第12話 同世代とゴイチ組織

 二人が移された場所を覗いた時、先に目覚めていたのはぺタルダだった。


 狭い部屋だが、眠るだけなら充分な一室だ。

 本当に、敷かれた二枚の布団しかない。


 小さな明かりが部屋全体を照らす。

 布団のすぐ傍には小柄な女の子と、少し太めの男の子がいた。


 ぺタルダが僕に気づき、

 手招くことなく、一度の視線の交差で僕に助けなさいと命令する。


 助けろ、と言われても……、僕にも対処法が分からない。


 正座をしているその女の子は、大きなかぼちゃの形をした被り物を頭につけている。笑ったような表情を作るかぼちゃの、くり抜いた穴の先に、本体の女の子の目があった。

 ぺタルダにつられて、彼女も僕の方を見て、ばしっと目が合う。


 僕も助けを求めるようにかぼちゃの横にいる男の子を見るが、苦笑いを返された。


 傍にある、濡れたタオルなどの看病用の道具があることを考えれば、敵ではないとは思うけど……、不気味だ。


 かぼちゃの方だけ、関わりたくない……。



「むっ、貴様、なにヤツっ!」


 黒いマントを腕で翻して立ち上がったが、自分で翻したマントを踏んで、思い切り頭から転ぶ女の子。――その衝撃で、ごろんと被り物がはずれ、中身が晒された。


 はずれたことに気づいてあたふたと回収し、再び被り物を被って同じセリフを繰り返し、人差し指を突き出されたが、さっきよりは不気味さがなくなった。


 一度、中身を見てしまえば安心できるのだ。


「えっと、僕はそこの……、二人の仲間だよ」


「ぺタルダの友達なのか。じゃあ、あたしの仲間でもあるな!」


 ハッハッハッ、と体を後ろに反らしながら、僕の背中を叩いて親しく近寄ってくる。

 僕も小さい方だと思うけど、それ以上に小柄な女の子だ。


 さっきまでかぼちゃに隠れていた長い金髪が、今は背中に流れていた。

 身長が低いので、あと少し伸びたら地面に触れそうである。


「アルアミカ……、ほら、名乗らないと……」


 後ろから小声で助け船を出すのは、一緒にいた小太りの男の子だ。


 かぼちゃが振り向き、

 うんうんなるほど、と会話が全て筒抜けなのは言わない方がいいのだろうか。


 準備が整い、再び僕に向き直した女の子は、かぼちゃの被り物を簡単にはずした。


「あれっ、それ、はずすんだ……」

「だって、名を名乗るのに被っていたら、顔を覚えてもらえないだろう……貴様はアホだな」


 それもそうだと思うが……、この子に言われると、今までになかった感情が芽生えるが、これは一体なんなのか。……イラッとする。


「あたしはアルアミカ。そして後ろにいる大きいのが、あたしの相棒のメガロだ!」

「あ、どうも」


 どうもに合わせて僕も頷き、名を名乗る。


 赤茶色の髪をした、厚着のメガロ少年は、アルアミカ少女の長過ぎる金髪を器用に結び、左右に浮かせて、地面までの空間を作っていた。

 あっという間に活発なイメージを与える髪型に変身する。


「どう? 違和感はない?」

「なにもないぞ。ふふんっ、褒めてやろうぞ」


 メガロ少年の膨らんだお腹をぽんぽんと叩くアルアミカは、途中から音が出る太鼓の代わりにしか思っていないように、ぽこぽこと叩き続けていた。

 メガロ少年はそんなアルアミカの気分次第な行動を、甘んじて受け止めている。


 止めてもやめないから諦めているようにも見えたが……。


「――君たち、顔合わせはもう済んだかね」


 僕たち同世代同士の顔合わせを待ってくれた総司令が、今になって部屋に入ってくる。


 僕はほとんどなにもしていないけど、これでぺタルダのアイコンタクトには応えられただろうと思う。いつの間にか、ぺタルダは布団から立ち上がって、僕の傍に寄り添っていた。


「ぺタルダ?」

「役立たずだけどまあ、背中が温かいから許すわ」


 役立たずって……、でも、許してくれているならいいか。

 ぺタルダは僕の腕に自分の腕を絡ませて、僕を間に挟んで総司令を覗き込む。


 いま目覚めたばかりのぺタルダにとっては、総司令の見た目はかなり怪しいのか。


 被り物としては、アルアミカのかぼちゃとも似ている。

 顔の半分も見えていないと、表情が読めずに不気味に感じるのだ。


「アルアミカ、メガロ、手伝ってくれてありがとう。通り過ぎたところを急に捕まえて悪かったね。こうしてアルブルくんも戻ってきたし、もう大丈夫だ。

 君たちも自由に過ごしてくれて構わないよ」


 ――なあなあ、と、総司令にも変わらない口調で話すアルアミカが言った。


「アルブルたちも入るのか、ゴイチ組織。そうなら、ずっと一緒にいられるなっ」

「いや……、まだ決まってはいないが……」


「そうなのか? でも、入れるつもりなんじゃないのか、総司令は。

 あたしの見立てだと、この二人はかなり見込みがあると思うぞ」


「全員にそう言っているではないか。的中率は三十パーセントくらいだろう?」

「今度は絶対、残る」


 断言するアルアミカだが、僕たちは置いてきぼりを喰らっている。


「……その自信は、信じよう。

 とりあえず、ここはアルブルくんたち、三人で話をしたい。二人は悪いが……」


 言われても首を傾げるアルアミカと、意図を汲み、行動するメガロ。

 アルアミカをお腹から抱きかかえて、メガロ少年が部屋を出て行く。嫌がるアルアミカの肘ががんがん体に当たりながらも、部屋を出る間際に、メガロ少年が僕たちに、


「……鬱陶しいかもしれないけど、アルアミカは良い子だから、嫌いにならないでね」


 そう言い残して去って行く。


 遠くまで行っても、アルアミカのじたばたと足掻く声が聞こえ、遂に音が届かなくなってから、やっと総司令が口を開いた。


「ゴイチ組織。まずはそこから話を始めるとしようか」




「…………ッ」

「あ、マナさん、起きた?」


 上半身を起こそうとするマナさんの背中を支えて、持ち上げてあげる。

 それから、マナさんは違和感を得たのか、お腹を擦った。……敵に貫かれ、開いているはずの穴は、既に塞がっている。時間はかかるが、ゆっくりと治癒していくはずだ。


 総司令が言うには、激しい動きをすれば、再び穴は開いてしまう。そうならないために、長期間、安静にしていることで、塞いだ穴を体に馴染ませるのだ。

 そのためには技術と道具が必要であり、僕たちだけではどうにもならない領域だった。


 総司令のおかげだ。

 それに、多くの人が関わってくれた……、総司令の言う通り、この世界は『助け合い』だ。


「ここは……?」

「別の地下世界よ。アルが助けを求めて、ここに避難してくれたらしいの」


「……そっか。こんなに、たくましくなっちゃって……。ありがとね、アル」


 頭をぽんぽんと撫でられる。マナさんが目覚めてくれたことも含めて、僕は嬉しくて頬を緩ませた。マナさんは周囲を見回し、


「ここの管理者の方って、どこにいるのかな……?」

「あ、じゃあ今から呼んでくるよ」


 僕が立ち上がった矢先、「その必要はないよ」と、出入口を塞ぐ暗幕の外からの声。


 暗幕を手の甲で持ち上げ、中に入ってきたのは、思った通り、総司令だった。


「……治療が効果を示していたようでなによりだね。『初めまして』、マナ……さん?」

「……………………ええ、初めまして」


 マナさんの纏う空気が変わった気がした。

 ぺタルダも感じ取ったのか、正座から腰を浮かせて、僕の隣へ移動する。


 なんだろう、初対面同士の大人は、こういう反応が普通なのかな……。

 緊張感は、地上世界と変わらない気がする。


 静まり返った空間で、唾を飲み込む音が響く。僕たちは、ここにいても……?


「……ごめん、アル、ぺタルダ。二人は少し、外に出ててくれないかな?」


 二人きりで話がしたいから、とマナさんに言われれば、僕たちは素直に従う。


「ああ、二人とも。それどころじゃないから遅れてしまったが、夕食の時間でもある。上の階層の広場に行けば、まだ残り物があるはずだろう、そこで待っていてくれないかな」

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