第242話 Licht~光(2)

絵梨沙の陣痛はさらに激しくなってきた。



「お母さんに電話したよ。 明日にでも飛んでくるって、」



南は安心させるように絵梨沙の腰を摩ってやった。



「ん・・」



汗びっしょりになり陣痛に耐える彼女の汗を拭いてやった。




真尋のことは言わなかった。



絵梨沙も聞いてくることはなかった。



ひょっとして



彼女は全てわかっているのかもしれない。



そう思うとやるせなかった。





真尋は一心不乱にピアノを弾いた。



何度弾いても納得ができなくて



同じ箇所を何度も何度も繰り返す。



「流れが・・途切れる。 もう一回、」



シェーンベルグは目を閉じたままソファに身体を預けながらそう言った。



もう大声が出せなくなった。





絵梨沙は分娩台に移されて、もう出産まで間近だった。



真尋・・!




手すりにつかまる手にぎゅっと力を込めた。



彼と出会ってから今日までのことが



頭に蘇る。




『竜が生まれるようじゃな・・』



シェーンベルグがそう表現したように



真尋はものすごいエネルギーの中でピアニストとして生まれ変わろうとしているようだった。





あたしは




真尋の赤ちゃんをこの世に生み出したい。



あたしとあなたの全ての思いと共に



この子も頑張って大きくなって



この世の光をもうすぐ見る。




「・・んっ!!」



力を振り絞っていきんだ時



ふうっとその大きなテンションから解き放たれた。



え・・



朦朧とした意識の中で




赤ちゃんの泣き声を聞いた。



赤ちゃんが・・



息を切らせる絵梨沙の胸元に今生まれたばかりの赤ちゃんが連れてこられた。




「男の子よ、」



看護師がニッコリと笑った。



「赤ちゃん・・」



気が緩んで大粒の涙がこぼれた。



温かいその塊を愛しそうに抱きしめて



「生まれてきてくれて。 ありがとう・・」



真っ赤な顔で泣き続ける赤ちゃんの手にそっと触れた。



こんなにも小さいのに



不思議なことに真尋に指や爪がそっくりで



絵梨沙はそれが本当に嬉しくて涙を拭いながら微笑んだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る