第8話 『天然たらしと勘違い』
白い布団が上下する。
この呼吸器に繋がれた人物は、確かに生きているのだ。
そしてその手を握る倉岡。
ここに寝ている人物が倉岡の親族であるのは、間違いないだろう。
えーーーーっとぉ・・・・・これどういう状況??
いや、なんか感傷に浸るような場面なのは分かるけど、今仕事中だし・・・・
明らかに私邪魔だし・・・・え、帰っていい?
そろーーーーっと病室から抜け出そうと試みる。
「春日野」
「はいっ!」
バレた――――!!!!!!!
私は倉岡に不意を食らい咄嗟に気を付けの姿勢になった。
「お前に隠しててもいずれ知られるだろうから先に俺から言っておく。こっち来て」
逃げる機会を失った私は、渋々倉岡ににじり寄る。
すると、嫌が応にもベッドの中の人物の顔が目に入った。
女の人だ。
それに、呼吸器を付けるような年齢には見受けられない。
恐らくまだ40?50代くらい・・・・
そしてなによりとても美人さんだ。
長い睫毛に透き通るような肌。唇は薄く、上品だ。
「も、モデル・・・・・・?」
私の呟きに、倉岡はふっと噴き出した。
「な、モデルみたいだよな、俺の母さん」
「『母さん』????!!!!!!!!!!!」
それまで眠る女性しか見ていなかった倉岡が、こちらに顔を向けた。
「そう、俺の母さん。ここに入院してたから俺ここでバイト始めたの。看護科入ってもやっぱり母さんのこと何も分からなくて、不安だったんだ」
倉岡は俯き加減に女性に向き直した。
「少しでも母さんを近くで見ていたくて。俺に出来ることと言ったらこれくらいしかないから」
倉岡が女性の手を優しく撫でる。
ま、マザコンーーーーーーーーーーーッ???!!!!!
うっはあああああああああ!!!!やっぱこの男無理だわ!!!!!!!!
分かるよ、分かる。理由は知らないけど病気になっちゃったお母さんを救いたいのは分かるよ???
でもさ、その病院で働こうとは思わなくない???どうした???どうしてそうなった???
大丈夫、同じ病院で働かなくてもお見舞いにくればいいからね??
と言うセリフをぐっと喉の奥に押し殺した。
人間死の瀬戸際に最期まで機能しているのは耳だという。
今この女性も意識が無いのだろうが、万が一意識を取り戻した時に失言を聞かれていたら困る。
「お、親思いなのね・・・・」
やっとの思いで誉め言葉を絞り出す。
うぅ・・・・何で私がこんなに気を遣わないといけないのよ!!
「『親想い』―――ね・・・・」
倉岡が天を仰ぐ。
何か考えているのか、目を瞑った。
わっ・・・・睫毛なっが・・・・・
目を閉じた倉岡は、不本意ながらも絵になっていた。
ここに寝ている美人から産まれた息子ならこんなにイケメンになるのも納得だ。
女性から手を離し、倉岡が立ち上がった。
「ごめん、母さん、また来るね」
倉岡はベッド元を離れ、私に向き直す。
「俺の自慢の母さんなんだ」
倉岡はそう言うと、病室から出ようと私とすれ違う。
しかしすれ違いざま、倉岡は私の肩に手を置いた。
ビクッ―――!!
倉岡が私の耳元に顔を近づける。
心臓がドクンと波打った。
ふ、振り向けない・・・・・!!!今度は何なの・・・・・?!
「母さんを宜しく頼むよ」
倉岡は私の耳元でそう囁くと、病室を出て行った。
ムッキ―――――――――――ッ!!!!!!
何なのアイツ???!!いちいち言動がうざいんですけど????!!!!
何でいちいちドキドキさせてくるわけ?!?!?!
ハッ―――!!!!!
ニヤッ・・・・・
思わず笑みが零れる。
はっはーーん、私ってば、罪な女。
さては『恋』ね!!!!!
そう、倉岡が私の事を好きになってしまったのよ。
だからいちいちあんな風にイヤらしい態度で接して来るんだわ。
私のことを誘ってるのよ!!!!!!!!!
そして母親を紹介したのも、将来私と結婚しようと思っていての行動ね。
あっちゃああああああああああ、倉岡、なんて抜け目ない・・・・!!!!
私ってば、本当、モテすぎて困っちゃう!!!
まぁ分かるけど???私が男でも私みたいな女、放っておかないもの。
でもね、倉岡。
私の彼氏になろうと思ったら、そう簡単には行かないわよ。
私は舌なめずりをする。
「待ってなさい、倉岡。私が完璧な彼氏に仕立て上げてあげるわ・・・・」
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