プラネット・ナイン ~クリスタルに宿した生命体

TA-KA

第1話 遭遇

…  アースの民よ



…  ムゥを返し



…  立ち去れ



 青い色の光に包まれる水晶体から、激しい黄金色の光と強振動サイマティクス・ウエーブが放たれ、体を侵食するクリスタルが、ウォールトンの赤々とした輝きを放つコアへと近付いてくる。

 ウォールトンは、そのクリスタルを跳ね除けようと、必死で抵抗するが、クリスタルの浸食を抑える事が出来ない。


「アヌナガのナン!」



「…ウォールトン、私に…

 突然、胸元に抱いていた、マスター・ミネルバが動き出した。

 ミネルバは、自らのコアからケーブルを取り出し、ウォールトンの赤々とした輝きを放つコアへと繋ぐと、


転送しなさい…


「!」


一瞬にしてウォールトンの意識が転送されると、彼の体がその場に 崩れ落ちた。


「マスター!」









漆黒の宇宙そらに美しく、星々が流れてゆく。


 目の前に広がる視界を覆い尽くすアラウンド・スクリーンスクリーンに、船体の外で流れる重力光速路ハイウェイの映像が映し出され、瞬く様に輝き、通り過ぎてゆく星々が、光の線となりながら消えてゆく。

 そんな美しくきらめいては消えてゆく光星の映像を船内に浮かびながら見つめる、

デイヴィット・ウォールトンのArdy人型の分身体

 金属で出来た体を纏う彼は、Ardy(Artificial Other Body/ アーディ)に意識を転送し、時折その意識の中に入ってくる、周囲の情報を気にしながら、船体の操船を続けている。


 どの位の時が経ったのだろうか。

ウォールトンがコールドスリープに入り、永遠とも思える時間をそのカプセルの中で過ごしている時、肉体は眠りにつき保存されているが、意識は活動している。

 そんな跛行的な状態が、彼らの世代が抱えている課題、生命体としての在り方の破綻を、垣間見ている様であった。



ピッ


ピッ  ピッ



 周囲の視界を覆い尽くす、アラウンド・全方位スクリーンスクリーンの前方で、小さくマーカーが点滅している。

 ウォールトンのArdyはそれに気が付くと、身体を回転させ、ゆっくりと点滅するマーカーの方へ流れてゆく。



ピッ


< I have just discovered a gravitational field. >


「…」


 ウォールトンはその表示にたどり着くと、ゆっくり体を停止させ、指先で点滅するマーカーに軽く触れる。


ピッ


 すると、軽やかな動きと共に、そのマーカーから詳細情報がArdyの前に現れた。


ピッ


< I have discovered a new planet. >


< It has a diameter of about 40,000 km. >

(直径、約4万㎞)


< The planet’s surface is covered by a carbon layer that is about 3 km thick. >

(約3㎞のカーボン層が惑星表面を覆っています)


< The inside of the planet is unknown. >


< Would you like to check it out? >


「…」

 ウォールトンのグレアリング・アイが赤色に輝き、意識の中で探査船のシステムにアクセスすると、最高意思決定機関である三体の主幹システム、Guardianガーディアンに見解を求めた。

 すると、 アラウンド・スクリーンの周囲が光り出し、ゆっくりとウォールトンの前方へと移動しながら、三つの光に集約されてゆき、そしてその光は渦となり、彼の前に現れた。


 この探査船には、全てを管理し、意思の決定および判断をするシステム、人の手で創られた意識体Guardianが搭載され、人間がコールドスリープに入っている時の判断は、その三体の意識体、マスター・ゼウス、マスター・ヘルメス、マスター・ミネルバのGuardianガーディアンに全て任されていた。


 すると、一つの光の渦が大きく輝きだし、その奥から深く重厚な声が船内に響き渡ってきた。


「未知の惑星について、マスター・ヘルメス、マスター・ミネルバ、マスター・ウォールトン、皆さんのご意見を伺いたい」

 意識体の最高位であるマスター・ゼウスが、二体のマスターとウォールトンに意見を求める。


「予定のバッファにはまだ余裕があり、探査を行うのであれば、半年であれば問題はありません」

「しかし、惑星内部は上空を覆う厚いカーボン層に阻まれ測定が出来ていない為に、上陸を伴う探査はとてもリスクが高く、お勧めは出来ません」

探査活動のオペレーションやシステムを取りまとめる、マスター・ヘルメスが応える。

 

 続いて、別の渦が大きく光り出し、優しい声が響き渡ると、

「惑星単体で移動を続けている例は貴重で、未知の何かを発見する可能性は高く、また、データベースに無い惑星であるなら、探査を行うべきだと考えます」

 文化、芸術、科学などの管理、研究をおこなうマスター・ミネルバが答える。


 それぞれの意見の内容は、担当する分野に特化し、主観的、客観的な判断で、審議の場に提出され、最後に、


「マスター・ウォールトンのご意見はどうですか」

マスター・ゼウスは、人の意識体であるウォールトンに訊ねる。


「私も、両マスターのご意見に賛成です」

「未知の惑星と言う事もあり、新たな宇宙文明の発展に貢献する可能性があります」

「ただ心配なのは、未知の脅威に遭遇した時の対応として、警戒レベルは4に上げとくべきかと考えます」

 ウォールトンは、人としての意見を提出し、Guardianガーディアンに判断を委ねた。


「全ての見解が揃いました」

「それぞれの見解に意見が無ければ、審議に入ります」


 Guardianガーディアン三体の意識体が光り出し、眩い光を放ちながら融合してゆく。



 …



 しばらくすると、融合した光の集合体から、軽やかで美しく響く旋律が奏でられ、船内に響き渡った。


「未知の惑星探査は承認されました」

「期間は三十日間、探査はTrooper Unitが担当し、装備はレベル4とします」

「また、そのユニットにマスター・ミネルバが同行して下さい」


 融合した光の集合体から審議の結果が発せられると、光はアラウンド・スクリーンから消えていった。

 ウォールトンはその光が消えてゆくのを確認すると、体を反転させ、また船内を泳ぐように船体後方へと移動を始めた。


 船内はウォールトンの行先を阻む物は無く、フラットで広大な空間が広がり、アラウンド・スクリーンに映し出される宇宙そらの映像が、広大な宇宙の中を一人漂うような錯覚を感じさせ、


「本当に、俺は生きているのだろうか…」


 そんな意識の破綻を感じさせてしまう程に、星の大海原の中を、鈍い光を放つ金属の体が浮いていた。


 しばらく星の大海を泳いでゆくと、目の前にヘキサゴン六角形の集合体で出来ている白い壁が現れてきた。

 ウォールトンはその巨大な壁に辿り着くと、ゆっくりと体を起こし、安定すると、その壁全体を見渡した。

 壁を構成している六角形の中心には、番号らしき記号が表示され、ウォールトンがその表示を見つめると、彼の意識の中に情報パネルが表示されてゆく。

 

 一時、壁を見渡し、左上の六角形を見つめると、ウォールトンはそれに手をかざし、マスター・ヘルメスを呼んだ。


「マスター・ヘルメス」

「No.3の Trooper Unitを選出します、準備をお願いできますか」

「承知しました」

「ジム・ベネット、スコット・コールトン、マシュー・ミューラー、マリア・マイヤーの生物特殊部隊ですね」


 小さくウォールトンが頷く。

「それと、L-MT軽機動装甲(Light-Mobile Trooper)2チームで周囲を固めます」

「準備が出来たら、一時間後、ブリーフィングルームに集めて下さい」

 そう言うと、ウォールトンのArdyは、再び操船作業に戻って行った。


 光の線が徐々にその長さを短くしてゆく。

 気がつくと周囲は星々から放たれる光の粒で覆い尽くされ、船内はその煌めく星の光で、淡く照らされている。

 その淡い光で、濃い影が落ちる船内をある場所へ向かい、歩いてゆくウォールトン。

 阻む物がない広大な船内は、必要に応じて可視光を遮る光の壁が、構築され空間を仕切るが、アクシオン・ドライブ準光速移動中は、乗員達全員がコールドスリープに入る為に、空間を区切る者はいなかった。

 しかし、ウォールトンが向かう先に唯一、青色に光る半透明の壁が存在し、ウォールトンはその青色に光る半透明の壁の前に辿り着くと、その壁を抜け、中へと入ってゆく。

 ウォールトンがその空間に入室すると、整然と4体のArdy達が並び、ウォールトンの入室と同時に右の手を額に当て、敬礼をした。


「全員、マッチング・チェック転送データ照合は問題なしか」

 ウォールトンがArdy達の前に立つと、淡々と話し始めた。

「全員、問題ありません」

 列の奥にいるジム・ベネットが応える。

 ウォールトンが小さく手を上げると、Ardy達は敬礼を解き、姿勢を整えて起立をする。


「今回は少々、情報が少ない」

「タスクレベルも4の惑星だ」

 Ardy達は、ウォールトンの言葉を静かに聴き、彼を注視している。


「その為に、生命科学を専門とするスペシャル・フォースの君たちを呼んだ」

 ウォールトンがヘルメスに頼んで呼んでいた彼らは、生命が生きて行けるであろう惑星におもむき、その惑星を調べる、初期調査の専門家で、生命科学の専門家と、軍のスペシャル・フォースで構成されている。


「事前の無人機による探査では、惑星を覆うカーボンレイヤ炭素層の下に、十から二十キロ程度の硫酸の氷が存在し、その下に地球と同程度の大気が存在しているそうだ」

「生命が存在しているかは不明だが、その調査をするのが今回の目的だ」


 ゆっくりと目の前にいるArdy達の顔を見るウォールトン。

 Ardy達はウォールトンを注視している。


「それと、この惑星を調査する目的がもう一つある」


 少し間を置き、再びウォールトンが言葉を発すると、彼の背後に巨大なスクリーンが浮かび上がり、黒い惑星と共に、懐かしさを感じさせる惑星系が映し出された。

「あのカーボンの移動惑星は、我々の太陽系の周囲を、楕円軌道を描きながら、約二万年周期で公転し、その軌道は地球と金星付近を通過している」

「それがどう言う事か、わかるな」


Ardy達はスクリーンを見つめる。


「…我々に関係しているかもしれない…」

 生命科学者のマリア・マイヤーがウォールトンを見つめながら応える。


「そうだ」

「あの惑星が、地球とどの様に関係していたかは不明だが、地球と物質を共有している可能性があり」

「失った月と、地球の環境を取り戻せる、何かを与えてくれるかもしれない」


「TU(Terraforming Union)が探し求めている重元素…」

 環境化学者のマシュー・ミューラーが、カーボンの移動惑星の映像を見ながら、小さく呟く。

 それを聞いたウォールトンは、マシュー・ミューラーに顔を向け、頷く。


「仮説とされていた、未知の惑星」

「地球と関係し、太古の太陽系で巨大惑星に弾かれてしまったとされていた、存在が目の前にいる」



「プラネット・ナイン…」

 マシュー・ミューラーがウォールトンを見つめながら応えた。



太古の昔、原始太陽系において存在していたとされている未知の惑星

プラネット・ナイン。


その未知の惑星は、地球の進化に深く関わっている可能性があると考えられており、

太陽系を巨大な楕円軌道で公転する惑星がある事は、度々研究者達の心を引き付け、数多くの議論も繰り返されてきたが、現在までその存在が発見されることはなく、仮説の惑星とされていた。


その未知の惑星プラネット・ナインと思われる惑星が、忽然と彼らの目の前に現れた。


漆黒の宇宙そらに包まれ、

全ての電磁波を吸収するカーボンのステルスレイヤ電磁吸収層をその身に纏って。

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