昇進とサポート

 ☆☆

 いつも行きつけの格安居酒屋。


「なぁ、営業続けたいか?」

「もちろんです……」

 彼の様子がおかしくて、なんとなく尻すぼみの回答になる。

 まだ会社にいるムードを纏っている気がして敬語になる。

「実は俺に昇進の話があってな」

「すごいじゃない!!おめでとう」

 彼の顔は浮かない。

「俺には危ない目にあっても俺には助けられなくなる」

「そうかも――しれないね」

「昇進したら好きな女をまもれなくなるとか変な社会だよ」


「そっか。そうですよね」

「総務に移動はどうかと言われている」

「……総務」

「そうですか」

 落胆は予想していた。


「社内恋愛ってそういうものなのかもしれませんね」

 彼女はとてもポジティブに内容を受け止めたようだ。

「よかったです。別れ話じゃなくて」

「そうか」

「悔しいですけど、――悲しいですけど、そこまでの能力を発揮できていないんですものね」

「――これからだよ」

「これからは総務で会社の皆様のことを手助けすることになるんですね」

 カノジョは泣いている。


 男をとることもできたのに彼女が採用されたのにはそれなりに意味があることだ。

「これからだ。頑張ればいい」

「はい」

「先輩」

「ん」

「出世してくださいね、私の分まで」

 なんとなくでも意味は分かっているんだな。

「お前の分まで出世してやるさ」

 彼女のながした涙の分まで。


 ☆☆

 先輩と別れて自宅に戻ったあと、涙が止まらなかった。

 結局、嫌がらせに勝てなかった。

 部署移動なんて悔しかった。


 きっと彼に何かしらの圧力がかかったのだろうと思った。

 邪魔になりたくなったのに。


 やっと取引先で名前を覚えてもらえたのに。

 自分のキャリアよりも相手を最優先にしないといけなくて。

 

 涙が止まりそうになかった。

 

 ☆☆

 翌日はいつも通りに出社できた。目が少し腫れていた気もするが、ピンクの化粧品を総動員してごまかしてみる。

 ちょっとピンクがクドすぎる感じがしたが、

 ギリギリ許してもらえるかなという濃さに落ち着いた。



 今日は先輩に引き継ぎの大分部分を手伝ってもらえた。

 これも異例のことで。


 情けなかった。

 男社会で生き抜く女性に成れないことが。


 上層部の思惑も多々あれどこれから新しい生活が始まるのだ。

 気合を入れて、丁寧に仕事をこなしていこう。

 

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