第190話 祝宴

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 西暦二〇X二年六月三〇日。

 出雲いずも桃太とうたほむら学園二年一組の研修生、勇者パーティ〝N・A・G・Aニュー・アカデミック・グローリー・エイジ〟の冒険者達は、八岐大蛇やまたのおろち・第四の首となった四鳴しめい啓介けいすけを討ち、テロリスト団体〝S・E・I セイクリッド・エターナル・インフィニティ〟の主力部隊を降伏させた。

 

「宴だー!」

「生き残ったぞー!」

「ばんざーい!」


 もはや敵も味方もなく、生き残った誰もが、焚き火の熱をさかなに歌い踊る。

 崩壊した清水砦しみずとりでの跡地は、大きなかがり火が焚かれ、死地を乗り越えた冒険者達の楽しげな笑い声に満ちていた。


「皆が、生きていてくれて、良かった。」


 しかし、殊勲者しゅくんしゃであるはずの、額に十字傷を刻まれた少年、出雲いずも桃太とうたは、ブルーシートをかけられた死体の側で背を丸め、沈んでいた。


(それでも多くの人が死んだ。俺がもっと強かったら、啓介さんに騙されていかったら、こんなことにはならなかったのか?)


 そんな桃太の手を、栗色髪を赤いリボンで結んだ女教師、矢上やがみ遥花はるかがひいて、柔らかく豊かな胸の中に抱き寄せる。


「泣かないで、桃太君」

「……遥花先生。俺、泣いているんですか?」


 桃太は遥花にそう言われて、初めて気づいた。

 自身の瞳から、ボロボロと涙が溢れていることに。


「ね、桃太くん。わたしたちは、神様になれないよ」

「はい」


 クマ国で武神の化身とあがめられる……、師匠であるカムロでさえも、先の〝C・H・Oサイバー・ヒーロー・オーガニゼーション〟との戦いの折に、イナバ地方で殉職者じゅんしょくしやを出し、今もまたオウモや〝前進同盟ぜんしんどうめい〟の暴走を止められていない。

 何もかもを思い通りにしたいという考えは傲慢ごうまんで、際限なく力を求めた先にあるのは、八岐大蛇のような鬼だろう。


「でも、お姉さんはここにいる。桃太くんが助けてくれたから。心臓の音、聞こえるでしょう?」

「……はい」


 桃太は頬を赤らめながら、遥花と向き合った。


「その、遥花先生、踊ってくれますか?」

「もちろん」


 小さく微笑むと、桃太も祭りの輪に加わった。

 そうやって手を取り合って踊る二人の姿を、救護テントで眺める山吹色髪の少女がいた。


「トータさん」


 くれ陸羽りうだ。今回の戦いで、彼女は終始、啓介に操られるがままだった。

 兄と同じ暖かさをもつ兄の親友を、危うく手にかけるところだったのだ。


「あに様、トータさん。ゴメンナサイ」


 あまりにも重い罪悪感と、世界から取り残されたような孤独感が、山吹色髪の少女を責め苛む。

 それでも自死を選ばなかったのは、桃太と、兄にひどく似た気配のする黒騎士がいたからだった。


「リウちゃん。桃太おにーさんは、気にしてないサメエ。黒幕で真犯人の啓介だって許しちゃうお人好しなんだサメエ」


 不意に救護テントの入り口が開かれて、銀髪碧眼ぎんぱつへきがんの少女、建速たけはや紗雨さあめが入ってきた。


「ジュースを持ってきたサメ。リウちゃんも、紗雨と一緒に踊るサメエ?」

「紗雨さんは、トータさんと一緒に戦っていた方ですよね? その、トータさんと踊らなくて良いんですか?」

「よくないサメエ。でも、今、桃太おにーさんを励ますのは、きっと遥花先生にしかできないことサメエ。そして、紗雨はリウちゃんと一緒にいるんだサメエ……」

「ありがとう、ございます。私と踊ってくれますか?」

「もちろんだサメエ」


 手に手を取ってテントから駆け出した紗雨と陸羽を見て、物陰で見守っていた黒騎士は安心したように頷き、蒸気バイクに向かってきびすを返した。

 そんな彼を待ち伏せていたかのように、サイドポニーが目立つ少女、やなぎ心紺ここんと、瓶底メガネをかけた少女、祖平そひら遠亜とあが声をかけた。


「黒騎士さん、もう行っちゃうの? 踊っていけばいいのに」


 黒騎士は心紺の誘いに首を横に振り、自らの鎧を指し示した。この重装備でダンスは困難だろう。

 

「黒騎士さん、ひょっとして貴方は……。いえ、また会いましょう」


 遠亜は何かに気づいたようだが、深くは追求しなかった。

 黒騎士は心紺と遠亜に親指を立てて、別れの挨拶あいさつに変え、蒸気バイクに乗って去った。


「トータ、我が友よ。また、いつか共に」


 黒騎士こと、……くれ陸喜りくきは、闇を照らす焔の灯りを振り返り、彼にしか聞こえない声で誓うように告げた。

――――――――――

あとがき

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