第28話

 St3の方を見ると、浮き輪に旗が掲げられたものや、大きめのボードが何艘か投げ入れられている。あれに向かって泳げば助かるかもしれない。みんなを早く飛び込ませて、私もそうしなければ。


 誰も残っていない廊下をひたすら走り、あの継ぎ目のない壁の前にようやく立った。見定めた場所に両手をついて力いっぱい押すと、音もなく開いた。真っ暗な中、奥の扉のキーボードだけが光っていた。腕の暗証番号を先に覚え、何かにつまづきながらやっとキーボードの前に立ち、数字を打ち込んだ。ドアがスライドして開き、中に入ると言われた通りすぐ右手に大きな赤いレバーがあったので、力いっぱい下に倒した。するとガタンと言う音と共に、監視室の電気がいっせいについた。


 その制御室の中にガスと書かれたスイッチが、ずらりと各ステーションの設計図どおりに並んであった。そのスイッチを押すと毒ガスがでるのだろうか。簡単に触れないようにカバーがついている。St3だけでなく、St2やSt1の私の部屋番号にもスイッチがあった。ということはここに住んでいる誰もがみな、等しく簡単に殺される可能性があるのだ。この部屋に入れる者によって。

「他の誰かにとって安全ではない世界は、誰にとっても安全ではないのよ。」

ククの声が頭に響いた。


 たぶんその人間の部屋だろう、St1の他のどの部屋より広い部屋だけ、そのスイッチがなかった。私はその部屋のところをカバーの上から人指し指で押さえてみた。あの人がここに住んでいるのだ。気を取り直して、私は全ステーションにつながるマイクを探し、電源を入れた。左袖をまくり、制御室の小さな窓から入る光に腕をかざした。そこで何かに気づく。窓から見えるあの柱がはるかに大きくなっている。はじめは自分の目を疑ったが、あきらかに私がさっきほんの少し前に見た大きさより、倍ほどにふくらんでいる。ぐずぐずしていては、あっという間にあれにのみこまれてしまうだろう。マイクのところに急いで戻り、左袖をまくり、大きく息を吸って吐いた。

「センターより伝令、センターより伝令。皆、今すぐ救命ベストを着て、海に飛び込みSt3のボートまで避難せよ。今すぐ避難せよ。避難誘導せよ。タフチ、リコ、ハヤテ…」


 協力者に呼びかけている時、急にマイクの音声が途切れた。振り返るとクオクが立っていて、マイクのスイッチを切っていた。

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