第3話 親友 北里司

 

「鳴瀬神児君の輝かしい未来に向けてカンパーイ!!」


 同僚のコーチがジョッキを掲げて乾杯の音頭を取った。


 そこかしこから、「おめでとう」、「頑張ったね」の声がかけられる。


 ここは、地元のなじみの居酒屋「はちろく」。


 店主が熱狂的なサポーターでよくうちのチーム関係者がひいきにしている。


 シーズンの途中と、コロナ渦の影響で、今日は身内だけでひっそりと俺の引退を労う飲み会が開かれた。


「コーチ、ナイスシュート、見直したぞ!!」


 そういって、ずうずうしく俺の隣に座って肩をバンバン叩いてくる洋平。

 おい、お前、何時から俺の身内になったんだ……。


 すると……「OHシンジ、最後の試合で点を取るだなんて、やっぱりユーは持ってるよー」


 そう言って、顔をほころばせて我が子のように喜ぶクライマーコーチ。

 俺の小学校の時代のコーチだ。今日は俺の引退試合と聞いて、わざわざ見に来てくれたのだ。


「しかし、コーチ、シュートはよかったけれど、最後のディフェンスはいただけないねー、試合終了のホイッスルまで気を抜くなってコーチがいつも言ってんだぞ!」

 そう言って俺の目の前に置かれている鶏のから揚げをパクつく洋平。

 おい、お前。もちろんこの会の会費払ってんだろうな!!


 もっとも、洋平の言うことはごもっともで、現役最後のシュートは見事に敵のゴールに突き刺さった。

 が、その後がよくなかった。


 久しぶりのフルパワーでのキックのせいで膝は吹っ飛ばなかったが、その後、左足のしびれが取れず、次のプレイであっさりと1対1を抜かれ、失点の原因となってしまった。


 結局スコアは4-1、得点差は変わらず3点差のまま試合終了となったのだ。


 結局俺の体はもう、プロでの激しいプレイにはついていけないという事が証明されたってわけだ。


 俺は目の前に置かれたビールのジョッキをあおる。


 キンキンに冷えたビールが喉を通り過ぎ、頭の中がジーンとしびれてきた。


 やっぱり生ビールはうまい。


 プロフットボーラーとしてシーズン中、アルコールは一滴も取らないと決めていた。


 しかも、今回は、今日の引退試合に向けてシーズンオフも禁酒していた。およそ、1年ぶりのビール。体全体に染み渡っていく。


 すると、「5.0」とぶっきらぼうな声が聞こえた。


 振り返ってみると、さっきまで洋平のいた席に北里司(きたさと つかさ)が座っていた。

「お、おう」ととりあえず司に返事をする。


 見ると洋平は、焼きそばの置いてある隣のテーブルに出張っている。俺よりも俺の引退祝いの会を堪能している。


「今日の試合は5.0だ。わかってるんだろうな、神児」


「あ、ああ」そう言って親友の顔を見ると、喜ぶでも悲しむでもない、いつもの仏頂面でそう言った。


「そもそも、お前、DFとして試合に出されて、なんだ、最後のあの守備は!!」


「ゴメン、司」


「せめて抜かれた後も、相手のユニフォームくらい掴めただろ。別にカードもらったって、次の試合は無いんだから」


「ああ、そうだな……」


 でも、正直言うと、一対一で抜かれた後、反転することすらできなかったんだ。たった一本のシュートで立っていることがやっとだった。


 俺はうつむいたまま空になったジョッキを見続ける。


 最後の試合、言い訳だけは言いたくなかったんだ。


 そしたら…………


「それでも…………それでも、ナイスシュートだったぞ、神児」

 司はそう言った。


「プロ入り、初ゴールおめでとう、神児」


 司はそう言って、俺の空になったビールジョッキに乾杯をしてくれたんだ。


 

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