第4話 敵の名は――。

 嫌だよそんなの、と先生ではなく、保護者としてのマナの顔で。


「ぺタルダは変わらないね。その強さのままでいてほしいけど、最善にこだわるあまり、大事なものをこぼさないように。……アル、変わったね。まるでワンダくんみたいだよ」


 口調も考えも服装も髪型も、なにもかもを参考にした。


 さすがに、マナを見る目を変えることはできなかったけど……当たり前だ。

 俺はアルブルであり、ワンダ師匠ではないのだから。


 完全な同一になっては意味がない。

 俺がここにいるのは、役目があるからだ。


 ワンダ師匠には決してできないことだ――。


「アルはぺタルダとは逆。大事なものを見つめ過ぎて、自分を蔑ろにしないように。……私も先生をしていたからね、一人一人に言いたいことは山ほどあるよ。良いところ、悪いところ……全部、言いたい。本当は行かせたくないくらい、みんなのことが好きだから」


 でもね、と。


「行かせなくちゃいけない……だってみんなは、希望だから。地上に蔓延る種族の敵から、この星を守るため、みんなが集めてくれる情報が必要だから。

 誰かがやらなくちゃいけない……誰かがやってくれるだろうと身を隠す者が多い中で、みんなは自ら、志願した。勇敢な戦士たちを閉じ込めておくことなんて私にはできないから……っ。

 目的を否定しちゃうかもしれないけど、勝たなくていい、無理をしなくていい、逃げてもいい……っ。とにかく生きて、戻ってきて。家族、友人、仲間、誰のためでもいいから。

 ――お願い……ッ、しますっ……!」


 マナらしくなく、行ってらっしゃいも言わずに。

 部屋から走り去る彼女からこぼれ落ちる涙を見た者は、何人いただろう。

 ……これだけは言える。

 その涙を見た者は、間違いなく心を燃やした。


 マナと入れ替わるように部屋に足を踏み入れたのは、総司令だ。


 目立つ機械のマスクは、かつて種族の敵に攻撃された際に削れた頭を隠し、補助するためのものなのだと言う。人の上に立つ総司令も、やはり何度も修羅場を潜ってきたのだ。


 彼は言う。


「そう多くは語らない。教えてきたことはみなの心の中にあるはずだ。目的も、手段も、理由も、願いも。マナに先に言われてしまったが、私の願いも一つだけだ。

 生きて帰ってきてほしい。結果などついでで構わない。

 ――準備を整えたチームから向かってくれ。では、健闘を祈る――」


 ……そして。


 ゴイチ組織の戦闘服に着替え、各チームごとに、地上へ繋がる階段を上がって行く――。



 種族の敵の名は、【グレイモア】。


 目が見えないが耳が良く、音に反応する死なない生物。


 ――現時点では、の話だが。



 こういう情報もまた、俺たちの手によって更新されていくことになるだろう。


 分厚い生地で作られた、地上世界を占める色に合わせて作られた、上下茶色の戦闘服。その上から、俺は黒のコートを羽織る。

 ワンダ師匠の形見を、やっと着れるくらいには大きくなれた。……ここからだ。

『僕』が『俺』になり、ワンダ師匠を越える男になるために。


「戦闘服を隠すような真似は違反でしょ? 

 戦闘服を着ていれば、一目でゴイチ組織だって分かるからっていう……」


「ああ。そうだけど、いいんだよ。最初に言っておく。俺は違反する」

「堂々と言うな。でも、そのコート、似合ってるわね」


 俺の隣に並ぶのは、ぺタルダだけではなかった。

 みんな、準備が整ったようだ。


「アルアミカ、俺は別にいいけど、お前が困るだけだと思うぞ?」


 かぼちゃの被りものをしたアルアミカは、しかし口調はいつもよりも真面目だ。


「これ、殺された友達の形見。一緒に連れて行っちゃダメか?」


「……ダメじゃねえよ。ちゃんと面倒見ろよ」


 この世界で仲間、家族、友人を殺されていない者の方が、少ない。だから死を語ったところで同情などされないし、なにを当然のことを言っているの、同情を誘っているつもりなのか、と良く思われないだけだ。

 それでもアルアミカが友人の死を明かしたのは、俺たちに向けてではなく、自分自身への再確認の意味合いが強い。


 覚悟はいいか、なんて言葉はいらなかった。


 自問自答をして、階段を上がり始める。



 一、グレイモアに出会った場合、生き延びることを最優先させろ。


 二、戦うのであれば、グレイモアに見つかっていない場合のみ。

   武器、策が万全な場合でのみ、おこなうこと。


 三、仲間がどんな目に遭おうとも、決して立ち止まってはならない。

   全滅だけは必ず避けなければならない。

   死を伝える者がいなければ、死んだ者の勇姿を誰にも伝えることができないため。


 四、相手をなめてかかるな。己の力に驕り、慢心をするな。


 五、必ず、生きて帰ってくること――。



「……行くぞ」


 地上世界に出た俺たちをまず迎えたのは、一面に広がる、真っ赤な空だった。



 天上には堅い膜があり、それを通して見ることで、青い空が赤く見えている。


 日の光を遮り、雨を遮断する。生命体の通過も許されない。


 膜によって、最も影響を受けたのは天上種だろう。


 彼、彼女たちが地上に降りているのは、その膜によって生息地を追いやられたからだ。


 いくら飛行が得意とは言え、永遠と飛べるはずもない。翼は体の一部なのだから、当たり前に疲労を抱え込む。膜より高度を上げれば、浮遊島と呼ばれる足場があるらしいのだが、膜がある以上、疲労を感じたら地上に足をつけなければならない。


 そして、足をつけたら最後、再び膜に届かせるには、メンタルによる神通力を使わなければならない。メンタルを使わずとも届くかもしれない個人差はあるが、届いたところで膜を破壊できるかどうかは別の話だ。


 だが、地に足をつけたら最後、俺たちに、この膜による『カゴ』を破壊することはできない。


 メンタルは雲の中にある神海じんかいと呼ばれる場所に溜まる傾向があり、雨などの天候によって、地上に降り注ぐ。だが、膜によりメンタルの供給までもが遮断されてしまっており、その膜をどうにかするためのメンタルも、手に入れることができない……。


 二年前、ワンダさんが持っていた少量のメンタル……、神海から降り注いだメンタルが地上の『スポット』と呼ばれる場所に溜まっていたため、それを手に入れていたからだ。


 ただ、保存容器に入れなければ、時間が経てば気化して消えてしまう。


 メンタルがないだけで、俺たちの戦力は半分以下になるのだ。


 知識が増えれば増えるほど、今の置かれた状況が手詰まりであると分かってしまう。


 だが、おかげでメンタルに頼らずにここまでこれた。


 高性能な武器、一つだけで勝ち続けた者が、それを奪われた時のように急に手も足も出なくなってしまう状態には、少なくとも俺たちはならない。

 武器は一つだけではないし、即席で作った武器で、障害を乗り越える癖もついている。たとえ高性能でなくとも、そこそこの性能を持つ武器をたくさん持てて、しかもその場で作り出せるというのは、サバイバルとしてはそれ自体が大きな戦力だ。


「――お前ら、頭を下げろ」

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