとしては、交代回数も人数もお好きなだけ。


 という8人制のルールを踏襲している。


 つまり、お前ら、好きなだけ、サッカーしてこいというルールです。


 では、フリッパーズからのキックオフで試合開始。


 俺の対面には、三苫君。すると、俺の裏のスペースにいきなりボールが投げ込まれた。


 十分わかっていたこととはいえ、スイッチの入った三苫君が裏のスペースに突っ込んできた。


「神児、デュエール!!」司の声が聞こえる。


 この夏、散々翔太と1対1をやったんだ、そう簡単には抜かれはしない。


 なぜなら俺は主人公!!


 そんな俺の願いはむなしく、一気に三苫君にぶち抜かれる俺。


 えっ、主人公補正ってこのお話にはないんですか!?!?!?


「てめー、なにやってんだー、神児ー」と健斗からの罵声を浴びせられる。


 いや、いや、いや、ちょっと待って、ちょっと待って、ビデオで見てたのとは全然違うのよ。


 トップスピードの伸びが……そりゃ、翔太と散々やりましたけれど、あいつはギュン、ギュン、ギューンって感じで0から100の加速がえげつないんだけれど、三苫君は、スッコーンと言った感じで、トップスピードは明らかにこっちの方が速い。


「てめー、少しは、仕事しろー!!」とありがたいお言葉をいただきながら必死に三笘君を追いかける。


 ああ、オリンピックのメキシコ人とか最終予選のオーストラリア人とかこんな気持ちになったんだね。


 と、思う前に、最終ラインの近藤君の前で、必殺のシュートフェイントを、一発、二発、三発と、かましたところで、ファーサイドにシュート。


 ゴラッソー!!!


 開始20秒で点を取られてしまいました。テヘペロ。


 健斗と司が地獄のような顔で俺のことを睨む。


 はい、今の失点は私のせいです。


 俺はいたたまれずに、目を逸らすと、そこには、三苫君のあまりの衝撃に、口をあんぐりと開けて、大好きなアクエリアスをどばどばと口からこぼしている拓郎がいた。


 そういや、お前、この後、俺の代わりに入るんだよな。右サイドバックに………変わるか、あんっ?

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