ぼくのもの
@wizard-T
ぼくのもの
「本当によろしいのですか?」
私は別に気にしない。
大荷物を自ら持ち込み、新居のドアを開ける。
築二十年とか言う割にはずいぶんと建て付けが良く、部屋もきれいだった。
使われてないですのでと言う大家さんの言葉もそこそこに、私は荷物を置く。
一応2LDKだが、正直この部屋ですることは少ない。
それこそ風呂飯寝るであり、あとはゲームをする事だけである。
ブラック企業勤めのつもりもない。一応九時から五~六時まで勤務してさっと帰って行くだけの普通のサラリーマンでしかない。
単に恋愛するぐらいならゲームでもしていた方がいいからだ。
「いったいスマホにいくら注ぎ込んでるのよ」
職場でそう言われる事は珍しくない。
結論から言えばゼロだ。
私は中古ゲーム屋に通ってはレトロゲームソフトを買い漁り、それを勤務後や休日にやりまくる。平たく言えば元ゲーム少年であり、そのなれの果てみたいなもんだ。
そんな私はゲーム代を稼ぐためにそれなりに必死に働き、二十年前にここにいた家族が自殺した部屋を平気で選ぶ。
当時隣室の清水さんとか言う住人にひどく迷惑をかけたとからしいが、そんなのはこの際関係ない。
ああ、最近また新しいレトロゲームを勝った。通販もいいが、店に行くのもいい。十年二十年どころか昭和時代のそれまであり、まさしく骨董品を掴んでいるような気持ちだ。
それである月曜日、残業代稼ぎに勤しんだ私は午後9時になりようやく帰宅した。
「ただいまー」
いつも通り誰も返す声のない扉を開け、部屋に戻る。
とりあえずサラリーマンからただの独身男に戻り、適当に着替えて汗を流す。
だが今日は少し激務過ぎたせいか眠い。浴槽に浸かっていると眠くなる。
そりゃ眠るのは大事だが、それでもやはりゲームをしたい。
私は入浴もそこそこに体を拭いてパジャマを見にまとい、昨日買ったばかりのゲームソフトを手に取り、カートリッジをきれいにしてゲーム機に差し込み、ほぼそのためにしか使っていないテレビにつなぐ。
まあ、名前を聞けば誰でも知っているようなゲームの、昔私が遊ばなかった方のバージョン。
100円で買えたのは、カートリッジに名前が書いてあるからだろう。
おお、これだ。全く変わらない音楽、全く変わらないビジュアル。
ハードの進化に伴いキャラのビジュアルは変わっているが、それでも私にはこのビジュアルが愛おしかった。データはないらしい。
えっと、自分の名前を……ああ、眠い。
愛おしいビジュアルと耳慣れたサウンドが子守唄になってしまった訳でもあるまいが、瞼が一挙に重くなる。ああもう、これからだと言うのに……!
結局、私がまともにコントローラーを握れたのは、それから七時間後の事だった。
詰まる所、午前四時。
まったく、それだけの間我ながらよくもまあ座ったまんまぐっすりと眠れたもんだ。ああ、時間が惜しい、体が痛い。
とりあえずいったん電源を切らないとと思ってゲーム機のスイッチを切ろうとすると、二人目のボスを倒したと言うメッセージが出ていた。
主人公の名前は「やすゆき」。
キャラのニックネームは「たーくん」「ノック」「ばくろ」「トーン」。
まったく私のセンスではない。少なくともアラサー男の付けるようなそれじゃない。まるで小学生だ。
私が寝起きの頭を抱えたままとりあえず止めようと思っていると、いつの間にかゲーム画面が真っ黒になっていた。ゲーム機の電源も切れていた。
まあいいかと思いながらアダプターも外し、朝飯を作りながら顔も洗い、右手に仕事用のカバン、左手に今日の分のゴミを持って家を出た。
「あら事故物件の人」
そんな私に声をかけて来るのは、いわゆる世話焼きおばさんとでも言うべき一階の奥さんだ。
「そこ何があったか御存じないの」
「ああ、一家心中とかって」
「そうなのよ。正確に言えば無理心中でね、そこの家の奥さんが隣の家の人とトラブル起こして離婚だって言われてカッとなってねえ」
「存じてますけど」
事前に聞いてましたからと私は流す。
そこの家の旦那さんが私と同じような平々凡々を好むたちだったのに上昇・倹約志向の強い奥様と衝突し、それで隣人トラブルを起こした、と。
まあ、子ども共々可哀そうなお話だ。私にはそれしか言えない。
とにかくゴミを出して仕事に向かい、定時上がりで帰って来ると、そのおばさんにまた声をかけられた。
「あなた、独り身?」
私がそうですけどと言いながらうなずくと、おばさんはそっぽを向きながら無言で去った。何だろうと思いながら部屋に入ると、映っていたテレビがいきなり止まった。
よくわからないままゲーム機を点けるが、ゲームはいつの間にか中盤近くまで進んでいた。
そして、他のゲームを選ぼうとしてもなぜか動かなくなっていた。
あわててスイッチを切りカートリッジを取り換えようとするが、なぜか動かない、
何者かによって固く押さえつけられている感じだ。
しょうがないので再び点けてやると、コントローラーが勝手に跳ね出した。
十字キーもボタンも自由気ままに動き出し、そのまま勝手に進めて行く。
私が頭をすっきりさせるために風呂に入って出て来ると、やはりコントローラーは動いていた。
画面では5人目のボスとの戦いが始まっている。
カーソルは動き、勝手に選択している。明らかに、有効とは思えないワザを。
「ああ違うよ、そこは……」
つい声を上げてしまった途端、画面が止まった。
何事かと思う間もなく、私の腰に打撃が来た。
腰に当たったのは、もう一本のコントローラー。
まるで邪魔するなと言わんばかりの一撃。
私が口をつぐむと、画面は再び動き始めた。
そしてそのままかなり苦労して(って言うかはた目から見てレベルが5ぐらい足りない)撃破した時には、コントローラーが激しく跳ね上がっていた。
うれしくて、うれしくてたまらないと言わんばかりに。
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