やっぱり首なし馬が好き
崇期
第328話 クロスワードパズルを解こうよ
S−TV【精霊専用チャンネル】
深夜ドラマ・やっぱり首なし馬が好き
出演者
墓掘り魔人 ヤット
元使い魔 エテ公
第328話 クロスワードパズルを解こうよ
墓掘り魔人のヤットは人間そっくりな姿をしているが、人間ではない。生まれ故郷は月の裏側で、そこは精霊たちのホームグラウンド──またの名をスラム街という。実はほとんど砂漠なのだが、凄腕の仕切り屋でもいるのか宅地開発が結構進んでいて、並の精霊たちにとっては棲みにくい世界になってしまった。そういうわけで、流れ流れて地上に辿り着いた。
とにかく今は地上で暮らしている。「墓掘り」なわけだから、シャベル(注1)をかついで墓場に出没し、日がな一日土を掘っているのだ。
(注1)シャベルは、柄の長い大きなサイズの物のことを言っている。作者が西日本に属しているために、大きい方をシャベル、小さい方をスコップと呼んでいる。ここではそれに従うことにする。
ヤットには悪友がいて、エテ公もそのうちの一匹である。見た目はテナガザル。秋の稲穂も恐れ入るようなきれいな黄金の毛が全身を覆っている。元々、西方の魔女・レシのファミリア(使い魔)だった。ヤットが故郷である月の裏側から遠く離れてしまったように、彼(オスである)もまた、魔女の傘下から離れてしまった。それが良いことなのか悪いことなのか誰にもわからないけれど。
月がパンケーキみたいな甘い色をしていて、静寂が香る夜のことだった。ヤットがなじみの墓地で土を掘り起こして、そのそばでエテ公が手
(注2)殺ぎ屋とは、安い品物を露天商に卸す問屋のようなものだが、トラマサは人間が出したゴミを漁ったり、ときにはかっぱらったりしている。
「ヤットさん、今日は日本の品物を大量に仕入れてきましたよー」
ガラクタが山と積まれた手押し車を転がしてくるトラマサ。ヤットとエテ公が近づいてくる。
「おまえは日本
「これなんて、どうです?」トラマサは着物を着た日本人形を取りだす。「髪が伸びる人形です」「それから、」次に取りだしたのは〈リカちゃん人形〉だった。「これは髪が伸びない人形で……」続いて引っ張りだしたのは藁人形。「こっちは胸から釘を生やしている人形ですよ」
ヤットはたちまち眉間にしわを寄せた。「それが、なんの役に立つのだ」
「人間たちはですね、こういう人形を使って、ままごとなどの『ごっこ遊び』をするんですよ」
「ごっこ遊び?」
「ええ、」とトラマサは自分の知識を披露する。「つまり、自分を取り巻く社会にいる、いろいろな立場の人間になりきることで、自分をそこへ同化させていく……という訓練であるというか、想像力や共感性を鍛えるというか」
「よくわからないな、やってみせろよ」
先輩のリクエストに応じるため、トラマサは右手で日本人形を掴んで、わさわさと動かす。妙な声色を使い人間の女になりきる。「あー、私、そろそろストレートパーマをかけ直しに行かなきゃだわー。だって私の髪、いちいち伸びるんですものー」
左手でリカちゃん人形を動かす。「ちょっと、おねえたま。今日は選挙の投票日よ。一緒に投票所に行こうって約束してたじゃないのよ。私の髪はちっとも伸びませんけど? それよりおねえたま、着物って、おトイレのとき大変じゃありません?」
そして今度は、エテ公が触っている藁人形を日本人形とさっと入れ替える。「ああっ、私の胸の釘を抜いてくれる王子様はいつになったら現れるの? やだっ、私ったら、裸んぼじゃない。頭も納豆が詰まってるような気がするわー」
ヤットは腕を組んで、「うーん」と難しい顔をした。「人間がやることは理解できないな」
「まま、そういうもんですよ。人間なんて、一様に
ちっとも興味をそそられなかったが、ヤットはほかにめぼしい物がないものかとガラクタを鋭い目で探っていった。ふと気になった一冊の雑誌を手に取ってみる。「これはなんだ?」
ページをめくるヤット。そこには山や家の写真が載っていて、「木のぬくもり」やら「第二の人生の新天地」などの文字が大きく出ている。
「ヤットさん、それはですね、雑誌というもので……」
「この図形はなんだ?」
見せられたページには白と黒の四角形が並んでいる。トラマサが答える。
「それは、〈クロスワードパズル〉って言います。おれもよくは知らないんですけど、白い四角の中に文字を入れていくらしいんですよ」
「それがなんになるんだ」
「うーんと」トラマサは困った表情でぽりぽりとこめかみを掻く。「多分ですね、四角の中に文字を収める行為が気持ちいいっていうか……もしかすると、人間が発明した魔法陣なのかもしれません」
「ほう」ヤットは〈魔法陣〉に反応した。「おもしろそうじゃないか、人間の魔法陣。おまえ、やってみろ」
先輩の命令とあらば断れない。トラマサは腰につけたバッグからペンを取りだすと、墓場を囲んでいる石枠の上に雑誌を載せて、かがみ込む。「ふむ……。図形の周りになにか書いてあります。きっと、文字を入れるときのルールのようなものでしょうね」
「なんて書いてある?」ヤットも興味深げに覗き込む。
トラマサが読みあげる。「タテのカギ。映画『ぼくらの七日間戦争』に出演した女優、◯◯◯◯りえ」
「ん? りえ?」
「うーん、うーん……。なんだろうな。いつの時代の戦争のことだろう」頭を抱えるトラマサ。
「わかったぞ!」突然ヤットが大声を発した。
「え?」驚くトラマサ。「兄貴、わかったっスか?」
「『この世はすべて灰色の塗り絵』」
「は?」
「それは、女優のファミリーネームを訊いているのだ。『この世はすべて灰色の』がファミリーネームで、『ぬ(塗)』がミドルネームだ!」
「なるほど」トラマサは感心する。「このよはすべてはいいろの・ぬ・りえ、ですね?」
トラマサは白い四角の中に文字を書き込んでいき、書く必要のない「りえ」まで空いた場所に入れて字数を稼ごうとする。エテ公が慌てて「キュキュッ、キュ、キキー(答えは四文字なんだよ、『りえ』は書かなくていいんだよ)」と不服の申し立てをしようとしたが、二人は黙殺し、次へ進んだ。
「ヨコのカギ。ことわざ『三人寄れば◯◯◯◯の知恵』」
「ワハハ、それは我々にピッタリの言葉だ」ヤットは大笑いする。「三人寄れば、この屈辱的な日々も乗り越えられるだろう。そしていつか、永遠なる精霊が統べる約束の地へ」
「ロマンティックですねぇ」トラマサ、せっせと書き入れる。「や・く・そ・く・の・ち・え……」
「キュウィィ、キュキュキュー!(そんなのデタラメだー、なんのルールにも則っていないよ)」エテ公が長い手足をばたつかせて抗議するが、聞いてもらえない。
白い四角はあっという間にきれいに埋まってしまった。
トラマサが言う。「で、最後に、印がつけてある四角の中の文字を順番に並べていくと、ある言葉が浮かびあがってくるそうです」
「ほほぅ、それが魔法陣を発動させるキーワードだな?」
「えっと、」文字を拾って読みあげるトラマサ。「ク・ビ・ナ・シ・ウ・マ」
「えっ?」
「首なし馬だ!」トラマサは恐怖に震えて、ガクッと膝を折った。
「首なし馬だと?」ヤットも眉を吊りあげる。「それは、あの、死を司る黒い精霊、デュラハンが
「いや、違いますよ」トラマサは地面に尻もちをついたまま言う。「日本では峠にぽつんと建っている寺の和尚が疲れた旅人に貸しだす、胴体と首を別々の小屋で保管しているという、あの首なし馬のことですよ!」
「そうじゃない!」ヤットは首を振る。「空腹のケルピーの奇妙な術にかかって、湖に引きずり込まれ食べられてしまうという、あの憐れな首なし馬ことじゃないか!」
ヤットは雑誌を掴むと地面に叩きつけた。「おのれぇ……人間め」
二人は日本のゴミを放りだすと、怒ってどこかへ行ってしまった。
墓場に一匹取り残されたエテ公。ガラクタの山の下敷きになっている例の雑誌を引っ張りだすと、自分の愛用品を収めているリュックからペンと砂消しを取りだす。トラマサが埋めたデタラメの文字を砂消しで丁寧に削りとり、正しい答えを書き入れていく。
……『ぼくらの七日間戦争』に出演した女優。
「宮沢(りえ)」
……ことわざ『三人寄れば……』。
「文殊(の知恵)」
……オグリキャップといえば?
「(武)豊」
……1989年に導入された消費税は?
「三(パーセント)」
エテ公は、すべて埋めた後に浮かびあがったキーワード「ペンフレンド」をハガキに記入すると、墓地の住所を書きつけて、名前を「
二週間後、賞品としてテレフォンカードが送られてきた。そういう時代であった。
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