第16話

 私は茫然としてしまい、クオクに助けを求めるように視線を合わせた。クオクはキャンパスに歩み寄り、じっと私の絵を見つめながら言った。

「やっぱりカナンさんは本質を見抜く目を持っているね。この母親の空虚な表情、からっぽな彼女をよく表していると思う。子供たちもいけすかない感じがよくでている。」

私はクオクが悪口を言うのを聞くのは初めてで、ぎょっとする。それを見てクオクが続ける。

「言ってしまった。」

そう言って苦笑いした。

「おかしいね。カナンさんにはなぜだが素の自分が出てしまうんだ。初めに僕を描いてくれた絵を見たとき、自分の嫌な部分が全部出ているのに気づいたよ。カナンさんとはなんだか昔からの知り合いのような気がしてきてね。」

クオクの嫌な部分、それは一体どこなの?こんな完璧な人にとは思ったがそこには触れずに、私は気になっていることを早く尋ねなければと思った。クオクもまたあの親子同様すぐにいなくなってしまうかもしれない。

「私達家族がいずれSt1に引っ越すってどういうこと?」

「St1に住むのはいいことだよ。少し仕事が重くなるけど、その分良い暮らしができる。」

彼はそう言って、私の絵筆を手に取り、そのまま手の平で転がした。私はあの男の子が言った「地面に降りる」という意味が知りたいと思ったが、なんだか聞いてはいけない気がした。彼は続けて話した。

「僕も今はセンター関連の仕事に就いているけど、もとからSt1の住民の出ではないらしい。最近知ったんだけど、赤ん坊の時にどこかからもらわれたようなんだ。僕を育ててくれた両親はいるけど、血はつながってはいない。なぜ赤ん坊の時に本当の親を失ったのかよくわからないけど、とにかくあらゆる検査をされてから、St1の当時若い夫婦であった僕の育ての親にもらわれたらしい。能力があると思われたら、それをみんなのために使うため、誰であろうと一か所に集められ、効率的に使用される。それがこの世界のルールだよ。」

「どうやって自分が本当の子どもじゃないってわかったの?」

私は思わず尋ねた。クオクはしばらく黙った後答えた。

「ある時親の血液型と僕の血液型の組み合わせが、親子関係になるはずがないことを偶然知ってね。でも特に気にしていなかったんだ。子に恵まれない夫婦が養子をもらうなんてよくある話だし、実際分かってから両親に尋ねても、そうちゃんと答えてくれたしね。でもある日難破した資源探査船を調査する作業があってね。」


 そこまで話すと彼はいったん話をやめて、おもむろに左の靴と靴下を脱ぎだした。足指の長い美しい足を掲げ、私に見せた。美しいのは美しいのだけど、なんだか違和感をおぼえていると、彼はふっと笑い、足指を器用に動かして見せた。指が多いのだ、全部で6本ある。私の驚く顔を見てクオクは苦笑いして言った。

「変な足だろ。子供の時はよくからかわれて嫌な思いをしたよ。でもその船にそっくり同じ特徴のある足をもった遺体、というか白骨体があったんだ。まさかとは思ったんだけど、その一本多い足の指の骨を折って、持ち帰って調べたら99.9%の確率で父親だった。」


 彼は靴下と靴を履きなおしてから、自分の左足を靴の上からあらためてじっと見ていた。資源探査船は罪をおかしたものが乗せられる船だ。私はなんと言えばいいかわからなかった。

「時々思うんだ。もし本当の両親が生きていたらどんな生活だっただろうって。彼らが何をして罰せられたかはわからないし、どういう経緯で僕が引き取られたかもわからない。育ての親も自分たちも知らないと言うばかりなんだ。ただわかるのは、自分の能力を発揮しないとここでは生きていけないということだけ。だからカナンさんにはご両親を大事にして、必要とされるところで頑張ってほしいと思っている。」

「・・・はい。」

私はその一言を言うので精いっぱいだった。クオクは親しげに私に微笑みかけて言った。

「不思議だね。この話を人にするのは初めてだよ。カナンさんの絵が僕にそうさせてしまうんだ。あの絵はカナンさんはまだ途中だとは言っていたけれど、持ち帰って僕の部屋にずっと立てかけてあるんだ。長い間眺めているとね、なんとも言えない気持ちになるんだ。・・・うまく言えないな。」

あの絵はまだ完成していない。彼をまるごととらえることができないままだ。あの未完成の絵を見てクオクは何を感じているのだろう。

「もう私はあの絵の続きを描くことはできないのかしら?」

私は遠慮がちに聞いた。

「あれでもう十分だよ。それにこれから彼らの絵の本格的な作業が待っているしね。」

ヤマさんが部屋から出てきて、会話はそこで途切れ、そのまま私たちは解散することになった。

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