第12話 足りない教え

「そっかー、死んじゃったんだね。そっ、か……。うん! でも、二人が気に病むことじゃないから、大丈夫っ。伝えてくれてありがとね!」


 先輩は過剰に俺たちに抱き着き、大丈夫を繰り返す。


 俺たちに言いながら、自分に言い聞かせているようにも思えた。


 チーム内では不仲だった。

 先輩がどういう仕打ちをされていたのかは、分からない……。


 けれど。


「……俺たちに隠れて泣くくらいには、絆は深かったんじゃねえか……」


 先輩の、涙をがまんした崩れそうな表情を見ている俺たちの方が、耐えられなかった。


 だから睡眠を取ろうと提案をした。

 敵がきたらすぐに二人を起こして逃げられるように、俺が見張りを引き受けて。


「……、――ッ!!」


 気配を感じて振り向けば、そこには誰もいなくて。


 とんっ、と俺の肩に自分の肩を当て、隣に腰を下ろしたティカがいた。


「……眠れないのか?」

「隣で鼻水をすする音をずっと聞きながら、眠れるわけないよ……」


 眠れないからお喋りでもしようか、と俺の隣にきたわけでもないらしい。


 しばらくの間、沈黙が続き、やがて密着していたから僅かに感じた、体の熱と鼓動が落ち着いたのか、ティカの方から話題を振る。


「…………みんな、大切な人の一人や二人、もう殺されているから慣れていると思っていたけど、やっぱりいつになっても、悲しいっていうのは変わらないんだね。

 他人事の死なら悲しいけど、涙なんか流れない。でも、たとえば長年連れ添った隣の誰かが死んだら……先輩みたいに泣いちゃうのかな……」


「俺は死なないよ」


 反射的にそう返していた。

 だが――強がりだ。


 俺は強いわけじゃない。

 あっさりと死んでしまうくらいには、小さな存在だ。


 だけど、それを言う度胸は、俺にもある。


「ねえ、アル――」


 ティカは俺を見ずに一言、返事など聞かずに、一方的にただただ、告げた。



「好き」



 ――初めてティカと出会ったのは、地下世界にある、天然の温泉の中だった。


 男と女の時間が切り替わるちょうど前後だったらしく、ティカも俺も確認をしないままに入ってしまい、裸のままで、ばったりと出会ったのだった。


 言葉よりも先に、一糸纏わぬ姿を晒し合った仲であり、なかなか、衝撃的な出会い方をしているので、決して忘れない相手だとその時は思った。

 同じシルキー族であることも運命を感じて、俺がまだ『僕』だった頃にとっては、初めてできた友達だった。

 二年間、ずっと一緒というわけではなかったが、ティカの姿を素早く見つけられ、忘れることがない俺とティカの仲は、時間と共に密接にくっついていった――。


 助け合い、協力し合い、共に同じ速度で成長していった。


 手を握れば離さない、親友なのだ。


 そして、確かに『好き』だった――。



「……アル。わたしが見張るから、眠ってきていいよ。明日には脱出しなくちゃいけないんだから、体力は回復させておかないとね。……体調、悪そうだけど、大丈夫? わたしが……、その、……きって、言ったから?」


 違うよ、と言ったはずだけど、声は出なかったようで、ティカに不安そうな顔を浮かばせてしまったが、俺も俺で、いつも通りではなかった。

 見てしまえば、言葉をかけなくては気が済まない俺も、今はティカをそのままにして、体を横にさせる。


 違うよ、と言ったつもりではあるが、まったく違うわけではなかった。


 きっかけは確かにティカの言葉だ。

 だが、そこから先は俺の勝手な想像によって、頭の中がぐちゃぐちゃになっただけだ。


 ティカのことは、好きだ。


 たぶん、マナがワンダ師匠に向けるような感情で、合っている。


 なのに、頭に浮かぶのは、ティカではないのだ。


 長い時間を過ごした、共に成長をした。……ティカよりももっと長く、そしてずっと隣に居続けてくれた。俺が覚えている限り、一番最初に見たのは景色ではなく、彼女だった。


「…………どこにいるんだよ、ぺタルダ――」



「随分と長く眠っていたようだけど、体調は大丈夫なのかな?」


 声に起こされ、目を開ければ、まるで夜這いをするかのような覆い被さる体勢で、先輩が俺を見下ろしていた。

 周囲に目をやれば、空の光が隙間から地下空洞へ差し込み、あたりを照らしている。

 ……もう朝だった。


「っ、つう……ッ。なんだこれ、頭、痛ぇな……っ」


「まったく。休める時に休んで体調管理を自分でするのも組織の一員として大切な役目なんだから、肝に銘じておくように。……それにしても、あれだけぐっすりと眠っていたのに、逆に疲れてるって、どんな寝方をしたらそうなるの?」


 二人とも、枕が変わると眠れないタイプだったりする?

 と先輩が肩をすくめて呆れながら言った。


 枕が変わったところで特に気にしない体質ではあるけど……、


 …………って、二人とも? 

 体調を回復できていないのは俺だけではない、のか?


「ティカの方が酷いかな。目の下に隈を作って、女の子としてはあまり見せられないような顔になってたりしてるね。どうやらずっと眠れずに起きていたようだけど……、眠らなくても横になるだけで疲れって取れるはずなのに、なぜかあっちもうんと疲れていてね……、さすがに心配だから無理やりにでもさっき眠らせたよ。

 あの子には悪いけど、眠らせたってより、気絶させたって感じだけど」


 すると噂をすれば、気絶させられたティカがよろよろと地面が揺れているような足取りで俺たちの元へ近づいてくる。

 酔いでも回っているのか、壁に手をついて、やっと歩ける状態だった。


 先輩の言う通り、確かに酷い姿だった。


 ここまで弱り切っているティカを見るのは初めてだ。


「お、おい、大丈夫かよ……足が生まれ立てみたいになってるけど、なんでこんなになるまで根を詰めたん……」


 だ、と言い切る前に気づいた、というか思い出した。


 ……俺自身の問題があったとは言え、ティカの告白を聞いて俺はそのまま放置してしまったのだ。それが原因である可能性が、かなり高い。

 時間的なことを見てもそれしか考えられない……つまり俺のせいだ。


 ティカのことは決して忘れないのに、出来事を忘れるのは俺らしいが、しかし今回ばかりは笑い話にはできなかった。


「よくもまあ、そんな言葉をかけられたものだよねぇ……」



 体調や寝不足も相まって、目つきの悪さが悪化したティカの本気の怒りを見た。


 頭の中のごちゃごちゃが一気に吹き飛び、とにかく今は、ティカのご機嫌を取らなければ致命的に関係が崩れる予感がしたので、ティカを最優先に動く。


「俺はここにいる、離れたりしないからなんでも言ってくれ。

 俺のことは後でいくらでも怒っていいから、今はとにかく眠っ――」


 しかし、ティカはさっきまでの不眠状態が嘘のようにふらりと倒れ、俺に体を預けて、すぅと寝息を立てる。……不安が抜けたような、安心し切ったような緩んだ表情を見せて。


「……なんだったんだよ、一体」


「やっと話せた良かったー、みたいな? 表情の変化を見るに、そんな感じがしたけど……あたしが眠っている間に喧嘩でもしたの?」


 いや……、喧嘩はしていないけど、告白はされた。


 俺に怒っていたわけじゃないのか? 話せて良かった? 安心、した……?


「アルはティカが怒っていると思ってたんだ? 違うよ、あれは拗ねてたんだよー」

「拗ねてた……? なんで……」


「さあねー? そこまではあたしじゃ分かんないしー」


 なにも説明してくれないからねー、と先輩こそが拗ねていた。


 人の恋愛事情を、片方の意識がない今、勝手に言えるわけがないし……。


 …………。ああ、そっか。なにも言ってくれないから、拗ねていたんだ――。


 答えは出たが、俺の心は整理できていないままだった。

 俺に体を預けるティカを抱くようにして、地面に横にさせる。


 隣に座って彼女を見下ろしながら、さっきの思考にふけるが、想像だけでは納得のいく答えなど出せるわけがなかった。


「……俺、こんな状況になった時にどうすればいいかなんて、ワンダさんに教わっていないよ……っ」


 背中を見ても分からない。


 ワンダさんが言いそうなことを真似することはできるだろうけど、そういうことではないだろう。ティカが欲しいのは、誰でもない、俺の答えなのだから。


 そして今、あらためて気づいた。


「……自分の答えなんて、いつから考えていなかったんだろう……?」


 いつだろう、マナかぺタルダが、軽い口調で言っていたような気がする。


 深い意味はなかったのだろうけど、いま思えば、人として致命的な喪失をしているのではないか……?


 自我の喪失。


 ――ワンダ師匠の、生き写し。

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