歌姫に恋するお姫様に恋するメイドの私
秋雨千尋
歌姫←姫様←メイドの私
一年前からお仕えしている姫様はとても可愛い。
ミルクのような白い肌、薄紅色の頬。つぶらな澄んだ青い瞳。サラサラの長い金髪。
リボンカチューシャが世界一似合う。
あちこち足を運んで赤ん坊の出産を祝福する優しい性格で、国民全てに愛されている。
そんな彼女の愛を一身に受けている存在がいる。
「今日のベラも最高だわ!」
テレビに映るのは、人気急上昇中のバンドのボーカル。ベラドンナ。黒髪をベリーショートにして、紫色のアイシャドウをシュッと斜めにひいたクールな美貌の持ち主だ。
トゲの着いた首輪が世界一似合う。
「ああ、もう生放送が終わってしまった。ねえ、レイン……」
クリクリの上目遣いは威力が凄まじい。
私は心臓へのダメージを逃がす為にうずくまる。深呼吸をして、メイド服をぎゅっと掴んで立ち上がった。
「コンサートはダメです。護衛の数が足りません」
「大丈夫よ、うちの国にテロリストなんて居ないわ!」
「王族に批判的な者達はおります」
「もう、ケチ!」
「姫様の安全のためです。……あなたにもしもの事があれば、私は……」
「泣かないでレイン。分かっているわ」
姫様は窓際に立ち、街を見下ろす。どこかに居る恋のお相手を想っているのだろう、その横顔はとても悲しげだ。
「わたくしは来年、お嫁に行くの。この国の番組は見られない。ベラの歌声を聞けなくなるのよ」
震える小さな手を見て胸が痛む。
姫として生まれたばかりに、政略結婚は当たり前。私は姫様に薄手の上着をかけた。
「お庭でお茶になさいませんか、姫様のために朝のうちにケーキを焼いておいたのです」
薔薇のアーチをくぐり、白いテーブルに銀の食器を並べ、椅子にレースのハンカチを敷く。
姫様に座って頂いてから紅茶とケーキをお出した。
「うん。とってもおいしいわ」
「もったいなきお言葉」
「本当にレインは成長したわね。来たばかりの時は何も出来なかったのに」
「お恥ずかしい限りです。背の高さだけで採用されました」
「ホントはね、最初は怖かったの。でもね、とっても努力家なのを知ってから平気になったの。茶葉の種類をノートに書いて暗記したり、掃除も隅々までしてくれているわ」
ティーカップを置きながら姫様が微笑む。
慣れない仕事を必死に覚えたのは、彼女のためだ。
失敗したクッキーを捨てようとしたのを見つかった時、苦そうな表情で食べた後に──
「大丈夫。ちゃんと美味しいわ」
と困ったように笑ってくれた。
その顔を見た時、この人に一生美味しいものを食べてもらいたいと思ったのだ。
「そうだ、レイン。お手紙の準備をして」
姫様はベラドンナに100通はファンレターを出している。
ちなみに婚約者のクラウディ王子に手紙を書いた事は一度もない。
ビッシリ書かれた愛の言葉を郵便係に手渡すと、苦笑いと共に肩を叩かれた。
どうも同情されているようだ。
帰り道でもヒソヒソと噂をされている気がする。
「姫にも困ったものね、婚約者がありながら、あんな歌手に入れ込んで」
「もし王子だったら絶対に求婚しているわよね。戦いだの、全てを壊すだの、物騒な歌ばかり叫んでいる女を」
「お子様なのよ」
人を好きになる気持ちは尊いものだ。
私は一途にベラドンナを愛する姫様が悪いとは思えない。籠の鳥の彼女が、自由な歌姫に憧れることの何がおかしいのか。
ふと、大臣たちが集まっているのが見えた。
声をかけると笑顔で肩を掴まれた。
「占い師の助言により姫様の結婚が早まりましたぞ!」
+++
私はあちこちに手を回して、姫様と一緒にコソコソと城を抜け出し、コンサート会場にしれっと入り込む。チケットはあらかじめ手に入れていた。
貯金をたくさん使って手に入れた場所。
最前列ど真ん中。
「みんなー! 盛り上がっていくぜー!」
姫様は言葉を無くして見入っている。
周りは頭を振り回し暴れ回る中、真っ直ぐに立っている。
まぶたに、鼓膜に、愛する人を刻むように。
涙が頬を伝っていく。
「戦え! 戦え! 自由のために! 自分で決めなきゃ意味ねえんだぜオラァア!」
ステージに叩きつけられたギターが真っ二つになり、飛んできた破片から姫様を守るべく前に立つ。
ふう、コンサートとは危険なものだな。
視界を塞いだお詫びに頭を下げて横の席に戻ると、違和感を覚えた。
姫様が、こちらを見ている。
目の前にベラドンナが居るんです。見慣れたこの顔を見ている場合ではないですよ。
しかし姫様は私の手を取ってコンサート会場を出て行った。
「何をなさっているのですか。ずっと会いたがっていたベラ様ではないですか。イメージと違ったとでも」
「いいえ、ベラは本当に素敵よ。会えて嬉しかったわ」
「ならば戻りましょう!」
「だって、時間がないのでしょう?」
姫様の澄んだ目がまっすぐ見つめてくる。
心の奥に隠した秘密まで見透かされているような気がする。
「わたくしは明日お嫁に行き、もうここへは戻れない。城の者は誰も連れていけないと聞きました」
「姫様……」
「だからね、最後にめいっぱい遊びたいの。一番離れたくない人と──あなたと──」
私は高ぶる気持ちのまま彼女を抱きしめた。細く、小さく、儚い存在。
力を込めたら壊れてしまうのに、止めることが出来ず、ボロボロ泣きながら抱きしめ続けた。
きっと苦しかっただろうに、姫様は受け入れてくれた。
「あなたが好きです」
「ふふ、知っているわ。あなた分かりやすいもの。きっと城中の者が知っていてよ」
「そんな……」
「ねえ、デートをしましょう!」
手を引かれて街に繰り出す。ランチタイムを楽しみ、散歩をし、服屋を冷やかし、お揃いのアクセサリーを身に付けた。
高い場所で肩を寄せ合い、夕陽を眺める。
「ずっと、あなたとこうしていたい」
「わたくしもよ」
重ねた手。姫様の白魚のような指が私の左手薬指を撫でる。
まるで、空けておけと言わんばかりに。
オレンジ色に照らされた瞳がこちらを見ている。許されない事かもしれない。でも、後でどんな罰を受けてもいいと思った。
姫様の唇は、ケーキの上の生クリームのようにやわらかく甘かった。
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