第13話 死を恐れない者達

「ヒャッハー!」「死に晒せ!」



 ルフ率いる総勢百人の兵士達は奇声や雄叫びを上げながら、ザーマイン軍に攻撃を仕掛ける。嬉々としてザーマイン軍に襲い掛かる様子は、まるで死を恐れていないようだった。

 奇襲を受けたザーマイン軍は、突然の出来事にただ混乱するばかりであった。



「なんなんだこいつらは!」


「カーマ王国の兵士が何故こんなところに?」


「助けてくれ!」


「ひぃぃ!」



 状況を全く理解出来ていないものや、ただ逃げ惑うばかりのものなど、この場にいるザーマイン軍の兵士達の統制は破綻していた。


 その隙を突いたルフ率いる百人の兵士達は、ザーマイン軍に風穴を開けていく。次第にその穴は大きくなり、カーマ王国の兵士達で埋め尽くされていく。



「これはまずいな」



 その様子を見ていたザーマイン軍の旅団長の一人が呟く。相手の軍は、見た所気力を扱える百人程の兵士。それに加えて剣聖ルフもいる。恐らく精鋭だろう。


 それに対して、こちらの主要な兵士はワイバーンの対処に向かっている。今この場は弱兵ばかりだ。それに加えて魔物が襲ってきた原因で逃げ出す兵士もいるのだ。このままでは軍が崩壊の危険性がある。



「おい!誰でもいいから今すぐ二つ名持ちを呼んでこい!」


「わ、分かりました」



 旅団長は傍にいた兵士に伝えると、戦況の行方を見つめる。すると一人の男が、自国の兵士達を紙切れのように切り刻んでいる姿が見える。

 その男は真っすぐ此方に向かって、兵士達を蹴散らせながら進んでくる。やがて男は旅団長の前にまで現れる。



「どうやらあなたは、この周辺の指揮官のようですな」


「お、おまえは...」



 旅団長はその男の存在をよく知っていた。何故なら、ついこないだまで味方同士だったからだ。



「恨むのならあなた達の長にしてください」



 旅団長はまるで己を歯牙にもかけない様子に、怒りが込み上がってくるのを感じる。



「俺を甘くみるなよ」



 旅団長は魔力を身体と剣に集中させる。


 それを見たルフは不思議な表情を浮かべる。



「もうあなた死んでますよ」


「え?」



 旅団長がその言葉を聞いた瞬間、己の視界が段々と斜めにずれていくことに気づく。やがてその顔に驚きの表情を浮かべたまま、ポトリと地面に首が落ちた。


一拍遅れて周囲の兵士が悲鳴を上げる。



「ヘ、へルス旅団長がやられたぞおおお!」



 その言葉を聞いた、周囲のザーマイン軍の兵士は我先に逃げ出した。


 ルフは次の相手の司令官を探しに、その場を後にした。





 ベルルは、相手の兵士とかち合った傍から、手当たり次第にぶん殴っていた。その細い腕には高密度に圧縮した魔力が纏われおり、鋼の如き硬さだった。



「ひぃぃ!」「何なんだこの女は!?」



 鋭い金属の武器でもその身には傷一つ付かず、逆に女の素手による打撃は防具を貫通して人体を破壊する。ザーマイン軍の兵士からすれば悪魔のような存在だった。


 やがてベルルの身体が真っ赤に染まる頃には、彼女に立ち向かってくる存在はいなくなっていた。


 ベルルは己の赤く染まった身体を見つめながら、自身が大学で出会ったある教授の言葉を思い出していた。








「さて皆さんは、新設されたこの戦闘魔法科に入学するほど、戦いに飢えている人間です。そんな戦いが大好きな人達に質問です。魔法士が戦う時、何が一番大事でしょう?」


「それは相手が魔法士の場合ですか?」



 一人の学生が質問する。



「いいえ。相手が魔法士かどうかは関係ありません。気力に関しても同様です」



 それを聞いたベルルは、既にある答えを出していた。



「それは魔力です。魔力の強さが戦いにおいては一番重要ではないでしょうか」



その答えを聞いた教授は否定はしなかったが、正解だとも言わなかった。



「惜しいですね。悪くはないです。そして完璧に間違っているとも言えません」



 教授はもったいぶりながら、生徒の顔をゆっくりと見渡し口を開く。



「正解は生き残ることです。何故なら生き残っている限り、戦うことが出来るからです」




 ベルルは、一秒にも満たない時間の中でその言葉を思い出すと、現実に戻ってくる。戦闘魔法科のカリキュラムは、生き残るための魔法を重点的に組んでいた。



 それは、基礎にして最もベルルが得意としている魔法。防御魔法である。この魔法一つで、ベルルはルーベル魔法大学の戦闘魔法科の頂点に立ち続けた。



 ふとベルルが魔力を感じて遠くを見ると、自分に向かって魔法が飛んでくるのが見えた。だが、彼女が気づいたときにはもう遅かった。

 一メートル程の大きさの先端が尖った鉄の塊が、ベルルの身体に鈍い音を立ててぶち当たる。


 その衝撃でベルルは三メートル程後ろに吹っ飛ばされてしまう。


 それを見たザーマイン軍の兵士達は、流石に死んだと思い歓声を上げる。



 だが、数秒後にベルルは何事もなかったように起き上がる。その身には傷一つ付いていなかった。



「ば、化け物...」



 それを近くで見ていた兵士の一人が呟く。するとそれは周りの兵士にも伝染し、やがて我先に逃げだす。


 ベルルはその恐怖の反応を懐かしく感じていた。大学時代も同じく圧倒的な強さを見せた時、同級生は恐れをなしたのである。



 ベルルがこのまま指揮官を探しに行こうとした時だった。



ドゴン!



 巨大な男が大きな音を立てて、ベルルの目の前に降り立つ。


 ベルルは、突然目の前に降ってきた得体の知れない男を、警戒の眼差しで見つめる。


 その男は、上半身には何も身に付けておらず、大きく膨れ上がった筋肉は血の色で真っ赤に染まっていた。


 男はベルルに顔を向けると口を開く。



「小娘が随分と暴れたようだな。だが丁度いい。ワイバーンを百体殺してウォーミングアップが済んだところだ。俺に殺される覚悟は出来ているか?」


「それはこちらのセリフですよ。のこのこと私の前に出て来たということは、殺される覚悟があるということですか。それに突然話しかけて名乗りもしないとは、呆れてしまいます」



 ベルルは、この男の威圧に逃げ出したい気分だったが、強気な言葉を出して心を奮い立たせる。



「それは失礼。巷では俺の事を武帝などと呼んだりしている。名はガイアだ。憶えておけ地獄でな」



 ガイアはそう吐き捨てると同時に、一瞬でその姿をかき消した。ベルルは突然消えたガイアに焦りを感じながら辺りを懸命に探す。


 一体どこにいるかと、平静を装いながら必死に視線を巡らすと、ベルルはようやくガイアを見つける。


 それは、ガイアが目の前で拳を自分の腹にぶつけている姿だった。



「ではな」



 ベルルはその呟きを聞くと、自分の腹に凄まじい衝撃を感じる。そして骨が大きく軋むと口から血を吐きだして、十メートル程後ろに吹っ飛ばされた。


 ベルルは地面にぶつかると、そのまま更に五メートル程転がり続けてようやく止まる。


 流石はガイア殿だ。ザーマイン軍から歓声があちこち上がる。



 ベルルは朦朧した意識で、倒れ込んだまま口に手をやる。その手を見ると血で濡れていた。それはベルルが初めて戦いで流した血だった。


 自分はここで死ぬのかとベルルは思った。そして、走馬灯のように過去の記憶が高速で頭の中を通り過ぎる。やがてベルルが最後に見た記憶は、彼女が仕えている王に壁ドンされた記憶だった。


 私がもし帰還しなかったら、王様はどういう反応をするのかベルルは考えてみる。それは、報告を聞いた王が期待外れだったかと呟いている姿だった。


 その姿はベルルのプライドに火を付ける。それに私はまだ魔力を十分の一も使っていない。


 ベルルはふらふらになりがらも何とか立ち上がると、全魔力を己の身体に集中させる。それは今までベルルが、わざわざやる程でもなかった、魔力を限界まで圧縮する作業だった。



「待ちなさい。私はまだ死んでいません」



 その場から立ち去ろうしたガイアはその言葉を聞くと、足を止めて振り返る。その表情は驚愕していた。



「俺の一撃を受けて、まだ立ち上がるとは驚いた。誇っていいぞ。お前で三人目だ」


「そうですか。では貴方は私に血を流させた最初の一人目ですね」


「それは光栄だ」



 ガイアが言葉を発すると、二人は示し合わせるかのように地面を蹴った。


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