第18話 怪談
「にしても、なんか引っかかるんだよなあ」
ぼやくように言ったのは、事の顛末を静かに見守っていた部長だった。
「バラバラ死体に、古いお屋敷に、山……なあんか聞いたことあるような」
うーん、と考え込んでいたユウ先輩が、はっと顔を上げた。
「オッケー部長、該当する事件を検索」
「お前ねえ……」
はあ、と呆れたような溜息。傍らでまひろがちょっと面白くなさそうにしている。
おや……?
何を感じ取ったのか、まひろがこちらを思い切りねめつけてくる。
「お、あった」
カチ、とマウスの音がした。
部長が見つけたのは、オカルトじみたブログ記事だった。冒頭には地方新聞。一家惨殺、バラバラ殺人といった物騒な言葉が並ぶ。下に筆者の解説。被害者となったのは、父母と女の子が二人の四人家族と、二人の使用人。死体は切断というよりは引きちぎられた様子で、獣に裂かれたかのようだった。
バラバラになっていなかった死体はその家の娘だった姉妹だけ。姉妹共に毒物の反応が出ていた。
家の名を、渡部。長女のりつ子は、噂によれば、地元では有名な念力少女だった。一連の被害はこの子の仕業なのではないかという話がある。
「……渡部、ってどっかで聞いたな」
「うちの猫じゃない?」
あ。屋上に上るときに言っていた奴か。わたべさん。猫につける名前じゃないだろと思った記憶がある。
偶然の一致にしては妙だ。もやもやするものを抱えながら、部長の話の続きを聞く。
長いこと廃屋として放置されていた渡部邸は、三十年戦争期に取り壊され、軍需工場として使われることになった。工場は空襲によって焼け落ちてしまった。その後また長らく手付かずだったものの、高度成長期に遊園地とリゾートホテルが建つことになる。九十年代に、大規模なホテル火災が起こったことを機に、遊園地とホテルはともども閉鎖。今に至るまで廃墟が残っており、有名な心霊スポットとなっている。取り壊しの工事でトラブルが続いたり、たまに悪戯で入った中高生から行方不明者が出たり、白い影の目撃談があったり、居もしない子供の声を聞いたりと、かなり洒落にならない場所らしい。……云々。
たいそうな話だ。「どこかで尾ひれがついていそうな感じがするな」と部長も釈然としない様子。
「ホテル火災、ってのは」
「ああ」俺に応え、部長がくりくりとマウスを動かす。「相当ひどかったらしい。従業員と客から二十人以上死者が出て、重軽傷者は倍以上。火元は不明」
窓を叩いた、焼けただれた腕。押入れにうずくまっていた焼死体。
――空襲に、火災。
「その遊園地の話なら、知ってますよ」
黙りこくっていた俺たちの中で、ユウ先輩がお行儀よく手を挙げた。
「地元じゃ有名だったから。廃墟になった遊園地。なんでも営業中からトラブルが多かったらしいですよ。子供が迷子になったきり見つからないとか、観覧車の乗客の数が合わないとか。あと、自販機でジュースを買うと髪の毛が混じってることがあるとか」
――髪の毛。
「そりゃ製造元の問題じゃねえの?」
「なんか、ありえない量らしいですよ。ちょっと混じってたってレベルじゃなくて、底から飲み口までぎっしりなんですって。ことによれば、ホテルのプールで、排水溝の蓋に髪の毛が絡まって、子供が溺死する事故があったとか」
それだけのことがあれば、客足も遠のくし、経営も芳しくはなかっただろう。そんな矢先にホテルで火災が起き、いよいよ経営を苦にした関係者に自殺者まで出たとか、出ないとか。
「そんなだからか、閉園後も変な噂が多いんですよね。有名なのは、観覧車がひとりでに回ってるってやつです。よく目を凝らすと、中に人影が見えるんだとか」
「僕も、聞いたことあります」
みっきーも名乗りを上げる。
「うそ、みっきーくんち、近所?」
「近所……っていうか、たぶんじいちゃんちの方だと思うんですけど。あの遊園地って、山のほうにあったでしょう? じいちゃんちがあった山も、すぐ近くだったんです」
――山。
うっすらと不穏な気配が漂った。
「小学校低学年まであの辺にいたんですけど、あそこには近寄るなって、やたら言われていた記憶があるんです。お化けが出るぞって。遠くから見ても遊具は錆び放題で雰囲気あったから、とても近づこうなんて思う場所じゃなかったけど――僕は子供への脅し文句だと思ってました。じいちゃんから叱られる時に、よく、そんなことをしていたらお化けが来るぞって言われてたから」
廃遊園地は小学生の怪談のネタにもなっていたらしい。火事で死んだ人の亡霊が彷徨っている、あそこで死んだ子供が寂しがって子供を呼ぶ、云々。探検と称して肝試しを目論んだガキどもが、教師からこっぴどく締め上げられていたこともあるようだ。
「曰くありげ、ってどころじゃないようだなあ」
部長の声音はどこか楽しそうでもあり、げんなりしたようでもある。
「みっきーくん、そこに立ち寄ったりしてない?」
「まさか」
とすぐさまみっきーは言ったが、すぐに自信が顔から消えた。
「……覚えてない。少なくとも僕にはそんな記憶ありません。けど……」
「けど?」
みっきーはしばし言葉がつっかえる。胸の奥に何かわだかまっている感じ。
「僕が保護された時の、お母さんの挙動を思い出してほしいんです」
「なんかおかしい感じの女の人?」
まひろに向かって、みっきーはこくりと頷く。
おかしい感じ。――確かにそうだ。窓という窓を板で塞いで、厳重すぎるくらい戸締りをして。まるで何かにひどく怯えて、家に入れまいとするように。自業自得だから。こうしなきゃいけない。仕方ない。そう言って、小さいみっきーを鎖に繋いで。
「あの子が馬鹿なことをしなければ。だからあんなところに預けるなんて嫌だった。――そんな風にも言っていた気がする。この間思い出したんですけど、僕は小児喘息で、時折ひどい発作があった。自然の中で療養する方がいいだろうって、一時、じいちゃんに預けられたんです。本格的に一緒に暮らし始める前。まだ本当に小さい時です。三歳か、四歳くらい。その時に……」
ひょっとしたら、件の遊園地に足を踏み入れたか。
「でも……怖い場所だったんだろ? そんな小さい子がわざわざ行くかね」
「行こうとして行ったとは限らないでしょう。遊んでいて道に迷って、気づいたら迷い込んでいたのかもしれない」
俺は異議を唱える。
みっきーは複雑そうになにか考え込んでしまう。
「ともかく、その場所については色々調べてみよう。裏も取っておきたいし」
「あたしも、地元の図書館で新聞とか探してみます」
新聞部二人が言うと同時に、下校時刻を知らせるアナウンスが流れ始めた。
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