恋の魔女の初恋
三原みぱぱ
第1話 恋の魔女は突然に
放課後の屋上で、腰まで伸ばした艶やかな黒髪をたなびかせた少女は、春風のように話しかけてきた。
「あなたの恋の手助けをさせて欲しいの」
少女の名前は
落ち着いた雰囲気にぱっちりとした二重の瞳は藍色をして、その肌は透き通るように白かった。背はそれほど高くなく、絵に描いたような清楚な美少女にクラスの男達は色めいていた。
そんな黒柳は転校初日の校舎の屋上で、同じクラスの僕、
屋上に作られた園芸場で、日課の雑草抜きと水やりをしている僕に、彼女は声をかけてきた。
たった一人の園芸部員の僕は、彼女の姿を見たときに入部希望かと思い、思わず笑顔で出迎えたのだが、その言葉に二重の意味でがっかりした。昨年、三年生の先輩が三人卒業してから、勧誘をしているのだが、なかなか部員が集まらない。数少ない友人に幽霊部員になって貰って、なんとか存続しているのだった。
集まらない理由は分かっている。
誰も園芸になんて地味なものにみんな、興味が無い。そのうえ、勧誘しているのが背が高いだけの陰キャな僕が勧誘しているのだから、誰もが気味悪がって話すら聞いてくれない。
そんな園芸部の僕に黒柳は彼の恋の手助けをしたいと言ってきた。しかし、僕は恋どころか初恋もまだだった。だからか、恋という物もその感情もが分からない。周りの友達が愛だ、恋だと騒いでいても、全くついて行けず、いつも植物図鑑を読んでいた。そんな男子高校生に対して、初対面の美少女が、恋の手助けをしたいと言ってきたのだった。
怪しさしかない。
僕は彼女の言葉を無視して、雑草を抜き始めた。暖かくなってきたこの時期に生え始めた雑草を抜いてやると、夏場の雑草処理が格段に楽になる。
制服の上に丈夫なデニム生地のエプロンをつけた僕は、土で汚れた軍手姿で黙々と雑草を抜き始めた。
「手伝うわよ」
そんな僕の隣で、新品の制服姿の黒柳はポケットから真っ黒な髪ゴムを取り出すと、口にくわえて髪の毛を後ろにまとめると、慣れた手つきで髪を束ねる。
美女って言うのは、何をしても絵になるなと、横目に彼女を見ながら感心していると、彼女はスカートの端を膝の後ろに挟んで座って、すっと美しく伸びた指を上手に使い、雑草を抜き始めた。
僕は黙って立ち上がると、屋上に唯一ある階下に続く出入り口のドアの方へと歩きだした。
「菊池君?」
彼女は声をかけてくると、慌てて後を追ってきた。
僕はドアのそばにある道具入れの扉を開いて、予備のエプロンと軍手を渡して言った。卒業した先輩が置いていった、薄いピンクにアニソドンテアの花柄がちりばめられたエプロンは、サイズ的にもデザイン的にも僕が使えなくて、どうしようかと考えていた物だった。
「そのままだと手を切るかもしれないし、制服が汚れるよ」
彼女は、ほっとしてそれを受け取って、身につけると、ひとつ、くるりと回って笑顔を見せた。
「どう? 似合っている?」
まるで花の精のように似合っていたが、自分のような陰気な人間がそういうのは気恥ずかしかったので、黙って、また雑草を抜き始めた。
その姿を見て、彼女は少し微笑むと、先ほどと同じように隣に座って雑草を抜き始めた。
細い茎を引き抜くと、ほろりと根から雑草が抜ける。まだ、そんなに育っていないのもあるが、よく耕して軟らかな土だからだ。雑草を抜くたびに、ほんのりと青臭い草の香りと土の香りが漂い、落ち着く。
春の陽気に汗ばんで来た頃、土で汚れた花の精は再度、話しかけてきた。
「それで、私に菊池君の恋の手助けをさせて欲しいのだけど、どう?」
雑草を抜く手を止めずに、さりげなく、まるで料理を作るのを手伝うと言っているように。あまりのさりげなく、思わず素直に頷きそうになり、我に返った。
彼女は何かの罰ゲームをしているのだろうか? 僕を笑いものにして、楽しんでいるのだろうか? いや転校初日で、こんなことをさせられるなら、罰ゲームではなくていじめだろう。自分が笑われるだけならまだしも、イジメであれば彼女が可哀想だった。
転校生である彼女には逆らうなんて選択肢はないのだろう。これから二年間、過ごすこの学校で上手くやっていくには、嫌なことを受け入れる妥協も必要なのかもしれない。それでも、彼女が可哀想だ。
「ねえ、黒柳さんって、イジメられているの? だったら、早めに先生に相談した方が良いよ。何だったら、僕も一緒に職員室に行ってあげるよ」
僕は立ち上がると、座ったまま見上げている彼女にそう、提案した。
きょとんとした顔になっていた彼女だったが、言葉の意味を理解したのか、口に手を当てて、クスリと笑った。
「イジメられてなんか、いないわよ。そもそも、転校初日の転校生をイジメるくらい、この学校って荒れているの?」
彼女は少し意地悪そうな瞳で問いかけた。
地方の進学校であるここでは、イジメらしいイジメを見たことがないし、噂も聞かない。しかし、イジメが全くないわけではないだろう。特にこんなおとなしそうな美少女が、二年生になって急に転校してきたのだから、クラスの中で浮かないわけがない。実際に別のクラスどころか、三年生達も彼女を一目見ようとクラスに押しかけて来た。
そんな彼女だからこそ、何かイジメられてもおかしくはない。
そんな僕の心配をよそに、彼女は目をぱちくりとして、驚いた顔をして否定した。
「もしかして、菊池君って誰かに脅されて、私がこんな話をしていると思っている? 逆よ。誰にも話さないわよ。あなただって、自分の恋愛話を他の人に聞かれたら嫌でしょう」
「まあ、そうだね、嫌だね。でも、それ以前に、僕は恋なんてしてないし、そもそも恋愛感情っていうのがよく分からないんだ」
彼女がイジメられていないにしても、そもそも恋の手伝いと言われても困る。別に好きな人がいるわけでは、それにこれから先も恐らく、好きな人などは出来ないだろう。そんな僕に対して行う提案ではないだろう。
そんな事を知らない彼女は、それまで余裕を見せいていた顔が慌て始めた。
「え! そんなことないはずよ。だって、あなたが恋をしているからって、試験が開始されたのよ」
「ん? 試験?」
「あっ!」
口を滑らしたとばかりに、口を手で塞いで、慌てて背を向けた。
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