第6話 僕と彼女とカラオケ大会
僕は自分のくじを見せながら、武田の前に立った。どう話しかけたら良いのか分からす、とりあえずクジの番号を見せれば、彼女の方で理解してくれるだろうと、他力本願なアプローチだった。
そんな僕の行動に、彼女は答えてくれた。
「ボクの相手は菊池君で良かった。突っ立ってなくて、ここに座ったら? そこじゃ、話が出来ないでしょう」
そう言って、ショートカットのキリリと中性的な彼女は、自分の席の隣に座るように促してくれた。
僕は彼女の取り巻きに文句を言われるかもしれないと思ったが、みんな自分の相手のことに夢中で、そこまで気が回っていないようだった。
僕は素直に、促されるままに座ると、武田が不思議そうに声をかけてきた。
「菊池君のジュースは持ってこなかったの?」
どうせ、すぐに元の席に戻るだろうと思って、自分のグラスを置いてきたのだった。周りをみると、移動している人達は、各々自分の飲み物を手に移動して、腰を据えて曲を選びながら、色々と話をしているようだった。
少し恥ずかしくなった僕は、ぽつりと言った。
「すぐ戻るから」
「だって、11番だよ。回ってくるまでに三十分以上あるよ」
「曲だけ決めれば、順番が回ってくるまで戻っていても、問題ないだろう?」
「……そうだね。ところで菊池君って普段はどんな曲を聴くの?」
武田は残念そうな顔を見せたのを見て、失敗した気がした。黒柳の言うように、付き合うとかという話はどうでも良いのだが、人を悲しますのは本意ではない。かといって、今からコップを取りに戻るのも何か違う気がした。だから、そのままある疑問を投げかけた。
「武田さん、僕の名前を知ってたんだね。去年は別のクラスだったのに」
「まあね。それを言うんだったら、菊池君だってボクの名前を知ってるじゃない」
「そりゃ、武田さんは有名人だからね。僕みたいにクラスにいるか、いないか分からないモブじゃないんだから」
「モブって何よ、ふふふ。あ! そうだ、菊池君、ボクと連絡先を交換しようよ」
そう言って武田は自分のスマホを取り出した。それは彼女のイメージと違って、派手なピンク色をしたディズニープリンセスのスマフォカバーを付けていた。
「武田さん、ディズニーが好きなんだ」
「変かな? 可愛いものは好きだよ。本当は月子みたいに可愛い服を着てみたいんだけど、この身長だと似合わないから」
「そんなこと無いと思うけどな」
「そ、そうかな」
「それに、似合う、似合わないって他人が勝手に言ってることを気にするより、自分が着たい服を着る方が良くない?」
「人の評価より、自分を……か。キミはあの時と変わらないね。そうだ。今度、買い物に付き合ってよ」
「え!? 僕が女の子と買い物を? 今の流れだと、服を買いに行くんだよね」
「ダメかな?」
武田は身体をくの字に折って、下からのぞき込んできた。
その顔はよく噂で耳にする王子様とは思えない、イタズラっぽい女の子の顔だった。僕はその表情に少し心を動いたが、女の子とふたりっきりで、なおかつ女子の服を買いに行くなど恥ずかしくてイエスとは言えなかった。
「僕は女子の服なんてわかんなよ」
「そう? 買い物じゃなかったら良い?」
「まあ、買い物も服とかじゃなければ、まだ良いけど……出来れば、買い物は避けたいかな」
「だったら、動植物園に行かない? 菊池君、植物好きでしょう」
「まあ、好きだけど……」
「じゃあ、一緒に行きましょうよ」
「なんで、そうなるの?」
「お礼よ、お礼。再来週の日曜日はどう? ボク、その日は練習が休みなんだ」
その日は特に予定はなかった。予定はなかったのだが、彼女と動植物園に行く理由もなかった。そもそも、彼女が言うお礼が、何のお礼なのかも分からない。僕が答えを躊躇していると、二人分のグラスを持った黒柳がやってきた。
「当然、予定が空いているわよね」
「なに、勝手に人の予定を」
「英里ちゃんが何のお礼をしたいのか気になるでしょう。だったら、こうすれば? 一緒に動植物園に行けば英里ちゃんがそれを答えるって言うのは?」
黒柳はどうしても僕達に一緒に出かけさせたいようだ。それは黒柳の試験に関わるということは十分理解している。それに、彼女の言うお礼の意味も気になった。決して植物園が気になった訳ではないと、自分に言い聞かせて、渋々承諾した。
「分かった。再来週の日曜日で大丈夫だよ」
「本当に! じゃあ、9時に入り口辺り集合ね」
武田は嬉しそうに、集合場所と時間を決めた。出かける約束が出来たことを、当事者以上に喜んでいる黒柳は、武田の手を取った。
「よかったね、英里ちゃん、今度一緒に買い物に行きましょう」
「ありがとう。付き合ってくれるの? 嬉しい。月子の服、可愛いと思ってたんだ。お店を教えてよ」
女子二人の約束はスムーズに決まった頃、勝手に司会役になっている高橋が、「次は9番のペア」と言っていた。
それを聞いて武田が慌て始めた。
「そろそろ順番が回って来そうよ。菊池君はどんな曲が好き?」
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