第8話 壁の外・亜獣の巣
いや、追放ってわけじゃないか。
ネタ集めのために外へ遠征にいけと言われただけか。
「そっか。わざわざ見送りにこなくても良かったのに」
「…………」
「な、なに? そんなにじっと見て……? そりゃ、なにも言わなかったのは悪かったけど、大スクープを見つけたらすぐに戻るつもりだったし、そう、背水の陣、的な?
ロクに会いに戻るためにあえて言わなかったみたいな面もあるし! でも、うん、ごめんね」
セイナンは両手を合わせた。
なにも言わずに向かったのは、文句があるけど別にいい。気にしてもいない。もっと言えば、おれのことを記事にして監禁させた件についても、悪意はなかったのだから、気にしていない。
あれは仕方のないことだった。
「それは、本当にごめん……」
「だから、いいって。許せない部分はそこじゃない」
セイナンは首を傾げた。
演技ではなく、本当に分からないと言った、きょとんとした顔だった。
「……おれを助けるために自分を犠牲にしたこと。こうして壁の外に出ることになったのは、セイナンがおれを助けるために嘘を吐いたから、だろ?」
「あー、そっか。気にしないで、とは、言うけど無理だよね。ロクは気にしそうだもん。
でも本当に、あたしは後悔してないの。あのままロクを放っておく方が、あたしにはしんどかったんだよ? たとえもっと酷い処罰になっても、あたしは変わらず嘘を吐いたと思う」
それにさ、と言いながら、セイナンはカメラを構えた。
「こうして外に出ることは何度もあったし、経験があるから大丈夫かなって。記事にしやすいネタを探すのも、確かに外の方が効率が良いってのはあるよ。だって、壁の外は未知の世界だからね。……ただ、奥に進めば進むほど、危険にはなっていくんだけど……でも大丈夫だよ。これでもあたしは実際に現場で動くことを得意とする方の記者だから」
「……どこまで、いくつもり? この周辺にいるってわけでもないんでしょ」
「それは、そうだね。森を抜けようとは思うよ。このカメラで、記録するために」
……セイナンはもう止まらない。処罰であっても、外に出ることは彼女の中で、もう望むことになってしまっているから。
ただの願望ではなく、スクープを取ることが、しなければならない、欲望の外側にあるように感じたのが気になったが、今は踏み込まなかった。
セイナンは謝ってくれた。
なら、おれも言うべきことを言っておこう。
「セイナン、助けてくれてありがとう」
「え、う、うん。でも、原因はあたしだから――。……そっか、どういたしまして」
事実がどうあれ、消化しなければならないことがそれぞれの心にはある。
助けられて、お礼も言わずに隣にいることは、誰がなんと言おうともおれ自身が許せないことなのだ。気づいたセイナンがすぐに対応してくれて助かった。
説明しても、相手を納得させるのは難しいことなのだ。
「この道の先だよね? 確か川があったはず……あっ、じゃあ、あの鰐もいるのか……」
「ちょっ、ちょっとちょっと! ロクはくる必要ないんだよ!? 亜人街は、人間のロクには居心地が悪いかもしれないけど、身の回りのお世話はとある女の子に頼んであるし――」
「……それ、わたしのこと?」
振り向けば、腰に片手を当てて、おれとセイナンを上から叱るように立つプリムムがいた。
彼女からすれば叱る気などなく、ただそう見える表情になってしまっているだけで。
「のんびり自分のペースで街を回ってみる、ね。ここ、街の外なんだけど?」
いや、今は表情通りの感情かもしれない。
言葉もそうだが、口調も怒っているように感じる。
気づいたら外にいた、という言い訳など通用しないだろう。言う気もないけど。それに、プリムムはおれがセイナンを追ったことを見抜いているはずだ。
おれ自身もあの誤魔化しの理由が通用するとは思っていなくとも、構わずに言ったのだから。
「プリムムまで……っ! インドアじゃん、外に出て走り回るタイプじゃないじゃん! ロクは仕方ないにしても、プリムムは外の恐さを知ってるでしょ!? 危ないんだよ!?」
「今から進もうとするセイナンが言うのね、それを」
「あたしは、慣れてるから大丈夫なの。ロクも男の子だしなんとかなりそう――って、別にロクだって一緒にいくことを許可した覚えはないんだからね!」
「セイナンの許可なんていらないんだけど」
おれも、許可を取ろうとは思っていない。勝手についていくだけだ。
「なんで……」
「あのさあ……、友達が! 外にいくのを、黙って見送れると思うの、あんたは!
もう決めたことだからなんと言おうとついていくから。それに、一人じゃなにかと心配なのよ、セイナンは」
「ぷ、プリムムぅ……っ」
「わっ!? ちょっと、抱き着かないで! 隣にロクもいるのよ!? いつものノリは、今は禁止だから! ――あんたも見るなッ!」
プリムムに怒られたので視線を逸らす。
動かしたら、自然と視線が道の先に向いた。
「……冒険、か」
あの部屋で過ごすよりは、危険は多いけど、退屈はしないだろう。それに面白そうだ。
隣にはセイナンとプリムムがいる。誰かに似た要素を持つ、不思議な少女たちだ。
……付き合うのも、悪くはない。
「もうっ。いくわよ、ロク、セイナン」
拳骨が落ちたのだろう、頭を手で押さえるセイナンが返事をし、おれもうんと頷き、先頭に立つプリムムの後を追う。
セイナンのスクープ探しという名目だが、気ままな三人の旅が、こうして始まった。
「そんな格好じゃ、動きやすいけど薄過ぎよ。肌の露出も多いし――はいこれ。
報道部の制服。着替えを持ってきたから、そこの茂みで着替えなさいよ」
「えー」
「えー、じゃなくて」
セイナンの腕には既に切り傷ができている。おれたちが追いつく前に森を歩いて傷を作ったのだろう。ここから先を進むなら、もう少し丈夫な服を着た方がいい。
セイナンも、えー、と言いながらも、プリムムの意見には賛成のようで、素直に服を着替えていた。茂みの奥で、服が擦れる音が聞こえる。
「露出のことを指摘したならおれも言うけど、プリムムもスカートは危ないでしょ」
「それは、そうなんだけど……これ以外は持ってないのよ。昔からスカートばかり穿いていたから、セイナンみたいに短パンとか、太ももを覆われるのが気持ち悪くて」
そんな話をされたら自然と目がスカートに向かう。衣服よりも目を引くのが真っ白な肌で、痩せ過ぎず、ちょうど良い弾力の太ももが、ちらりと見えた。
しかし、しゅばっと伸びた腕によって遮られ、太ももを見ることは叶わなくなった。
「……凝視しないでくれる? 別に、見せるために穿いているわけじゃないから。よく勘違いされるけど、穿き心地が良いから穿いているのであって、ファッションを意識しているわけじゃないのよ。見られたくないなら穿くな、という意見は聞く気なんてないから」
「そんなことは言わないから。……ごめんって。もう見ない」
未だにプリムムの警戒が解けない。打ち解けるようなことをした覚えもないから、妥当な判断だとは思うが。
さっきからセイナンの着替えを守るように自然と道を遮っており、おれから視線をはずしても、意識ははずしていない。
監視の必要がなくなったとは言っても、だから監視しない、とはならないわけだ。
同行者として、おれはまだ認められていない。かと言って追い出そうとしないのは、おれとセイナンの仲があるからだろう。
おれを助けるためにセイナンはこんな目に遭っているわけで、セイナンにとっておれがどんな扱いなのか分からないプリムムではない。
実際、どう思っているかは別として、セイナンから嫌われている、とは、おれもさすがに思わない。
「…………」
会話がなくなり、必要な話がなければ沈黙をするしかない。
これからの予定の話でもしようか? しかしセイナンもいた方がいいか。つまり、セイナン待ちであり、彼女がいなければおれたちはまともな会話もできないということになる。
見張りと監禁者である方が、もっと話せていた気がする。
すると、茂みが音を立てて、着替えたセイナンが顔を出す。
上半身はプリムムと同じ紺色の制服だった。ネクタイはプリムムが赤だったから、ではないだろうが、緑色だ。セイナンもスカートを穿いているが、穿き慣れていないのか、太ももの内側を擦り合わせて、もじもじと落ち着きがない。
んー、と不快感を顔に出して、体をくるりと回転させる。
「やっぱり苦手だなあ……股下がすーすーするんだもん、これ」
「でも丈夫だから。これで草木も、服を貫通することもないでしょ」
衣替えが済んだところで、先へ進もうとする。おれは木々がぺちゃんこになったこの道を避けて、一つずれた中を通ろうと提案したが、おれが想像している危険はなさそうだと、セイナンが既に確かめていたらしい。
どうやら理由は分からないが、亜獣が近くにいる気配がないのだ。
「……果物は実ってるし、食べ物がなくなったわけでもないけど……、大きな亜獣がいないのはまだ分かるわ。でも、小さい亜獣までいないのは不思議よね」
プリムムが木の真下から見上げて、葉の中に隠れているかもしれない亜獣を探していた。
幹に耳を当てて音を探るが、それでも生命の鼓動を感じることはできなかった。
「いないんならいいんじゃないの? 楽に先に進めるわけだし」
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