第15話 夜中の校舎の骨董市(ホラーですが……)
高校二年生の夏休み。
翔子(しょうこ)は、SNSのメール・アプリに届いた宣伝広告を、友達の涼音(すずね)に転送した。
翔子「【なつかしの骨董市】って案内が入っていたのだけど、見て」
涼音「夜中の十時に学校の食堂でなんて、いたずらじゃない。だいたい、女子高校生に骨董市なんて」
翔子「たしかにね。でも、学校の七不思議みたい。真夜中の食堂で食事する幽霊とかじゃないの、行ってみない」
涼音「こわいよ 」
翔子「大丈夫だよ、学校だし。一応、他の友達にも転送しとくから」
涼音「わかった」
夜の十時前、翔子はボブカットの短い髪に、短パンにタンクトップといった、ボーイッシュで涼しげな服装で学校の門の前で待っている。
そこに、翔子とは対照的な、長い黒髪にフレアスカートの質素な装いの涼音が、息をきらして駆けてきた。
「ごめんね翔子、遅くなって……私達二人だけ? 」
「うん、他の二人は既読になっているけど、返事もないし来ないのでしょ」
少しさみしげに話す翔子は、今年の春に転校してきたばかり。
まだ友達が少なく、クラスは違うが、涼音が一番の話し相手だった。
涼音はそのことを察して
「まあ、夜中だしね。そうそう来られないでしょう。私達、二人でいいじゃない」
翔子は、笑顔を作って頷いた。
涼音は学校では目立たない生徒だった。
翔子とは違うクラスで、体育を休んだとき、たまたま涼音も見学していて話す機会があり、メール交換などをはじめた。
学校では時々すれ違う程度でほとんど会うこともないが、メールを通じて、お互いの悩みなど忌憚なく話せる相手で、今回のように、放課後や休みの日に、二人だけで時々会っている。
◇
夜の学校……
闇の中に佇む校舎は、なぜか全体に靄がかかり、虫の音すらせず、あまりにも静かだった。
正門は閉まっているが、通用門の鍵はかかってなく、翔子と涼音は中に入り、食堂のある校舎に向かうと、そこだけ明かりが灯っている。
「ねえ、やめない。やっぱり変だよ」
涼音が翔子の腕にしがみつきながら言うと。
「せっかくだし、行ってみようよ」
好奇心旺盛の翔子は、腰の引けた涼音を引っ張るように校舎に入り、明かりの灯った食堂に向かうと、入口の前に小さな立て看板がある
【なつかしの骨董市 会場】
翔子と涼音は恐る恐るとびらを開けて、覗くように中を見る。
食堂の机の上に品物が載せてあるが、だれもいないようだ。そのまま中に入ると、後ろから
「いらっしゃいませ! 」
急に後ろから声を掛けられ、翔子は驚いて振り返ると、祭りで着るような法被姿の猫耳の少女が立っていた。
「化け猫! 」
頭に猫耳を付けた容姿に、思わず翔子が叫ぶと
「化け猫はないです。ごらんのとおり人間です、一応店員ですニャ」
なぜか語尾にニャをつける猫耳の少女は、胸に大きな小判のペンダント、腰には大福帳をさげている。
招き猫みたいな少女は、やさしく微笑み、翔子は落ち着けた。
「びっくりしたー! でもこんな夜更けに。あなた小学生でしょ、他に店員さんいないの」
「もう一人いますけど、今コンビニに夜食を買いに行っているのです。ちなみに、私は小学生ではないですニャ」
少しふくれ面になる猫娘に
「そっ、そうですか。それは、ごめんなさい」
「ところで、案内状はおもちですか。というか、店に入ってこられたこと自体、案内状はお持ちでしょうけど、一応」
「はい、メールに案内が入ってたので」
スマホに送られた広告を見せると猫娘は納得し、再び笑顔になると
「最近買ったスマホで案内を出してみたのです。既読になっていたので大丈夫と思いましたか、届いたか心配でした。、それでは、ごゆっくり見てくださいニャ」
「でも、こんな夜更けに。ちょっと怪しくない」
「訝られるのも無理はないです。ちゃんと許可はとっています、昼間は学校があるので、許可がおりないのですニャ」
「………許可」
なぜ、夜ならよくて、昼に許可がおりないのか。そもそもなぜ、学校で骨董市を開くのか、ツッコミどころ満載だが、そこはおいおい聞こうと思い、とりあえず品物を見ることにした。
置いてあるものは、雑貨、衣類、おもちゃ、飾りの置物などだが、骨董市というより、リサイクルショップといった感じで、自分が子供のころに使っていた特に古いものでもない。
しかし、翔子はその品物に興味惹かれていた
「見て涼音! これ、私が小さいころ買ってもらった魔女っ娘のなりきりセットだ。それに、朝顔の柄の浴衣、これも小さいころ着てたもの。涼音の方は、なにかあった」
「そうね、私の物はないなー。案内状は翔子にきたものだしね」
涼音はつまらなさそうに言って、ぶらぶらと品物の間を一人で歩いていた。
◇
一方、翔子には懐かしいものばかりで、夢中で手に取り、見て回っている。
さらには、ガラクタとしか言いようのない、おもちゃが無造作に詰まった箱がある。
「これ、私の使っていたおもちゃ箱だ」 よく見るとひらがなで『しょうこ』と書かれている
「これって……わたしのおもちゃ箱、そのもの! 」
信じられない…といった翔子は、どうして入手したのかを聞いたが、わからないらしい。
ちなみに、売り物というので、ためしに翔子は値段を聞いてみた。
猫娘は大福帳をめくり、箱の番号札と照合すると
「このおもちゃ箱は………中身を含めて四十万円ですニャ」
「よっ……四十万円! 」
いったい何を言っているのかと翔子は思った。
こんな、ボロボロのおもちゃ箱、しかも中はガラクタばかりで、プレミアのつくような物は全くない。
「まあ、みなさん驚かれますニャ」
猫娘は平然とした表情で、本気で売る気もないように思える。
「それより、こんな夜更けの骨董市なんて、なんか怪しげな物を売っているのじゃない。願いを叶えてくれるけど、使い方をまちがえると不幸になったり、何か対価を差し出さないといけないとか」
翔子はどこかで聞いたような物語を思い出している。
「そんな物はないです、ご心配ご無用ですニャ」
そのとき……
トントントン!
入口の扉をノックする音がする。
翔子は猫娘の方を見ると、猫娘はなぜか、扉を見たまま反応しない
「どうしたの猫娘さん。お客さんだよ」
「そうですが、お姉さん以外に、案内状は送っていないのですが……」
「それなら、多分私の友達だよ。案内状の広告を転送したの」
「転送……?」
さらに、猫娘は納得いかない表情で
「それで、どうなりました」
翔子は猫娘に自分のスマホを見せて
「ほら、二人が既読になっているでしよ。私の送った案内を見て、来たと思うわ」
「………」
猫娘の顔が青ざめていく。
「そのメール・アプリは、特別の通信で、絶対に転送できないように設定されていますニャ。それが、簡単に転送され、しかも既読になっているということは……」
翔子も、不安になってきた。
「それなら、私の送った友達ではないってこと」
猫娘は頷いたあと、つぶやくように
「いったいだれが、見たのか……」
トントントン!
再び、扉をノックする音。
猫娘は恐る恐る扉の前にたち
「……どちらさまでしょう」
すると、とびらの外からか、か細い声で
「ここは……なつかしの…こっとういち…でしょうか」
翔子は猫娘の後ろに、隠れるように屈んでいる。猫娘も怯えた声で
「はい、そうですニャ……案内状はおもちですか」
少し開いていた扉の隙間からスマホを持った手がでてきた。
その手は、あまりに細く白い。猫娘はそばに行ってみると、確かに骨董市の案内が映っている。送信元は翔子になっていた。
「わかりました、それなら、お入りください」
………
しかし、なかなか入ってこない
「どうしたのですニャ」
「……すみません、入れないのです」
猫娘と、翔子は息をのんだ。
「……どうしてですニャ。扉は簡単にあくはずです、さっきもこのお客さんは自分で入ってこられました」
「わかりません、どうしてでしょう。すみませんが、開けてください」
猫娘が翔子に振り返ると、真っ青な顔で(ダメ!)と、おもいっきり首を横に振る。
「お願いです! 入れてください!」
「ええ…ちょっとお待ちください」
躊躇していると、扉の外の声が急に大きくなる
「まだですか、どうして入れてくれないの! 入れてください! ほしいものがあるのです」
「………」
猫娘は震えて答えられない。
「お願い部屋に入れて! 扉をあけて! さむいよ!」
真夏の夜、寒いはずはない。
さむい。さむい。さむい。さむい。さむい。さむい。さむい。さむい。さむい。さむい。さむい。さむい。さむい。さむい。さむい。さむい。さむい。さむい。さむい。さむい。さむい。さむい。さむい。さむい。さむい。さむい。さむい。さむい!さむい!さむい!
鼓膜に突き刺さるような、甲高い悲鳴のような声。合わせて、ガラス戸が、ガタガタと鳴り始め、翔子や猫娘は、震えながら耳を押さえていた。
「……猫娘さん……なにこれ、やばいのじゃない! 怪しい物は置いてないのでしょ」
「色々と来歴のある物はありますが、ここはアマテラス様のご加護ある神域、妖が勝手に入ることはできないニャ」
「ねえ、なにがほしいのか聞いてみたら。それを渡して帰ってもらおうよ」
猫娘はうなずくと、戸口に向かって
「なにか、ほしいものがあるのかニャ! 」
すると、急にしずかになり、しばらくして
「……顔」
猫娘と翔子はゾクッとした
「か…顔って……そんなものないニャ」
「ないなんて、ことない。あいつ、私の顔を取った」
「顔を取ったって、どういうこと……もしかして、首を」
「そう、あいつが、私の首をとった! 」
扉の外の声は、怒りに満ちた声になる。猫娘は冷静に
「あいつって……だれですニャ」
「そこにいるでしょ! 髪の短い女子高生! 」
翔子は震え上がった
「私が! 」
その刹那!
「ギギャーーー!」
扉の外で悲鳴が聞こえる。それは、獣を縊るような、おどろおどろしい断末魔に背すじが凍る。
そのあと静かになり、扉が突然開いて、何者かが入ってきた
翔子と猫娘は頭を抱えてうずくまる……が、なにも起こらない。
恐る恐る振り向いて見上げると、扉に立っているのは
「豚男! 」
コンビニ袋を手に下げ、もう片方の手には布のような、何かの塊を掴んでいる。
猫娘は、胸をなでおろし
「……大丈夫、この男は店員。さっき、近くのコンビニに夜食を買いに行ってもらったニャ」
豚男は何ごともない表情で、いつもの無愛想で不機嫌そうな豚面だが、今の猫娘と翔子には救世主か白馬の王子様のように思えて、羨望の眼差しで見つめている。
その豚男が手に持っているのは……首のとれた人形。
豚男は買い物袋をおくと、なぜか、あの翔子のおもちゃ箱の中を、引っ掻き回して、何かを取り出した。
それを人形の首の部分に無造作に突き刺す。
「顔って……人形の……」
翔子はその人形に見覚えがある
「これは、私が小さいころに買ってもらった人形……そういえば、この人形、古臭いし、首をとって壊れたといって、ウソ泣きして、新しいリカちゃん人形を買ってもらったの」
猫娘はあきれて
「そんなことするからだニャ 」
「だって……そのときは、出たばかりのリカちゃん人形がほしかったし」
翔子は申し訳なさそうに言う。
その後、一息ついた翔子と猫娘は
「さて、この人形、どうするニャ」
「また、数十万円とか言うのでしょ、どうせ買えないし。外から来たから売り物じゃないでしょ、持って帰って捨ててよ」
「また、そんなことを言う……あっ、番号札がありますニャ」
猫娘は人形の背中にある番号札と、大福帳を照合すると、猫娘はニンマリと笑い
「この人形、大福帳に載っています! しかも、値段は0円! 」
「0円って! ただってこと。そんなに価値のないものなの」
猫娘は翔子に大福帳をみせると
「とある少女の誕生日に買ってもらい、少女に尽くそうと喜んでいたものの。その日の夜、少女に首を引きちぎられた、あまりにも可哀想な呪われた人形」と、確かに人形のことが書かれ、値段は0円。
「無料です、どうぞ、お持ち帰りくださいニャ」
翔子は慌てて
「ええー! なんか、私が鬼か悪魔みたいな書かれようじゃない。いりません」
「それはないでしょ、この人形は、お姉さんに会いたくて首がないにもかかわらず、健気にも高天ケ原から艱難辛苦を乗り越えてきたのです。持って帰らないと可哀想です、祟られますニャ! 」
大仰に言う猫娘に
「会いたいというより、恨みを晴らしたいのでしょ……怖いよ! 今はお店の物でしょ、どこかで供養してください」
「私は関係ないです、自分で供養してくださいニャ」
腫れ物を相手になすりつける翔子と猫娘、そのとき突然、豚男が
「ブブブー!」
あわてて叫ぶような豚男の声を聞いた猫娘は
「ええ、コンビニに財布忘れた! 骨董市が終わってからにしてニャ、今はここにいて! 」
猫娘が言うと翔子も豚男の腕を握っている
「ブヒ、ブヒ!」
焦る豚男に翔子が
「この人なんて言ってるの」
「今月の給料が入ってるので、なくすと嫁さんに叱られるって」
呆れた翔子だが、豚男の焦る気持ちもわかる。
「ブヒー! 」
「すぐ帰るからって……待ってニャ! 豚男がいないと怖いニャ」
あせっている豚男は、猫娘を振り切るように出て行った。
翔子も豚男について出て行こうとしたが、店番をしなければいけない猫娘は翔子の手をつかみ、涙目で
「豚男が戻るまで、かえらないでニャ」
さすがに、涙をためる猫娘に翔子も気の毒になった……というか
「じゃあ、人形なんとかしてくれる」
「うん……アマテラス様にたのむ……また借金増えるけど」
翔子はちょっと可哀想な気もして
「わかった、一緒にいてあげる」
静かになった店内で翔子と猫娘は寄り添うようにして、ただひたすら、豚男の帰りを待っていた。
時間を刻む時計の音だけが単調に響いている他は、全く音のない冷たい部屋。
人形の表情は怒って自分達を睨んでいるようで、見ないようにしている。
あまりに静かで不気味なので、翔子は何か話しをしようと
「でも、どうしてこんな深夜にお店を出してるの」
すると猫娘は、寂しい表情で
「ノルマが増えたニャ」
「ノルマ……があるの」
猫娘はこくりと頷くと
「アマテラス様、最近変なのです。売り上げを気にされて。それで、残業しているのです。私たちは目立てないので、怖いけど仕方なく夜の学校や、廃ビルとかでも営業しているのですニャ」
「そう、それは大変ね」
相槌をうつ翔子だが、正直なところ人ごとで早く帰りたかった。
すると、猫娘は思いついたように。
「ところで気になってたのですけど、ご来店されたとき、お姉さんはだれかと話していたようですが、だれですかニャ」
「涼音だよ……そういえば涼音は! 」すっかり忘れていた。
しかし、まわりをみてもだれもいない
「涼音はどこ? 帰ったの」
猫娘は呆れた表情で
「涼音さん?……最初から、お姉さん一人ですよ。だれかと話しているようなので、危ない人だと思っていたのですけど……そもそもお姉さんにしか、案内は送っていないし」
絶句した翔子に、猫娘が
「ちなみに、涼音さんて友達ですか」
「ええ、違うクラスの友達だけど」
猫娘は少し考えたあと
「まさかと思いますが……」
猫娘は、骨董市の売り物でもある、この学校の古い卒業アルバムを持ってきて、とあるクラスの頁をひらいた。
そのクラスの集合写真の上に黒枠の顔写真がある。
写真の生徒の名前は……
[ 桔梗 涼音 ]
猫娘は神妙な表情で
「この学校に交通事故で亡くなった女生徒がいたと聞いたので。まさかと思ったのですニャ」
翔子は焦るように
「だって、さっきまで一緒にいたし、メールも! 」
改めてSNSのメールをみると、自分から涼音に送信しているが、既読になっていない。それに、涼音からの返信は消えている……というか、もともと無かったのか。
「でも、確かに一緒にいたし。メールもしてたし……」
納得いかない翔子に猫娘は
「翔子さん自身が作り出した妄想かもしれません。霊魂や妖はここに入れないですニャ」
「でも、これまで学校や放課後に会っていたし……」
涼音の存在はあまりに実体感がある。
ただ、思い返せば、涼音とは二人でしか会ったことがなく、学校や友達で涼音の話しが出たことはない。
次第に記憶が曖昧になっていく、やはり自分が作り出した妄想なのだろうか。翔子はわからなくなってきた。
猫娘は、さらに気になることがあった
「ところで、既読になったのは二人と言われましたよね」
「えっ……ええ」翔子も血の気が引いてきた。
「一人は、先程の人形だとして……もう一人は……」
猫娘も、真っ青な顔でうなずいた。
そのとき……
トントントン
再び戸をノックする音。
猫娘と翔子は、顔を見合わせ、寄り添って動けない。
豚男はなかなか帰ってこない
トントントン
しつこく鳴るノックの音
翔子に促され、恐る恐る猫娘が
「どちら…さまですか」
すると、扉のそとから今にも消え入りそうな、か細い声で
― 涼音です ―
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