凄腕鍛冶師なんですが、ボスドロップのせいで売上が伸び悩むので、鉱石採集のついでに採ってきます。
清河ダイト
プロローグ
「はいはーい、とっとと帰るのだー」
夕方6時30分。
夕焼けが空を赤く照らす頃、街の外れにある水車付きの鍛治工房の前では、エプロンを着た蒼髪の少女が帰っていくお客に向けて適当に手を振る。
そして入口の札を「OPEN」から「CLOSE」に変える。
誰もいない店内には、代わりにいくつもの武器が置かれ、ギラギラと重い光を放っている。
少女──グランド・ノーチラス・アトランティスは武器の上に積もった埃をはたきで落とす。
埃を落とした後、箒を取り出して床を掃き、雑巾で棚を拭く。
掃除を終えてエプロンを外すと、工房へ繋がるドアを開いた。
「……それで、いつまで工房でメソメソしているのだ。」
グラノアは腰に手を当てて、工房の机で伏せる赤髪の女性──ヒナタ・ユリゾノに向けて呆れ声を言う。
「らってぇらってぇ……また返却だよぉ……!? まだ一週間しか経ってないのにぃ……!」
今日は、というか今日も常連客の3人からヒナタ作の武器が返却されてしまった。
それも午前中だけで。
それによってヒナタは塞ぎ込んでしまい、午後はグラノア一人で店を回していた。
ちなみにその間にも6人が返却している。
「だからといってずっとメソメソしていてもどうにもならないのだ!
もっとも、ドロップ武器のせいで売れなくなるのならば、それらよりも強い性能の武器を作ればよいのだ!」
「無理だってぇ! そもそもドロップ品は
それに強い性能の武器を作るにはさ、材料に貴重な鉱石とか必要だから原価は高くなるし、原価で売っても全然儲からないから普通の武器より高い額になるの!!」
ヒナタの言い分もごもっともで、武器に限らず物を売るには作るまでに必要な金額、つまり原価で売
るようなことはできない。
特に鍛冶師であったりだとかの、一品一品で勝負するような職業は、他の量産品と違って商品への信頼、つまり
だから鍛冶師になったばかりの時は、原価に近い安くてお手頃な価格設定で武器を売り、だんだんと自身の技術や買い手からの信頼が厚くなっていくと、少しづつ原価近い価格から離していくのだ。
現に、今日一番に返却されたエルタリティ・ソードの原価は15000リンカだが販売価格は45000リンカ、原価の3倍の価格で売っている。
それも45000リンカというのは、中級冒険者が1週間かけて手に入るような金額で、それほど大きい値段設定であってもヒナタの武器が売れるということは、それだけの実力と信頼を持っている。
しかし現実はあまりにも残酷。
鍛冶師が鉱石から作った武器はモンスターやボスからのドロップ武器よりも脆く、最初からスキルを持っている武器だと高くついてしまう。
そしてなにより、かの伝説の冒険者が鍛冶師の武器よりドロップ武器を愛用していたことから、信頼という面でも負けてしまっている。
「うーむ……と、ともかくだ! まだお前は鍛冶師になって3年しか経ってないだろう? それでも今の価格で売れるのだから、少しづつ少しずづつ信頼を積み重ねていけば、客も増えるし、誰もお前の武器を返却などしないはずなのだ!」
「むー……そーかなー……」
「そうなのだ! だから今売れなくても後々飛ぶように売れるのだから、今は黙って新しい武器を作るのだ!」
「むー……」
頬を膨らませながらも髪をまとめるヒナタ。
さて我も手伝うとするか、と鉱石蔵を覗くと何も残っていない。
チラッと倉庫を見ると既に大量に剣が置かれており、どうやらヒナタは塞ぎ込んでいる間に、とにかく武器を作り続けていたのだろう。
──そういえばずっとカンカンと音が聞こえてきたな。
「……しょうがない。ヒナタ、我が鉱石を買ってくるからお前はお茶でもいれておけなのだ……って、何してるのだ……?」
振り返ったものの、既に工房の机にヒナタはいなかった。
代わりに前髪をヘアバンドで顔にかからないようにし、長い髪を後ろで一纏めにして、探索用の服と外套を被ったヒナタが立っていた。
「何って、いまから鉱石取りにダンジョンに行くんだよ」
「こ、この時間にか!? もうすぐ夜なのだ、危険極まりないのだ! 絶ッ対やめるのだ。我と一緒ならともかく、お前1人じゃ絶対死ぬのだ!」
「え!? 一緒についてきてくれないのー!?」
「当たり前なのだ!! 我は昼間働いて疲れたのだ。いまからお前とダンジョンに行くほど我は優しくないのだ! 鉱石が欲しいなら街に行くか冒険者ギルドに行くなりして調達すればいいだけなのだ。」
「え〜そんなぁ〜……」
ヒナタはあからさまに嫌そうな顔をする。
だがそれも無理はない。街の店だったり冒険者ギルドで入手しようと思ったらお金がいる。
しかし自分でダンジョンに潜って調達すれば無料、これは度重なる返却や客足が遠のいた事により悪化したヒナタのお財布状況的にはとても嬉しいことなのである。
それはグラノアも承知の上。
だがそうであっても暗い時間帯のダンジョンというのは危険極まりない。
それは当事者であったグラノアが一番知っている。
「……ほれ、気持ち程度だがこれで鉱石を買って来るのだ。」
グラノアはポケットの中から自前の金貨を取り出す。
「え!? いいのグラノア……!?」
「どうしたのだ? 嫌ならあげないのだ」
「い、いやいやいやいやぁ有難く頂戴致します!!」
「その代わりちゃんと街に行くのだぞ? 冒険者ギルドでもいいから日が沈むまでに帰ってくるのだ」
「りょーかい〜!! じゃ、いってきま〜す!!」
金貨を受け取ると、ヒナタはすぐに工房を出て冒険者ギルドの方向に走っていった。
「……しかし、本当にあいつの作った武器は凄いのだ……」
返却された剣を片付けながら呟いた。
この剣……とくにエルタリティ・ソードの価格設定は45000リンカ。
だがこれ程の剣であれば10万、いや20万リンカは下らない。
なぜなら──
「──スキル3つ持ちの武器など、我でも容易には作れないのだ……。」
──────────
「わーいダンジョンだ!!」
モンスターがいる。
「モンスターだー!!」
手に持ったピッケルでぶん殴る。
「ドロップ武器だー!!」
モンスターからドロップしたこの錆びれた剣は、いわゆるハズレ枠の武器であり、武器としても素材としても使えない。
言わばゴミ。
「──てりゃぁー!!」
ゴミならば尚更いらない。
これまでの鬱憤を晴らすように、フルスパワーでピッケルを振り下ろし、破壊。
キラキラと光の粒となって消滅する。
「ダンジョンっダンジョンっうっらめっしや〜♪
営業妨害ゆっるさっない〜ぞ〜♪」
薄暗い夜のダンジョンに、そんな歌が響く。
最初はグラノアに止められたものの、冒険者ギルドで鉱石を買うふりをしてクエストを受注し、工房とは逆方向のダンジョンに行くことができた。
ダンジョンはいわゆる[洞窟系]というやつで、巨大で入り組んだ洞窟には鉱石を取り込んだモンスター、もしくはモンスターそのものが鉱石であったりと、冒険者が採集したりドロップしたりした鉱石アイテムを冒険者ギルドや鍛冶師に売ることで、稼ぎ口になっている。
しかし、特別沢山のレア鉱石が出てくるわけではなく、浅い所では売っても雀の涙ほどにしかならない額の鉱石しか採集できない。
もしレア鉱石やハイランク鉱石を手に入れようと思ったら、よりダンジョンの深い所に行かなくてはならない。
だがダンジョンというものはどれも深いところの方が難易度が高く、この洞窟ダンジョンも例外ではない。
さらにこの洞窟ダンジョンは完全攻略されておらず、いまだ最深部にはボスモンスターが駐在している。
ともかく、弱い冒険者や熟練度がMAXまでいっていないような鍛冶師が最深部まで進んでしまったら、生きて帰ることは容易ではない。
だが、ふんふふん♪と鼻歌を歌うヒナタは今、ダンジョンの最深部にいるのだ。
「あ、ボス部屋だ!」
──────────
このトビラは一体どんな素材でできてるんだ?
この装飾はどんな鉱石なのか?
いやや、そもそもこれ鉱石なの?
……これ、石ですやん!!
「……んー、にしてもでかいなー。石だけど」
なんやかんや転生してから3年。なんやかんやあって鍛冶師になって、なんやかんやあってドラゴンと友達になって、なんやかんや生活が困難になってきて……。
「……わたしだってこんな薄暗いところ来たくないよぉ〜……」
そもそも、薄暗くてジメジメしててなんか臭くて 埃っぽいダンジョンだなんて、3年前まで冷暖房完備の部屋でカチカチカチカチ仕事してた現代人が好んで行きますかっての!
なんかアニメとか小説とか漫画とかでは、「転生したら冒険者になって、ダンジョンに潜って一儲けするぞー」とか言ってるけど、実際に転生したらわかる。
ダンジョンなんて不潔で恐ろしいところなんか行きたくない。
……けどまあ現にわたし、来てるんだけど。
「……まいいや! さっさと終わらそーっと」
早く戻らないとグラノアに怒られそうだし……。
私が軽くトビラを押して動かすと、後は勝手に扉が開く。
トビラの先、つまりボス部屋の内部はダンジョンによって違う……らしいけどわたしは今のところ1パターンしか見た事ないから、実質的一種類!
つまり、ドーム型である。
「ん〜、たまには違うパターンのボス部屋も見てみたいな〜。……にしても」
なんと……なんということだ……。
「──なんだ貴様、吾輩の住処に立ち入るとはいい度胸だな……。」
「うっ……そ……」
そうだった。全くの盲点だった……。
ここは洞窟系ダンジョンでも有数の大きさ、だからこんなことがあっても不思議では無い。
「そうだ、
「まさ、か……」
度重なる
「……しかし、一人で吾輩に挑む気とは余程の自信があるようだな……っておい、どこを見ている貴様!」
「や、やっぱり……!」
「おい、聞いているのか貴様!!」
「そうだよねぇ……!!」
「……無視する、か。良いだろう、貴様から仕掛けてこないのならば、吾輩から先に行かせてもらうぞ……!!」
紆余曲折を経て、その先に待ち受けるラスボス──の先にある、ボス部屋一面の壁に張り付いているこの
「う〜ん……やったぁ!! バンザー──」
「くらえ! ──クリスタル・ダス──」
「もぉーさっきからうるさい!!」
わたしがせっかく感動しているのに、さっきからちょくちょく騒音が響くもんだから、右手のピッケルを音源に向けてぶん投げた。
「……あれ?」
なんか巨大生物がいるんだけど……。
……そういえばここ、宝の部屋じゃなくてボス部屋だった!!
「なっ!? こ、これはピッケル……!? まさかさっきまで気付かないフリをして、吾輩の油断を探って──」
「あっぶな〜、忘れちゃってた!」
まあこれはしょうがない! なんせ部屋の壁そこらかしこに一塊で5万リンカは下らないレア鉱石があるんだもの。
それもこの鉱石たち、別に売り物でも無いわけだから全部タダで私の物になってしまうのだから……!!
よかった……ほんとーによかった!
グラノアに黙ってダンジョンまで来た甲斐があった!
「き、貴様ぁ……!! 吾輩など怖くないと言いたいのか……!?」
「……あれ?」
なんかこのゴーレム、赤くなってる……? あと涙目だし、凄い目でわたしのこと見てるんだけど……。
あ、怒らしちゃった感じだ。
「あー……」
あらあらなんとー、わたしの投げたピッケルが額の宝石に刺さってヒビが入って……って、あれ?
「な、なんでぇ……!?」
え!? なんで生きてるのあいつ……!?
たしかに額にわたしのピッケルが刺さってる……なのにあのゴーレムまだピンピンしてるんだけど……!?
「うっそ……でしょ……」
「……ふ、ふふ……ふっふっふっ。どうやら想定外だったようだな……!
最初の不意打ちで吾輩を倒そうと企んでいたんだろうが、吾輩はゴーレム、全身を硬い鉱石や石、そして宝石でできている! 頭も文字通り石頭だ!!」
「や、やっぱり……」
マズイ、ほんとにマズイ……。
わたし、このままだと──
「ふふっ……はーはっはっはっ!! どうだこの硬度! 並大抵の武器では傷つかない、それこそ、最高レアリティの武器でもなければ──」
「い、今までのボス全部一撃で倒せたのにー!?」
「……………………いまなんと??」
同時に、ピッケルが刺さったボスゴーレムの額にある宝石が砕け散り、ピッケルもスキルによって戻ってくる。
「………………!?!?!?」
「や、やっぱり倒せてないじゃん……!」
最初の一撃が効かなかったということは、このボスゴーレム、かなり硬いということ。
それすなわち、このボスゴーレムを倒すのに時間がかかるということ……。
それすなわち、帰りが深夜になってグラノアに鉱石程度では許してもらえないということ…………。
「ば……ば……ば、ばばばばばばばばばばば──」
「……あれ?」
……おやおや?
案外……そうでもなさそ?
なんかボスゴーレムさん、顔を真っ青に染めており……というか前世で言うサファイアとかタンザナイトとかの宝石になってる?
まあつまり、焦ってそうな感じだ。
……イケるな!!
「……って思ったけど、どうやら致命傷かな?」
一撃で倒せなかったのは少し、ほんの少ーしだけ驚いたけど結果オーライ。
もしあの一撃で倒しちゃったら、このボス部屋、高さ10メートル以上はありそうだし、私一人じゃ地面付近の鉱石しか取れなかっただろうな。
さすがにピッケル投げて採掘なんて出来ないし……。
ということで、
「ね〜ボスゴーレムさん。君に2つ選択肢をあげよう。」
「ばばば……。せ……選択肢……??」
すごく錯乱してる様子だけど……ま、なんとかなるでしょ。
「1つはわたしに協力して、この部屋にある鉱石の中からいっちばん良い鉱石を持ってくるのと〜」
「……と?」
「このままわたしと戦うの、どっちがいいー?」
「…………」
あれ!? ボスゴーレムさんここ考え込んじゃう!?
絶対戦ってもわたしの方が強いのに……。
頼む!! どうにかわたしに協力してください!!
じゃないと遅れて、またグラノアに怒られる……。
わたしは固唾を飲んで、ボスゴーレムさんの返答を待つ。
しばらくすると、ボスゴーレムさんは俯きながら言った。
「……協力……します」
その後、ゴーレムさんの背中に乗って高い場所にあるレア鉱石を片っ端から掘っては、ストレージに入れた。
その最中、ゴーレムさんが目を合わせないようにしていたのは何でだろう?
ま、そんなことはどーでもいっか。
さっさと鉱石取ってかーえろ。
──────────
「おーこれはAランク鉱石の
まーたすごいレア鉱石を集めてきたのだな〜、ヒナタ」
「……で、でしょでしょ……?」
恐る恐る頷く。
「うむ、ほんとにお手柄なのだ。これなら今よりも安く、かつ性能がいい武器が作れるのだ。」
「でしょでしょでしょ……??」
ちょっと期待を膨らませながら、頷く。
「それにストレージいっぱいまでAランク鉱石を持って帰るなんて、ほんとーにお手柄なのだ」
「でしょでしょでしょでしょ……!?」
かなり期待をふくらませて、頷く。
「……それで、見ての通り日は沈み、もう夜12時なのだ。4時間30分もの間、何をしていたのか言うのだ。」
「え、えーとそれは──」
「そういえば、
この鉱石、特定のダンジョンの特定の場所で、特定の条件の元で特定の者のみが作れない鉱石なのだ。」
「……えーと」
あぁ、マズイ……。
グラノアが頭を傾げ、笑ってない笑顔で縛られて動けないわたしに向かって歩いてくる。
「どこて手に入れたのだ?」
「えーーと…………」
答えられるわけないよぉ……黙っても答えても絶対怒られるじゃん……。
……いや待てよ? もう怒られるのは確定しているのだから、せめて軽くなるよう正直に白状した方が良いのでは?
……我ながら名案。
よし、言お──
「──ダンジョン、行ったのだな?」
「っ……!?!?」
耳元で囁かれる。
さすがは元ドラゴン……いや、今も人の形をしているだけでドラゴン、言葉1つが重い。
そしてなにより、穏やかな口調ではあるが、明らかに声質には怒りが乗っている。
「………………………………ごめんなさい」
翌日、一日中一人で接客から会計までさせられ、金槌を一度も持たせてもらえなかった。
……よし、今度はバレないようにしなければ!!
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