第20話 ウォーターボーイズ&ガールズ その1

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「なぁ、神児、太陽がいっぱいだ」

 司はそう言うと、水色のゴーグルを外し、太陽をまぶしそうに見る。


「そりゃ、よござんしたね」俺は答える。


「ああ、プール開きには最高だな」


 司はそう言うと、浮き輪の穴に、ケツを突っ込み、ゆらゆらと流れるプールに漂っている。


「まったく、人の気も知らないで」


 俺はそうつぶやくと、司の横で青いイルカに掴まりながら深いため息をついた。


「そういや、今日の深夜、ユーロがやるな。お前、明日早起きして俺んちで見ないか?」


「…………考えとく」


 真っ青な空と白い雲、梅雨の晴れ間は珍しく2日間続いた。


 ちなみに今日は2008年6月29日の日曜日。まあ、昨日の試合から1日が経ったというわけだ。


 俺達はお疲れ様会を兼て、チームのみんなと、本日プール開きをした八王子市営プールに来ている。


 えっ?なんで、お疲れ様会なんかやってるんだって?


 そりゃ、昨日の試合負けたからに決まってんだろ!!


「なあ、ちょっと、神児、見てみろ」


 司の指さした先には、遥がいた。


「スクール水着もいいけれど、ああいうヒラヒラしたワンピースも似合うよなー遥」


 司はそう言って鼻の下を伸ばす。


「そりゃー、よござんしたね」


 それじゃあ、昨日のいきさつをざっと話していくよ。


 昨日の試合、司は点を決めた直後に、そのままベンチに下がっていった。


 その時点で、俺たちみんなの集中力はぷっつりと切れた。


 司のために勝とう、ではなく、司に無理強いしてケガさせちゃったの後悔の方が大きかったからだ。


 ビクトリーズのメンバーも、目の前であんなスーパープレイをした直後の怪我だったので集中力を欠いたみたいだ。


 その後はお互い、気の抜けたコーラのようなプレイになり、結局試合は4-3のままビクトリーズが勝利した。


 優勝カップを手にした健斗の顔が気まずそうだったのは、印象的だった。


 俺たちは急いで処置室に向かうと、そこには…………美人の看護婦さんに太ももを治療されてデレデレしている司がいた。


 とりあえず、怪我の状況を聞くと、心配していた膝ではなく、その上の内転筋を痛めたみたいだ。


 太ももの内側に湿布を貼られ、気持ちよさそうに喘いでいる司を見て、殴りたくなったのは俺だけでは無いはずだ。


 幸い大事には至らなかったということで、その日は俺たちと一緒にバスで家に帰った。


 そして俺は今日の朝、早起きして司の家に行き、怪我の具合を聞きに行ったら、司の奴はもうケロッとしていて、今日のお疲れ様会にも参加すると言ってきたのだ。


 ああ、心配して損した。


 と、まぁ、こんな感じです。



「そういや神児ー」と、のんびりと初夏のプールを満喫している司。

 

 その浮き輪、ひっくり返してやろうか……と思ったその時、「お前は、足、大丈夫だったか?」司が聞いてきた。


「へっ!?俺の足!?」


「ああ、実は昨日、シュートを決めたじゃん」


「ああ、」


「あの時、思った以上に力が出たんだよ」


「力がねー?」そう言いながら、俺は水の中で左足を振る。


「お前はそうじゃなかったか?神児?」


「ん、俺?」


「ああ、お前の左足のシュート。小学生の頃あんなに強くお前蹴れてたか?」

 司にそう言われて、はたと気が付いた。


「そういや、そうだな」


 確か小学生の時には、いくらボール強く蹴ってもあんなにえげつなく曲がったことなんか無かった。


「俺の、あのシュートってさ、左足を思いっきり踏み込んで、腰の回転で打つわけよ」と司は言った。


 ああ、知ってる。中坊の時お前に教えてもらって、散々練習したけれど、結局お前みたいに蹴れなかったからな。


「まあ、ちゃんと、アップしてなかったせいもあるんだけれど、俺の思っていた以上に膝や腰に負荷がかかったんだよ。あん時」


 司はそう言うと、痛めた左足で水面をぱちゃぱちゃする。


「おい、左足、大丈夫なんだよな」


「ああ、膝は特に痛めてないし、違えた筋も一晩寝たら、痛まなくなってた。でも、急激に力を入れたらわかんない」


 うん、わかるわかる、内転筋とかハムストリング痛めた時ってそうだよな。


 普通に生活している分には全然痛くないんだけれど、ここぞという時ビキッときて、そのまま動かなくなる。アレ怖いんだよ。


「俺、昨日の夜いろいろ考えてさ」そう言いながら司は両足で水面をぱちゃぱちゃ。


「何を?」


「俺たち、頭の中はこの世界に来る前のこと全部覚えているだろ」


「ああ、もちろんだよ。そんな二日程度で忘れるわけないだろ」


「ってことは、脳みその中は26歳の元フットボーラーと、ユースのコーチなんだよ」


「まあ、そうだな」そこで俺はハタっとひらめき「あれだろ、体は子供、頭脳は大人ってやつだな」


「ちゃかすなよ、神児」


「わりい、」


 時に、悪乗りしてしまうのは俺の悪い癖だ。昨日の司を試合に出した件もそうだし……


「つまり、サッカーの知識もそうだけれど、それ以上に体の使い方なんかも、大人の記憶のままでプレーしてるんだよ。」


「そう言うもんかねー」


「お前、昨日、右足でリフティングした?」


 俺は司からの宿題を思い出した。まぁ、家帰って暇だったからちょっとやってみたんだけれどね。


「ああ、やった」


「で、どうだった?」


「普通にできた」


 そこで、ふと、司は俺の顔を見る。


「お前、小六の時、右足でリフティング、ちゃんとできたか?」


「…………あっ!!」


「だろ、おまえ、右足のリフティングそんなに得意じゃなかったもんな」


 確かに、八王子SCでは俺がいた頃には既に、リフティングを練習としてはあまりやっていなかった。時折、レクリエーション的な感じでやってたくらいで。


「ってことは、体の使い方も、小六のお前じゃなくて、26歳の一昨日までJリーガーだった鳴瀬神児の記憶でやってるんだよ」


「たしかにな…………って、それって、もしかして、軽自動車の車体にスーパーカーのエンジンを積んでるようなことか?」


 すると、司は「うーん」と言ってしばらく考え込んでしまった。


 そして、「いや、どちらかと言ったら、電子回路が入れ替わってるって言った方が……」


「なんじゃ、そりゃ……」


「ああ、分かりづらくてゴメン。いや、俺が以前、車壊したことあるだろ。」


「ああ、」そういや、確か、去年こいつ車を壊したっけな。まあ、事故ってわけじゃないけど、すごい落ち込んでいたのを覚えている。


「あれさ、俺の車に、パワーリミットを外す電子回路をいれちまったんだよ」


「パワーリミットを外す回路?」俺は聞き直した。


「ああ、俺の乗ってた車、親父のおさがりだろ」


「ああ、確か、ゴルフ乗ってたよな」


「うん、ドイツとかの外車って、エンジンのパワーをわざとセーブする電子回路が組み込まれてるんだよ」


「へー、そうなんだ。初耳。でも、なんか、もったいないじゃん」


「ああ、まあ、あちらの車はエンジンとかを余裕をもって作ってるんだって。例えば100馬力出すために100%の力ではなく80%の力で出せるようにさ」


「ああ、なんとなく、分かる。その方がエンジンの寿命長くなりそうだもんな」


「で、俺が買った回路ってのは……」


「なるほど、エンジンの力を100%出せるようになる回路ってわけだ」


「ああ……」

 そういうと、司はため息をつく。


「でも、パワーが100%出るからと言って、そんなすぐにエンジンって壊れるのか?」


「いや、エンジンは壊れなかったんだけれど、エンジンの100%のパワーを受け止められなくって、ミッションがぶっ飛んだ」


「ああー…………」なるほど、合点が言った。


「つまりあれだ、俺たちは今までの経験と知識で100%の力を出すことが出来るけれど、まだ、それに体が付いてこれないってわけだ」


「ああ、そういうわけ。昨日みたいに夢中になって、本気でプレーをすると、あっさり、ポンって」そう言って司は手をグーからパッと開く。


「今まで以上に、パンクしやすくなる体ってわけか。お互い」


「ああ、もしかしたら、昨日は運が良かっただけかもな。勘弁だぜ、おんなじリハビリを2回もするのは」


 そういって、司はこめかみに手を当てため息をついた。


 俺だって全力で遠慮する。あのきっついリハビリ生活をもう一回やり直せなんて言われたら……


 どこの世界に、同じ失敗繰り返すために人生をやり直す奴がいるのだろうか。


 でも、あやうく昨日の試合、そうなってしまったかも知れなかったのだ。


 思わず、背筋がゾッとする。


「ラッキーだったのかもしれない」


「ああ、そうかもしれないな」


 俺たちはそう言うと、またしばらくの間ゆらゆらと流れるプールに身を委ねていく。

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